第22話 冒険者ミスティカ
レッティはこっそり冒険者登録の場にやって来た。
既に銀髪の状態で、尻尾は腰に巻き付けて腰巻き風にして、耳は頭巾に隠している。
顔もなるべく隠れる様に目深に被る。それだけじゃなく、最近は赤毛の時は眼鏡をなるべく掛けてみたり、顔を隠す工夫をしてみている。
冒険者として必要な剣と鎧はマジカルクローゼットの魔道具に入れた。
購入したマジカルクローゼットは最高級品なので、手持ちのお金の殆どを使ってしまい、懐が寂しくなっている。
……お義母様に貰った宝石も幾つか換金させてもらっている。
ちょっと罪悪感で胸が痛い。
でも、この魔道具は瞬時に着ている衣類を交換できる。数秒で武装出来るのはかなり便利だ。
安物だといちいち取り出して着替える場所を探さないといけないから、リスクが高いし、鎧で街中の移動はしたく無い……している冒険者が大半だけど。
お金は殆ど無くなっちゃったけど、冒険者として少しずつ頑張ってお金も自分の力で稼いでみよう。
レッティは子供だし貴族だから今まで自力で稼ぐ様なことはした事が無い。
事前に元やり手の冒険者だったエバン先生に色々聞いていた情報から推測してやれるだけ頑張ってみるつもりだ。
……とは言え、いざ冒険者ギルドの前に来てみると緊張してしまう。
意外と若い人も多いし、女の人も少しは居るが筋骨隆々で大柄で髭がモジャモジャしている人を見ると足がすくむ。
「レッティ……大丈夫?」
一緒について来てくれたニクスが呆れた顔でレッティを見る。
ニクスは益々背が高くなっている。
人間じゃ無いからか、成長が早くて既に大人の様になってしまった。
あのレッティでも抱きかかえられる丸っこいモフモフの子犬は何処にもいないのだ……ちょっと残念。
その上、耳と尻尾無しの人間バージョンに変身出来るようになっていて単なる顔の良い白髪のイケメンに見える。
「ねえ……本当にニクスも冒険者になるの?」
「うん。なんか面白そうだし。それにレッティは最近遊んでくれないんだもん。
僕も冒険者になれば、もっと一緒にいられるでしょ?ね……お姉ちゃん?」
ニクスはニコッと笑いながら、姉に愛想を振り撒く。
見た目は明らかに年長者なのに、まだ未成年のレッティに甘える様な顔をするのは、側から見たらきっと可笑しく映るだろう。
「仕方ないなぁ……行くよ」
「うん!」
ニクスは嬉しそうにレッティの後を付いてくる。
尻尾は今無いのに、パタパタと尻尾を振る幻聴が聞こえて来そうだ。
冒険者ギルドの扉を開く。
周囲の視線が集まり、そのままジロジロと見掛けない二人組の線の細い若い男女を値踏みする。
レッティは一瞬足を止めたが、手をグッと握ってまた歩き出す。
緊張するレッティの隣で、ニクスは楽しそうに青い瞳を輝かせて、そんな人達を見つめ返している。
人外の豪胆さに呆れるばかりだ。
目があった冒険者の中で気が強そうな者は更に睨み付け、ニクスの反応に戸惑った者は気まずそうに目を逸らす。
周囲の反応をただ興味深げに観察する能天気なニクスに、レッティも釣られて緊張が解けてくる。
ヒソヒソと囁く声の中を真っ直ぐ受付まで進む。
「ご利用は初めてですか?」
受付にいる異国風の若い女性が、微笑みながら声を掛けてくれる。
「冒険者になりに来ました」
レッティの言葉にギルド内のざわめきが少しだけ大きくなる。
「小さな子供じゃ無いか……」「子供でも仕事を選べばなんとかなるさ……」「あのボウヤ可愛い顔してるわね……」「頭巾が邪魔だな……顔によっちゃあ面倒見てやっても良い…………」
勝手な事を言う周囲の声を、頭巾の下の耳が勝手に拾う。
新参者は珍しくも無いはずだが、ニクスが目立つ容姿をしているから、レッティまでついでに注目されてしまう。
「では、登録させていただきますね……それでは登録名はどうなさいます?」
「ニクスだよ」
ニクスが躊躇なく本名を告げる。
冒険者となるのに身分を証明する物は必要無い。
だから、名前も好きに名乗っても構わないのだ。
今名乗った名前が、冒険者として今後使い続ける名前となる。
そして、ここは犯罪者だろうが、外国人だろうが……人外であっても言葉が通じて、ギルド内の規定に従いさえすれば受け入れる場所だ。
他所では生きられないナラズモノも多くいる事から、冒険者と聞くだけで眉を顰める市民もいる。
貴族では特に嫌う人が多い。
……とまあ、そういう所なのでニクスが何者であっても問題無く登録がされていく。
水晶の玉の様なものに手を当てている。
「それで、そちらの頭巾の方のお名前は?」
「私は……あ!」
しまった!偽名を考えてくれば良かった!
本名は流石に言うわけにはいかない。
「考えてなかった……どうしよう」
レッティは困ってニクスの方を見る。
「どんな名前が良いの?」
「うーん……可愛くて……神秘的で…………」
レッティはウンウン唸って考える。
時間掛けるのも受付の人に悪いし、出直すべきかな?
「じゃあ、この子はミスティカ」
ニクスが勝手に決めてしまった。
……まあ良いか。響も可愛いし、そこまで悪くないかも。
レッティも水晶玉に手を当てて魔力による登録を行う。
名前と魔力がセットとなり、冒険者ギルドに無事記録された。
冒険者ミスティカの誕生だ。
なんでも個体によって魔力には特徴があって、一致する事は無いらしい。
これは魔力が少な過ぎて魔法を何も使えない人であっても、ほんの僅かな魔力で個人を判定できるので、個体識別に問題は無いそうだ。
冒険者に限らず、多くのギルドで使われる技術である。
変装して二重登録しようとしても無駄らしい。
登録証の金属プレートを首から下げる。
シンプルで無骨なデザインだけど、冒険者らしくて気に入った。
最初は最低ランクでスタートする。
「さっそく依頼を引き受けますか?」
「うん」
ニクスが勝手に答える。
「これがイイな」
――群れから離れて人里を襲うワーウルフの討伐
「これは……新米冒険者にはキツイですよ?」
受付嬢は難色を示す。
「んーん。大丈夫」
言っても聞かなさそうなニクスの様子に、受付嬢はため息をついた。
こういう無茶したがる若者が命を落としていくのをこれまでも見て来たに違いない。
「無理そうなら諦めて下さいね」
「頑張ろうね、レッ……ミスティカ」
本名を呼び掛けて、言い直してくれた。
「そうね……」
オオカミVSオオカミの戦いかぁ……。
ニクスに任せておこう。
冒険者として早く難しい依頼をこなした方が、目的達成にも早く近づきそうだし。
レッティもニクスの判断に任せることにした。
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