第30話 生存者

 アルフレッド達はアイアンアントの群れを見つけ、すぐに交戦する。

 巨大な蟻達は村の人達の死体を食いちぎっていた。辺り一帯は血の鉄臭さと、露出した臓物のムッとする様な生臭い匂いで、鼻が慣れていないうちは吐き気を堪えるのが非常に辛い。


「アルフレッド!生き残りが居ないか念の為に探せ!」


「はい!」


 顔を僅かに顰めながら、アルフレッドはイゴール団長の言葉に頷く。


「けっ……!生き残りなんてどうせ田舎者の平民だ。そんな奴らに無駄な事を…………」


 第八騎士団のアルフレッドより少し年上の若い男がアルフレッドにだけ聞こえる程度の音量で吐き捨てた。

 癖のある栗色の髪の毛をクルクルと指先で弄りながらアルフレッドに見下した目を向けている。

 名前は確か……ヨアンと言ったか。


 それを無視して、アルフレッドは破壊された建物の影に人影が無いか確かめて回る。


「酷いな……」


 死体はあちこち肉が引きちぎられて白い骨と引きちぎられた筋肉の繊維が露出している。

 まだ幼い小さな子供の死体を見てアルフレッドは唇を噛んだ。


 単独で行動するアルフレッドに好機を見たのか、アイアンアントが集まってくるが、アルフレッドは炎の魔力を纏った剣で、それらを難無く切り伏せていく。


 ――カタン


 乾いた後にアルフレッドは剣を構えて即座に振り向いた。

 そこには幼い少女がいた。更に小さな男の子を抱きしめている。


「大丈夫か?」


「弟が…………」


 少女が抱きしめる男の子は腹部が真っ赤だった。か細い息はまだ生きている事と、このままではもう長くない事を示していた。


 アルフレッドの顔が曇る。


「おねがい……たすけて」


 少女が縋るような瞳で見上げてくる。

 しかし、アルフレッドは他の騎士達に隠れて、先ほど逃げ延びていた村人達の治療に全ての回復薬を使ってしまっていた。

 自分の分はいざという時の為に残しておく様に上官から言われていたのに……。

 少女の空色の瞳に、アルフレッドはそんな場合では無い状況にも関わらず婚約者を思い出していた。


 周囲を見回す。

 騎士達は自分たちの分の回復薬を持っているはずだ。

 近くに癖のある栗色の髪が見えた。


「――!待ってろ」


 アルフレッドは第八騎士団の男に話しかける。


「回復薬はまだあるか!?あるなら分けてくれ……!タダでとは言わない!!」


「はぁ!?何だよ急に?」


 急に声を掛けられたヨアンは訝しげな顔をした。

 アルフレッドは悠長な様子に僅かに苛立ちつつ、言葉を付け足す。


「生存者が見つかったんだ!急がなければ命が危ない!」


 それを聞いてヨアンは一瞬無表情になった後にニヤリと嗤った。


「ああ……持っているよ。これだろ?」


 ヨアンは胸元から小瓶を取り出した。


「助かる!恩に切る!」


 アルフレッドが喜びを抑えきれない声で礼を言いながら手を伸ばす。


「誰がくれてやると言った?平民なんぞのために使うくらいなら……」


 アルフレッドの手のその先で、ヨアンは小瓶から手を離した。


 ――――カラン


 地面に落ちた回復薬の入った小瓶はヒビが入り、中の液が地面に染み出す。


「お前……!なんて事を!!」


 アルフレッドが激昂する。


「俺の持ち物をどうしようが、俺の勝手だろう!ホラ、早く平民の元に戻れよ。今頃もう蟻の餌になってるんじゃ無いのか?」


 ヨアンが片足を上げ……そのまま勢いよく下ろした。

 小瓶はヨアンの靴底の下で粉々に砕けて、液体は最早一滴すら持って行くことは叶わなくなってしまった。


「じゃあな!最年少ボンボン!コネ入団の騎士クン!」


 アルフレッドを嘲笑いながらヨアンは蟻の討伐を再開する。


「クソッ……!」


 ヨアンへの怒りと殺意は、しかしすぐに萎んだ。

 あんな奴に構っている場合では無い。

 アルフレッドは胸が潰れるような思いで少女達の元に戻る。

 あの少年を救う術を失ったアルフレッドは二人に合わせる顔が無いが、しかし、ヨアンの言っていたとおりに近くで守ってやらねば、少女までもが蟻の餌になってしまう。


 忸怩たる思いで歩き出したアルフレッドの目の前の地面に大きな影が差した。

 僅かに身を低くし、剣を構えて警戒するアルフレッドの目の前に、真っ白な巨大。

 その上から少し幼い響きの残る澄んだ声が聞こえた。


「どうなさったんですか?そんなに悲しい顔をして」


 銀髪の長い髪を高い位置で結いた少女がアルフレッドの目の前にサッと飛び降りてきた。

 相変わらず顔は兜で半分見えない。なんとなく……美人じゃないかと思っている。


「君は…………そうだ!治癒魔法が使えた筈だな!?」


 アルフレッドは少女の腕を掴む。


「え!?ええ。使えます」


「ちょうど良い!来てくれ!……君はいつも俺のピンチに駆け付けてくれる!」


 アルフレッドは困惑する銀髪の少女を連れて姉弟の元へと急いだ。


 


 


 

  

 

 

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