第20話 キングオーク
銀髪の少女がひらりと身を投げ出した。
アルフレッドは止めようと手を伸ばしたが、長い銀髪はその手をすり抜けていった。
怪我は免れない高さがあったのに、少女はひらりと体重を感じさせない軽やかな動きで難なく着地した。
そして、剣を抜き、オークの群れに躊躇無く突っ込み、次々と切り伏せて行く。
身体強化魔法か?どれ程の魔力量を持ってすれば女の身であれ程の力を振るう事が出来るのか……。
「強いな……負けていられない」
アルフレッドはキングオークを目指す。
普通のオーク達は白い狼と、銀髪の少女が次々地面に叩き伏せている。
「一体何なんだコイツらは!?」
「味方の様です……天祐(てんゆう)だ!勝てる!勝てるぞ!!」
仲間の騎士達も少女と狼に驚き、警戒していたが、次第に敵では無い事に気がつくと一人と一匹に負けじと勢い込んで
少女達に任せることにしよう。
アルフレッドは自分に迫る攻撃をギリギリでかわす。
雑魚には構ってられない。
士気が上がっても国境警備兵達の体力の消耗や魔力の残量を考えても戦いをこれ以上長引かせるのは、人間側の負けを意味する。
アルフレッドに迫るオークを横から現れた白狼が噛み付く。
バキバキと骨が砕ける身も凍る様な恐ろしい音が聞こえたが、それも今は頼もしい。
魔力で身体能力を強化する。
騎士団員随一の精密な魔力の制御により、アルフレッドの身体強化魔法は少ない魔力で大きな効果を発揮する。
まだ少年らしい線の細い身体が、力強さと軽やかさを持って目の前に迫る障害物の……オーク達の隙間を縫う。
アルフレッドは遂にキングオークの目の前に躍り出た。
キングオークは溢れる魔力を全身に纏わせて、自らの魔力に負けた身体は表面から崩壊し続ける。しかし、高過ぎる回復力で崩れ落ちる先から治癒していく。
痛みや苦しみがないはずが無い。
元より凶相ではあるが、ゾッとする様な気迫はその苦痛が齎しているのかも知れない。
――この様な恐ろしい怪物を野放しには出来ない!
魔力を剣の衝突する一点のみに集めて、アルフレッドは身の内から湧き出る恐怖に歯を食いしばり、耐え、剣を奮った。
キングオークがそれに気が付き迎え撃つ。
どちらも無傷でいようなどと生温い考えは無い。
アルフレッドは一撃に全てを託した。
「うおぉぉぉぉ!!!」
剣を持つ手がキングオークの魔力に晒され、燃える様な熱さを持ち、裂けた皮膚から滲んだ血で手が滑る。
アルフレッドは更に強く剣を握り込んだ。
キングオークを助けようと、近くにいたオークが棍棒を振り上げた。
避けられない――
「邪魔をするな!」
高い少女の声。視界の端を銀色の輝きが掠めた。
その声……存在にアルフレッドは心が奮い立つのを感じた。
碌に名前を知らない相手に背中を任せる事に一つの迷いも無かった。
魔力を更に狭い一点に。
景色全てが真っ赤になる。キングオークの魔力に目が当てられたか。
アルフレッドは構わず一歩踏み込んだ。
――――パキッ
相手の武器が砕け散るのを手から伝わる感覚が教えてくれる。
アルフレッドはそのまま剣を振り抜いた――――
♢♢♢♢♢
レッティの目の前で、アルフレッドの強力な一撃が一際大きなオークの胴体を切り裂いたのが見えた。
……だが、その巨大は倒れなかった。
砕けた武器は捨て去り、瀕死のオークは掌を振り上げてアルフレッド目掛けて振り下ろそうとする。
「――させるかぁ!!」
レッティはアルフレッドを庇う形で割って入り、銀色に輝く剣をその顎に突き刺し、脳天を貫いた。
「や……やった…………!」
アルフレッドが弱らせてくれていたとは言え、こんなに強そうな魔物を倒すなんて!
