第18話 戦いのゴング

「お久しぶりね!スカーレット!……少しは背が高くなった様だけど……相変わらず貧相な身体してるのね!」


 張りのある高飛車な声が聞こえた。

 振り向くとそこには金髪縦ロールの……全身が余すところなく全体的にゴージャスな令嬢がおわしました。


「どすこい……」


 レッティの口から思わず呟きが漏れた。


「――え?どすこいって何?」


 ミラがキョトンとして小声で質問してくる。


「いや、なぜか脳内に突然その言葉が浮かんだの。意味は……多分無いわ」


 見た目はかなり変わったが、そこにいたのはリディアお義母様の従姉妹の娘、アナスタシア・レイナード侯爵令嬢で間違いない……と思われる人物がいた。


 数年前よりも背は伸び、体重も……多分倍では効かないくらいに成長なさっていらっしゃった。

 アナスタシア嬢からすればレッティなどは今にも折れそうな枯れ枝も同然だろう。


「ご機嫌よう、アナスタシア様。

 えーっと……素敵な髪型ですわね?」


 とりあえず昔と変わらぬ縦ロールを褒めておく。

 ショッキングなピンクのリボンが髪色とよく合っていて良いと思う。


「ふふん……貴女が相変わらずで安心したわ。

 良いこと?殿方を満足させるにはそんな骨ばかりじゃダメなのよ」


 両腕を組んで豊かな胸元を寄せ、アナスタシア嬢は勝ち誇った笑みを浮かべた。


「じゃあ……わたくしは忙しいからお暇するわ!おーほっほっほ!!」

 

 アナスタシア嬢はドスドスと足音高く、ご機嫌そうに高笑いして去っていった。

 


「レッティ……誰がどう見ても貴女の完勝だからね」


 ミラがレッティの勝利を宣言してくれた。


「ありがと」


 ミラに微笑む。

 でも、骨ばかりと言うのは心外だ。

 頑張って筋力も付けているのに。

 

「イザベラもだけど、変な人ばかり集まっちゃうの疲れるわね」


 レッティは肩をすくめた。

 気の強い令嬢ばかりだ。

 そして、令嬢達の嫌味を積極的に言ってくる気の強さに辟易してくる、

 レッティは淑女らしく過ごそうと決めた。

 大人しそうに見えて実は強くて有能な方向を目指そう。


 そう決めて大人しく過ごすこと早くも一年。

 アルフレッドとは偶に学園ですれ違う事はあっても中々会話も出来ない。

 忙しいらしいのは義母からの手紙で間接的に知っている。

 レッティもアルフレッドに手紙を出しているが、数行の簡潔な返事が来るのみで仲は進展していない。


 そんなレッティに声を掛けてくれる殿方はそれなりにいるのだから、少しは焦って欲しいけど……どうせこちらの情報は向こうには届いてはいないだろう。


 アルフレッド関連を除けば、レッティの学園生活はそれなりに充実していた。

 治癒魔法以外は誰でも使える様な基礎的な魔法しか使えないが、純粋な魔力を用いて他の魔力を弾く方法も学んだ。

 それに、魔力さえある程度使いこなせる様になれば、魔道具で自分とは違う系統の魔法もある程度使えるな様になる。

 ……魔道具の値段が高過ぎて自由に使える人の数は少ないけれど。


 そんなレッティの日常を脅かそうとする者も偶には現れる。


「ねえ、スカーレット様って婚約破棄されそうなんでしょ?

 家柄も他も全部釣り合ってないものね」


 オレンジ髪の……なんとか伯爵家の……イザベラ?がレッティに話しかけてきた。

 おお……わかりやすく馬鹿にした表情をしている。

 クスクスと烏合の衆の一味と笑っている。


 

 レッティは今眼鏡をかけて読書をしている所だった。

 淑女らしく詩集……ではあるが、若い頃は武人として名を馳せた人物が老後にしたためた作品である。

 文体をお洒落っぽくしてても滲み出る闘争本能が行間から垣間見れるのがレッティの好みなのだ。


 そんな訳でレッティは詩集の効果で、ちと勇ましい気分である。

 眼鏡を外して胸ポケットにしまう。

 蹴散らすぞ?


 最近レッティは眼鏡を掛けている。

 公爵夫人としてお馬鹿と思われるのでは困るし、成績の良いアルフレッドに恥をかかせないためにも夜遅くまで勉強していたら、視力が落ちてきてしまったのだ。


 銀髪の状態でなら並大抵の人間よりは遠くまでくっきり見えるから良いが、普段は更に大人しめな雰囲気になってしまっている。

 三つ編みもその大人しそうな雰囲気に拍車を掛けているが、長い髪を一人で纏めるのが苦手なのだ。

 単に一つに括るか、三つ編みか……纏めていないといざ急に戦う様な事があったら邪魔になるし。


 アナスタシア嬢にメガネ姿を見られた時には、また嘲笑われたし、同学年のイザベラにはこうしてバッチリと見られてさっそく侮られることに。

 必要のない時にはなるべく外してるんだけどね。


 さて、どうしてやろうかしら?


 レッティは薄っすら笑みを浮かべた。

 眼鏡を外したレッティはイザベラなど足元にも及ばない美少女である。

 そして、それを最近自覚してきているので最強だ。


 そんな自称最強美少女レッティはイザベラを頭の先から足の先までゆっくりジロジロ見てやった。

 そして鼻で笑う。


「ふーん……?あなたはどちら様だったかしら?」


 レッティと変わらぬ伯爵家。

 それもレッティのロイド家と変わらないパッとしない家柄。

 家も本人も大したことないお前なんぞ視界に入っていないと言外に告げる。


 イザベラは顔を恥ずかしさと怒りで顔を真っ赤にした。

 

「失礼しちゃうわ!」


「勝負あり……ね。

 口を挟もうかと思ったけど必要なかったようね」


 ミラがクスクス口元に手を当て笑いながらレッティの元に来た。


「見てたんなら助けてよね」


 レッティは唇を尖らせて、駆けつけるのが遅い親友に不満を表明する。


「何言ってるの。瞬殺だったじゃない。

 手を出す暇も無かったわよ」


 ミラはふわりと肩をすくめた。


 そうして視力を犠牲にして、レッティは学年主席の地位を手に入れていた。

 未来のアルガー公爵夫人として当然の結果である。


 平穏……とは少し違うかも知れないが、それなりの学園生活を送るレッティだったが、長期休暇に入る頃に、不穏な噂を聞いた。


 アルフレッドが討伐の協力に行っている場所の近くで、強力な突然変異の魔物が現れたのだと。


 レッティは悩み……そして、実家には休暇は公爵家の方に行くと手紙を出し、公爵家の方には実家で過ごすと伝えることにした。



 学園近くの森の中。

 休暇の最初の日。

 白銀の髪の少女が息を吸い、夜空に雄叫びを上げた。


 ――アオーーーーーン


 直ぐに返答があった。

 疾風の速さで現れたのはレッティの可愛い弟分。

 真っ白な長い尻尾をゆらゆらと機嫌良さそうに揺らしている。


「ニクス……戦いに行きたいの。

 力を貸してくれる?」


「わふ!」


 良い子の弟は上機嫌に返答した。


 

 

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