第19話 砦の再会

 レッティとニクスが合流した、そのすぐ後にフェンリーも来てくれた。


 偉大な真っ白いオオカミは口に咥えていた大きな袋を地面に置くと、瞬きをする程の間に人外の美しさを持つ妙齢の女性に変貌した。

 そして、袋を開けて中身をレッティに差し出す。


「今後のオマエに役に立つと思って持って来ていたんだ。

 ワタシの夫を……スコルを殺した女戦士の身につけていたものだ」


 地面に出された物は鎧と兜、そして剣だった。

 美しい細かな装飾の施された女性用の鎧だ。


「いいの?」


 レッティは二重の意味で聞いた。

 一見して高価な代物の様だが貰っても良い物なのか、そして、憎いはずの仇のものを利用するのは不快では無いのかと。


「仇の持ち物ではあるが、別にモノに対しては何か思うことはないよ。

 それに、ワタシは使わないからオマエの好きにしなさい。

 古代魔法の力を感じる良い品だ。保証する」

 

 フェンリーに手伝って貰って身に着けると、不思議とサイズはピッタリだった。

 使用者に合わせてサイズ変換がされるような魔法が込められた品なのかも知れない。


 ちょうど良い。

 兜で顔は上半分が隠れる。


「今後は見た目を隠せた方が良いだろう。

 銀髪も目立つが、オマエの赤毛も人目を引く。変身はなるべく解かないでいた方が良いだろう」


「フェンリー、ありがとう。

 ニクスも借りていくね」


「好きにしなさい。

 ニクス……レッティはオマエの姉だ。守りなさい」


 フェンリーは優しく微笑んだ。


「任せてよ。僕がいなくてお母さん寂しくて泣かないでよ」


 ニクスは最近ますます生意気になっている。

 母親に対してもこのとおりだ。


「ふ……ワタシが泣いてしまう前に早く帰ってきなさい」


 フェンリーは珍しく微笑んだ。


「うん!ありがとうフェンリー!行ってきます!」


「ああ、いってらっしゃい」


 レッティはニクスの背に跨った。

 フェンリーが手を振り見送ってくれる。

 レッティの銀色の髪と尻尾が風にたなびく。三角の銀色の耳は兜からひょっこり出たままだ。




 アルフレッドが現在所属する第十三騎士団は、疲弊した国境警備兵を鼓舞しながら何とか戦線を維持していた。

 少数精鋭の騎士達の獅子奮迅の活躍で、オークと呼ばれる豚の様な顔の体の大きなモンスターとの戦いは、今の所問題無く進められていた。


「魔力が切れそうなら一旦下がれ!」


 騎士団長イゴール・チャドウィックは疲れが隠せない国境警備兵を庇いながら、大きな声で指示を出す。

 頬に大きな傷跡のある顔は、戦場にあっては普段以上に気迫に満ちて、助けられた筈の隊員が怯えた様にそそくさと下がって行く。

 そんなつもりも無く周囲を怯えさせる大男に声を掛ける者がいた。


「団長!オレも下がって良い?」


「お前はダメに決まってるだろ、ハロルド」


 肩まで伸びた金髪の軽薄そうな優男が、団長に軽口を叩く。

 このヘラヘラと笑う中性的な顔立ちの男、ハロルド・レイナーがこの騎士団の副団長だと、予めそうと知らずに一眼で見抜ける者はまず居ないだろう。

 しかし、血飛沫の舞う戦場で、笑顔のままに背後から襲いかかった敵を、余裕を持って斬り伏せる様を見れば、すぐに只者では無いのだと誰もが知る。

 


 オークはモンスターの中では多少は知恵のある方で、手に木製のハンマーなどの打撃武器を持って国境の砦を襲って来ていた。

 しかしながら国境警備隊は魔法の使える物も多く、武器も勿論オーク達のものよりも上等なものを揃えていたので、有利な戦いが出来ていた。

 ……筈だった。

 


 それが全員が砦に退避する事になったのは、一匹のオークの出現が原因だった。


 そのオークは身の丈が他のオーク達の二割り増し、三割り増しもあるかという巨大だった。

 背丈は三メルトルを超えるかも知れない。

 そのオークの出現に、傷付き、人間達から逃げようとしていたオークの群は歓声を上げた。


 その声は怒号となって轟き、大地を揺るがす程であった。

 急に指揮が高まったオーク達は死を恐れぬ軍勢となり戦線を一気に押し返す運びとなった。


 それに対し焦りを覚えたアルフレッドは、そのオーク達のボス……キングオークと呼ぶ事になった個体に炎の魔法を纏って斬りかかった。


 しかし、キングオークは純粋な魔力を体に纏ってその一撃を弾き返した。


 無理矢理に纏った純粋な魔力により、キングオークの皮膚表面は自らの力に爛れ始めたが、恐るべきモンスターはそのダメージを一顧だにしなかった。


 モンスターは人間よりも動物よりも回復力が高い。

 人間は魔力を扱う時には必ず、自らを傷つけない様に運用する方法を学び、自然と出力を調整する。

 それに対して、キングオークは魔力による自身へのダメージを無視して、回復力頼みで力を振るうという事を選んだのだ。


 キングオークに斬りかかったアルフレッドも、制御されていない魔物の魔力に晒されてしまった。

 自分の魔力である程度中和されたとはいえ、手の皮膚が爛れてしまい、恐るべき腕力で弾き返された際に怪我を負ってしまった。


 戦力の要の一人であるアルフレッドが負傷したことで、人間達は慌てて砦まで引き返す事になったのだ。

 騎士団としても戦況が大きく変わった事で、退却を選ぶことにした。

 アルフレッドを易々と失う訳にもいかない。

 