「……え?…………あれ?」
絶命した巨大オークの身体がゆっくりと傾き、レッティの方に倒れてくる。
「ちょっと……待っ……!」
後ろを振り向くと、浅からぬダメージを受けているアルフレッドが目元を片手で押さえているのが見えた。
「避けて!」
剣は一旦諦めて、アルフレッドに体当たりをした。
人外の力でやり過ぎたのかアルフレッドは、面白いくらい簡単に吹っ飛んでいった。
飛んでいったアルフレッドの身体をニクスがモフモフの胴体の毛で受け止める。
――――ズシン……
レッティはキングオークの下敷きになってしまった。
自分の刺した剣で怪我しない様に身体を捻って躱すので精一杯だった。
♢♢♢♢♢
「おーい!お嬢ちゃん平気か?」
「アルフレッドは無理するな、座ってろ」
「いや……命の恩人を放っておくなんて……」
「真面目だなぁ……いや、もしかしてラブなの?」
「若者を茶化してやるな」
「団長、この子は知り合いじゃ無いんですよね?」
「助けてやるから嬢ちゃん頑張りなー」
第十三騎士団の面々が集まって、銀髪の少女の救出にあたった。
大きな死骸を持ち上げながら、その下の少女を励ます。
少女の上半身が自由になった所で手を掴んで巨体の下から引き摺り出す。
「あ……ありがとうございます。
……あ、剣を抜かないと」
アルフレッドは目の状態がまだ良く無いが、ボンヤリとでも周囲の状況は確認できる。
キングオークを失ったオークの群れは、混乱し、バラバラに逃げようとしたところでかなりの数を討伐する事に成功した。
元々騎士団の実力をもってすれば普通のオークならば大した敵では無い。
「へぇ……お嬢ちゃん、スッゲェ可愛い顔してるじゃん。美人さんだ」
副団長のハロルドが屈んで覗き込みながら、少女兜の目元をヒョイッと片手で上げて、その顔を無遠慮に見て評した。
「やめてください!」
少女が兜を直しつつ後ずさると、近くで大人しく待ての姿勢で座っていた白狼が彼女を守る様にゆらりと前に出た。
「ハイハイ、すみませんね」
ハロルドは両手を降参する様に上げて後退するが、声から全く悪びれていないのが分かった。
顔を再び隠した少女が、白狼を従えながらアルフレッドの元に歩み寄る。
アルフレッドの頬に小さな白い手を添えて、スッと目元を通過させると、すぐに視界が晴れてきた。
また魔法を使ってくれた様だ。
「ありがとう……」
アルフレッドは心からの感謝を告げたが、少女はコクリと頷くと、ひらりと白狼の背に乗った。
「待て!正体を言え!」
団長のイゴールが少女に声を掛ける。
しかし、少女は首を振って拒否の意を表した。
「待ってくれ!」
アルフレッドも少女を止めようとする。
助けられてばかりで、何の礼も出来ていない。
「身体を大事にしてね」
少女の赤い唇が笑みを浮かべる。
そして、白狼が力強く駆け出した。
とても追い付けるとは思えない。
「ふーん……アルフレッドのカノジョさん?」
ハロルドが肘でツンツンとアルフレッドを突いて揶揄ってくる。
上品に整った顔に、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。
「違いますよ……」
副団長の軽薄な様子に真面目なアルフレッドは辟易する。
「アルフレッド……あの少女と知り合いなんだろう?後で話を聞かせてもらうぞ」
イゴール団長が険しい顔でアルフレッドを問い詰める。
特に語れる程の関係がある訳では無いが、上官に逆らうことは出来ない。
「はい……」
アルフレッドも彼女の正体を知りたい。
ならば頼れる上官に相談するのも手かも知れない。
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