第14話 アルフレッドの憂鬱
アルフレッドが婚約者のスカーレットと出会ったのは、十歳のことだった。
父であるアルガー公爵が友人の家族を紹介すると言い出し、家族ぐるみの付き合いになると聞いていた。
子供も連れてくるから仲良くしなさいと言い含められていた。
だから年の近い男の子でも来るのだろうと考えた。友人になれたらと思っていた。
だから、その家族ぐるみというのが、まさか婚約者との初顔見せなんて思いもしなかったので本当に驚いた。
いつもよりも妙に髪型のセットを時間かけてさせられてると思ったんだ……そこで、気がつくべきだったか。いや、気が付いたからといって、会わないという選択肢が取れるわけでは無いが。
そして、初めて会った婚約者は大変愛らしいお人形のように顔の整った少女だった。
燃えるような赤い髪の毛は艶やかで、空色の大きな瞳はパッチリと大きく、将来は非常に美しくなるだろう事が容易に想像できた。
しかし問題は二つあった。
一つ目は年齢。
大人にとっての三歳差と、十歳の少年にとっての三歳差は大きく違った。
身長も小さく、とても結婚相手とは見なせなかった。
教育を受けさせる為に、公爵家にスカーレットがやって来たのも驚いたが……。
アルフレッドは反対だった。
こんなに小さな女の子を両親から引き離して暮らさせるなんて、正気とは思えなかった。
自分に懐いてくるスカーレットには申し訳なかった。
しかし、アルフレッドはスカーレットと仲良い姿を両親にも使用人にも見せ無いように気をつけた。
何とか婚約を撤回させたいと子供心に考えたのだ。
或いは、幼い子供には過酷な一旦婚約者教育をストップさせたかった。
王室と血筋も近いアルガー公爵家の夫人となるなら、スカーレットには王家に嫁ぐのとそう変わりはない教育が必要となる。
その教育のためには田舎の伯爵家にいさせる訳にはいかないのは理解できる。
だが、スカーレットは無邪気で幼なげなところが見てとれた。
アルフレッドはスカーレットが嫌いでは無いからこそ、両親の元へ帰れるように味方がいない中で一人何とかしようと足掻いていた。
それは、スカーレットには伝わっていなかったし、伝えるつもりも無かったが。
アルフレッドはスカーレットを妹のように思っている。
一人っ子で兄弟が欲しいと願っていたから、スカーレットの事は、妹としてなら好きと言っても良い。
アルフレッドは自分を無邪気に慕ってくれるからこそ、スカーレットとは結婚は出来ないと思っている。
彼女には幸せになって欲しい。
母と同じ不幸を背負わせたく無い。
もう一つの……年齢差など取るに足らないと思える程のアルフレッドとスカーレットの間にある大きな問題……、いや、スカーレットは関係ないか。
アルフレッドと公爵家に纏わる大問題を、恐らくロイド伯爵もスカーレットも知らないのだ。
母、リディアですら知らないだろうアルフレッドの秘密。
アルフレッドは呪われている為に長く生きられない。
父が死んだのと同じ歳になったら、アルフレッドも死ぬのだ。
幼い日……自分がぐっすり寝入っていると勘違いした祖父母が、目を瞑り横になっている自分のすぐ側で囁く様に交わした会話。
――魔女の呪い
祖父ジェイムズ・アルガー公爵を英雄たらしめた魔女の死が齎(もたら)したもの。
アルガー公爵家に生まれる長子は長くは生きられない。祖父が英雄となった年齢……魔女を討伐した際の年齢と同じ年になったら死ぬのだ。
父の死がどれ程母を悲しませたか、アルフレッドは知っている。
そして、母は老いたのちに息子を同じ様に失うのだ。
明るく無邪気なスカーレットには、その運命は似合わないように思う。
だから……結婚はしたくない。
いや、アルフレッドはただ死ぬのを待つつもりは無い。
何処かに魔女の呪いを解く方法があるかも知れない。それを探す為にも騎士とならなくてはいけない。
人の持つ知識の中に解呪の方が無いのならば、魔族にだって問いただせば良い。
呪いを早く解いて自由の身になるまでは、誰も巻き込まないでおくつもりだ。
そんな様々な葛藤を抱えた日々の中で、アルフレッドは学園に行くことになった。
学園では様々な家の子女がアルガー公爵との縁を繋ごうと、アルフレッドに近づいてきた。
その中には、スカーレットがまだ幼く、彼女の実家のロイド伯爵家があまり栄華を誇っているわけではないのを好機と捉え、アルフレッドの恋仲に……そして、あわよくば婚約者の座にと近づく令嬢も少なからずいた。
アルフレッドはそんな誘いを下らないと拒絶し続けた。
華やかな令嬢達も、スカーレットと比べて優れた所は一つも感じなかったし、その前に呪われた身で誰かと交際しようなどとは思わなかった。
アルフレッドを家柄で見ない、優秀な令息達との交流は多少はある。