「すまない……俺が未熟で」


 アルフレッドは後悔を口にした。

 アルフレッドは強い。

 しかし、まだ若過ぎた。

 己の力を過信して、功を焦り、キングオークの力量を考えずに突っ走ってしまった。

 アルフレッドが勝手な行動を取ったことで、周囲にどれ程の迷惑が掛かっているか。


 アルフレッドは歯噛みした。


 砦には大きな石が投げ込まれている。

 砦に登ろうとするのを魔法で撃ち落としているが、どこまで通用するかわからない。

 援軍の到着する見込みは無いまま……水と食糧の備蓄が減ってゆくだろうが、その心配をする時間も与えられないかも知れない。


 怪我人も何人もいる。

 早く手当しなくては命に関わる。


 アルフレッドは立ち上がる。

 傷は痛むがたとえ刺し違えてでもキングオークを倒さなくてはならない。

 ああいう特別な個体が現れ、モンスターを率いて人間達を襲う恐ろしさは歴史書にもいくらでも書いてある。


 砦を囲む集団は数が多いが、あの特殊な個体を放置しておけば、この何倍もの数のオークを従えて人間と対立する様になるだろう。

 最終的には人間が勝つとしても、それまでにはどれ程の被害が出るかわからない。


 ――止めなくてはならない。


 騎士になった時に国に誓ったのだ。

 いや、誓わされた。

 いざという時は国のために死ぬ事を。

 大仰な言葉で国王に誓わされたのだ。


 アルフレッドは婚約者を思い出した。

 赤毛の愛らしい女の子。

 騎士になりたいと無邪気に言っていたこともあったが、最近はすっかり大人しくなっている。

 眼鏡を掛けて詩集を読んでいる姿を遠くから見たが、随分と雰囲気が変わってしまった。

 もう諦めてくれたのだろうか。


 ――それで良い。良い家に生まれた女の子が騎士なんかなるもんじゃ無い。

 もし……諦めていないのなら、私のこの戦いから騎士がどんなものか知って欲しい。


 アルフレッドはこの窮地を招くほどに未熟だった。

 しかし、誇り高く実直であった。

 国のために、周りのために命を賭して戦う決意を固めるほどに。


「アルフレッド様、まだ傷が……!」


「いや、戦える。あのキングオークとやらが居なくなれば、あとはお前たちでどうにかできるだろう?」


「まさか……おやめ下さい!」


「他に手が無い。俺の魔力量と技術ならあの魔力の壁を僅かでも切り崩せる。許せ……」


 アルフレッドを周囲が止める。

 止めなくてはキングオークと戦えばアルフレッドは死ぬだろう。

 キングオークを殺すことが出来たとしても、その後、周りにひしめくオークに囲まれては、どれ程に才能があれど生き残れはしない。

 他の騎士達はアルフレッドを安全な場所に置くと、直ぐに戦線に戻った。

 応急手当ては終わった。行かねばならない。

 


 その時、驚愕の声が響いた。

 


「おい!アレを見ろ!あれは……オオカミなのか?」


 アルフレッドもそちらを見る。

 オークの群れに白い巨体が突っ込み、蹴散らしていた。


「なあ……人が乗っていないか?」


 目を凝らすと、確かに鎧を纏った人が巨大なオオカミの背中で剣を振るっている。

 長い銀髪を高い位置で括った人……まだ子供に見える。


「なんて剣裁きだ……」


 呆然とした声。

 小柄な少女はオークの大木の様な腕を掻い潜り、切り付けている。

 特別な剣なのか、輝く刀身がオークの腕を次々と切り落としていく。


 アルフレッドがもっとよく見ようと目を凝らすと……少女と目があった様な気がした。


 少女が何かを叫び、白狼が身を低くしてから一気に飛び上がり、壁に爪を立てて身を躍らせて砦に登って来た。


 警備隊員たちが逃げ惑う中、その銀髪の少女と白狼に既視感を覚えたアルフレッドは、導かれる様にフラフラと近寄って行った。


 そして口を開く。


「君は……もしかして昔俺を助けてくれた子じゃ無いのか?」


 少女は無言でアルフレッドに近寄ると、優しく傷に手を添えた。

 暖かな光に包まれる。

 アルフレッドの怪我は完治していた。


 治癒魔法……珍しい。

 珍しい魔法だ。見るのは初めてでは無いが……。

 少女の手が自分から離れるのを、アルフレッドは惜しく感じた。

 腰に髪と同じ色の毛皮を纏っている。不思議な装飾の施された鎧兜だ。


「戦える様になりました?つゆ払いは私にお任せを」


 澄んだ綺麗に響く少女の声に不思議な既視感を覚えた。


「ああ……キングオークは俺が倒す」


 アルフレッドは頷いた。

 


 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

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