第17話 ニクス達のお引越し

 そして、入学式を無事終えた日の晩。


 ――コンコン


 窓に何かがぶつかる音がした。


「ん?何だろ?虫がガラスに当たってるのかな?」


 レッティはまた寝ようとする。


 ――コンコン


「んー?自然が豊かな所は虫が多いのね……。

 それにしても音が大きい……大きな虫なのかな?」


 ――コンコンコンコン


「んもう!何?」


 窓の方を見るとカーテンの隙間から白い影……。


「――ひぃ!」


 おばけだ!


「レッティ!ここだよね?あけて!」


 聞き慣れた声がした。


 ――この声……ニクス!?


 慌ててカーテンを開けると、白い髪の優しげな顔立ちの美少年。

 窓を開けると、するりと躊躇なく部屋に入って来た。


 レッティは窓とカーテンをサッと閉める。

 外から見られる様な事は無いはずだが、慌てすぎていた。


 枕元の光魔法の魔石がハマった灯りを点ける。子犬を模しているお気に入りだ。

 僅かなオレンジ色の光が、どこか楽しげなニクスの微笑みを照らし出した。


「どうしてここに!?ここは女子寮だよ!」

 

 レッティは心持ち小声で抗議する。

 女子寮云々の前に、ニクスはここの生徒じゃ無い……と言うか人間じゃ無い。

 バレたら大変なことになる。


「ここの近くに森があるでしょ?

 そこ空いてるみたいだから、レッティがここにいる間は引っ越して近くの森に住もうってお母さんと決めたんだ!」


 ニクスは胸を張って鼻をふんすと鳴らす。得意げだ。

 どうやら過保護はハナだけじゃなかった様だ。

 わざわざ引っ越してくるなんてハナ以上だ。

 レッティはクラクラしてきた。

 思いがけない学園生活の始まりだった。


「わかったから。でも、今日はもう眠いから帰って。

 他の人に見つからない様にね」


「ん。そっか。またね!」


 窓を開けて夜の闇にサッと身を踊らせる。

 レッティの部屋は二階だが、この程度の高さは、このオオカミには何でも無いのだろう。

 着地した音すらしなかった。


 窓の外を見ると、白い巨体が森の方に去っていくのが見えた。


 ふう……先が思いやられる。


 レッティはベッドの上ダイブして、やがて静かな寝息を立て始めた。

 すぐに寝れるのがレッティの特技の一つである。


「ふにゃ……モフモフ………………」


 ニマニマと幸せそうな寝顔を見る者はいなかった。


 翌朝。


「うーん……よく寝た!」


 思いっきり伸びをする。

 そして、朝の身支度をする。

 一人で身支度するのも少しずつ慣れて来ている。


 そして、登校する途中でミラがふわふわのアッシュブロンドを風に広げて小走りで駆け寄って来た。


「レッティ!おはよう!」


「おはよう、ミラ。でも淑女が走ったりしたらダメでしょ?」


「ふふふ……いっけない!気をつけなくちゃ」


 二人で歩いていると、他の女生徒達がミラに話しかけて来た。

 中心にいるのはオレンジっぽい色味の髪の気の強そうな少女だ。確か伯爵家の……次女だったかな?


「ミラ様おはようございます。ワタクシ達と一緒に登校しません?」


「おはよう、イザベラ様。スカーレット様と先約がありますの」


「あらそう?残念だわ。また今度」


「ええ」


 イザベラ達はレッティとは一度も目を合わせずにサッサと立ち去った。


「ミラったら人気者ね!」


 ツンツンと肘でつつく。

 ミラはプイッとそっぽを向く。


「私と一緒にいれば、学園にいる間、何か良い思いが出来ると勘違いしてるの。そんな訳ないのにね」


 そう、この学園のある地方を治めているのがミラの父親のワイズ子爵なのだ。

 そして学園長は子爵が務めている……つまり、ミラは未来の学園長様だったりする。

 そのためにミラと仲良くなりたいという子女は多い。

 しかし、ミラは社交的とは言っても、あからさまに家を目当てにしている人達と交際する事は嫌っている。


「そうそう、そう言えば近くの森に出る幽霊の話はきっと知らないでしょう?」


 ミラが思い出した、と両手をポンと叩いて楽しげに話し出す。

 レッティはその言葉に何やら嫌な予感を覚える。


「……幽霊?」


「そう!真っ白な髪の毛の男の子が森の中を夜な夜な彷徨っているんですって!

 その子は親に捨てられて、森の中で衰弱して死んでしまったのに、未だに自分が死んだことに気がついいていなのよ。

 死んでからずっと一人で寂しくて、あの世に目の合った子供を連れて行こうとしているって!」


 ――ニクス!見られてる!今度ちゃんと注意しなくちゃ!


「あら?どうしたのレッティ?変な顔して!頭でも痛いの?」


「……いいえ、大丈夫」


 こめかみを片手で揉みながら何とか答える。レッティの学園生活は愉快なことになりそうだった。

 

 

 

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