たまにスカーレットとの事を揶揄ってくるのが、煩わしいが、それくらいなら許してやっている。
アルフレッドは本当は学園にいる間も、スカーレットの事が心配だった。
しかし、今更どう接すれば良いのかわからなくなってしまっていた。
だから理由をつけて家には帰らないでいた。
一応、スカーレットの様子は母からの手紙に詳しく書いてあったので、何となくは知れていた。
スカーレットが不自由していないのは感じ取れたが、母はあまりにもあの少女を気に入りすぎている。
もう少し親元に帰るように母から言うべきだと思っているし、そう言っている。
なのに、母ときたら
――レッティを邪険にしないで。
などとお小言を言ってくる始末だ。
母の思い込みの強さには辟易している。
そして、アルフレッドは12歳の冬の長期休暇に馬に乗り家へと帰った。
偶には顔を出せとせっつく母からの再三の要求に応える形だった。
そして、崖から馬ごと落ちてしまった。
大した高さのない崖だったが、脚を挫いて動けなくなってしまった。
従者が助けを呼ぶのを待つ間、魔法で何とか暖をとっていたが、魔力を節約しながらだったので寒くて仕方がなかった。
そして、アルフレッドは彼女と……神の御使いの様な少女と神獣らしき存在と出会った。
凍える体は限界で、使い魔を連れた魔族かと思っていたが、少女はただ見に纏っていた毛皮らしきものでアルフレッドを包んで温めようとしてくれた。
そのうつらうつらしていた時、確かに見たのだ。
銀色の長い髪の毛の少女の瞳を……ほんの一瞬だ。
既に魔力は底をつきかけていたが、淡い光の中で明るい青色に光る美しい真っ直ぐな瞳を。
アルフレッドはその時の自分を殴り飛ばしたい気分だった。
もう少ししっかり命の恩人の顔をよく見ておくんだったと今も後悔している。
顔も思い出せないその少女の存在は、アルフレッドに峻烈な思いを植え付けた。
――もう一度会ってみたい。
彼女と話をしてみたい。
もしかしたらヒトではなく、神や精霊の類かもと考えているが、それならそれでも良い。
何故自分を助けに来てくれたのか聞いてみたい。
そして、アルフレッドはその銀髪の少女のお陰で気がつけば屋敷の自室に寝かされていた。
久々の母や婚約者との再会だったが、アルフレッドの頭の中には銀色の少女の事が渦巻いていた。
騎士になってあちこち国中を周れば、彼女の事が知れるだろうか?
それとも、あの家の近くに住んでいるのなら、会う機会を減らしてしまうだろうか?
思いを巡らせていたアルフレッドだったが、それを吹き飛ばす知らせが食事の場で告げられた。
スカーレットが騎士を目指すと言うのだ。
アルフレッドは別に女性が戦いを生業に生きていくことに反対な訳ではない。
しかし、もしも本当に騎士を目指せる程の力があるならば、スカーレットが戦場に出させられる危険も全くない訳ではない。
スカーレットは魔力が強いかも知れないと聞いている。
婚約者に興味が無いという姿勢を見せる為に、どんな系統の魔法か詳しくは敢えて聞かなかったが……。
種類によっては積極的に戦場に出る事になるだろう。
もちろん、未来の公爵夫人だから、断れば良いだけだ。
しかし、いかんせん、この婚約者の少女は喜んで行きそうだと確信させるお転婆っぷりの様子だ。
アルフレッドの母も本人が行くと言うのなら、止めなさそうな気もする。
彼女の両親はどうだろうか?
アルフレッドはスカーレットに戦場に行って欲しくなかった。
行けば、僅かな確率でも死んでしまうかも知れない。
それに加えて、スカーレットが騎士になって自分の周りを彷徨く様になるのも非常に困る。
もしかしたら……呪いを解く為に行動しているのがバレるかも知れない。
呪いの事は誰にも知られたく無いが、特に母と繋がりのある人間には知られる訳にいかないのだ。
手合わせしてみると、スカーレットは確かに驚くほどに強かった。
もちろん、アルフレッドならば負ける事はあり得ないが、同い年の学園の男子生徒でもあれ程戦えるのがどれだけいるか……いや、全くいなくてもおかしくはない程だ。
アルフレッドはスカーレットに親元で平和に暮らして欲しいと心から願っていた。
――スカーレットは少しは淑女に近づけているだろうか。
あんなに身長が低いチンチクリンでは学園に入ってから虐められないだろうか。
強いからといってやり返したりは出来ないだろうし……。
もうすぐスカーレットが学園に来る。
妹ような存在が近くに来て嬉しいような、もしかしたらトラブルが起きるんじゃないかと不安なような。
アルフレッドは十代の少年の割には思慮深く、しかし、その優しさを相手に伝えるのは苦手な不器用な少年だった。
そして、幼くしてあまりにも重い運命を背負っているのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます