第9話 アルフレッド救出

 「お嬢様!お気をつけて!」


 ハナ声を背に、レッティは窓から身を踊らせる。

 吹雪の中で長い銀髪が翼の様に広がった。

 しなやかな身体は降り積もった雪の上に音も無く着地する。


 雪に足音も吸収され、レッティは静かに駆けて行く。

 聞こえるのはビュウビュウと吹き付ける風の音だけ。

 小さな足跡もすぐに新しい雪に埋もれて見えなくなる。


 レッティはまず森に走る。

 視界は利かないのに場所が分かるのは野生の勘か。

 或いはレッティに力を与えたコアの導きか。


 森の前。

 レッティは雄叫びを上げる。


 ――ワオーーーーン!!


 その声は普段の姿で叫ぶよりもずっと遠くに響く。

 ほんの少しの時間に銀色の頭に雪がすぐに積もり始める。


 ――ワオーーーーーーーーン!!


 返事があった。

 レッティのよりも少し低く、でもどこまでも届く声。フェンリーだ。

 偉大なオオカミの声に少し安堵を覚える。


 間も無く、フェンリーとニクスが夜の黒と雪の白で構成されたモノクロの景色から姿を現した。


『レッティ……何故ここへ来た?

 この様な吹雪の中危険だ』


 フェンリーが厳しい口調でレッティを諌める。


『ん?これなぁに?』


 ニクスがレッティが羽織るアルフレッドの上着に鼻を近付けて、クンクンと匂いを嗅ぐ。


『この服の持ち主が遭難してるみたいなの!

 あたしの婚約者なの!

 早くしないと寒くて死んじゃう!!』


 レッティは泣きそうになりながら説明した。

 この吹雪の中でたった一人でどれ程心細いだろう。


『わかった。精霊達にも聞いてみるから落ち着きなさい』


 フェンリーがいつも通りの口調と声音でレッティを宥める。

 しかし、この風吹の中、魔法があるとは言えアルフレッドは何時間保ってくれるだろう?

 魔力が尽きたらきっとあっという間に凍りついてしまうに違いない。


 ――ワオーーーーン


 フェンリーの遠吠えが森に響き渡る。

 すると、フェンリーの近くにチラチラと七色の小さな光が灯り、回り出す。


『精霊達よ。さあ、あの銀色の娘の上着の持ち主を探し出しておくれ』


 色とりどりの光があちこちに散っていき、雪風に溶けるようにその色も見えなくなる。

 レッティはほんの少し待つ時間にもヤキモキしていたが、すぐにいくつかの精霊が戻ってきた。


『こちらだ。急ごう』


 フェンリーが走る。

 レッティは身を伏せたニクスの背に飛び乗った。

 森の中を二匹の大きなオオカミが並走する。

 風よりも早く木々の合間を駆け抜けて、細い木の枝は先を行くフェンリーの体でへし折れる。


『……ここだ!』


 精霊の光がフッと消えた。

 フェンリーが足を止め、ニクスが頭を下げて鼻をヒクヒクと動かしながら地面の匂いを辿る。

 

 分かりづらいが周囲の木の枝が折れている場所を見つけた。間違いない。

 覗き込むと、数メルトルの崖の下に倒れた馬と魔法の光を灯した人影があった。


「アルフレッド様だ!」


 レッティは囁く様に呟いた。


「おい!待て!」


 フェンリーが止めるのも無視して、ニクスの背を降りて崖の下に迷わず飛び出す。

 突如現れた頭に雪が積もったアルフレッドが、片膝をついて剣を構える。

 しかし、その体は傾いでいるし、頭から流れたらしい血が黒く顔半分を汚し固まっている。


「……くっ!何者だ?魔族か!」


 アルフレッドがヨロヨロと立ちあがろうとする。


「動かないで!」


「近寄るな!」


 怒鳴られた。……しまった!耳と尻尾のせいで怪しまれている!?


 レッティがどうすれば良いか分からず固まっていると、上からニクスが降ってきた。

 レッティのすぐ傍に難なく着地する。


「魔獣が…………」


 アルフレッドは更に警戒心を高める。


「ニクス……伏せて」

 

 とりあえず伏せのポーズを取らせて、敵意がない事を示す。


 アルフレッド様は中々警戒心を解いてくれなかったが、また膝をついてしまった。

 体がそれ程に辛いのだろう。


 レッティは婚約者様をビックリさせないように静かに側による。


「近づくな……」


 アルフレッドに寄り添う形で腰を下ろした。


「……………………」


 アルフレッド様は無言だ。

 レッティも無言でじわじわと体を寄せる。

 ――フワフワの尻尾をお貸ししますよ。


「……お前暖かいな」


 寒さに耐えかねたらしいアルフレッド様が、レッティのモフモフの尻尾に身を寄せてくる。


 しかし、レッティは困ってしまった。

――これで寒くて死んじゃう可能性は減ったけど、アルフレッド様を崖の上に引き上げないといけないのに。


「何だか眠いな……」


「――!?」


 ――寒いところで寝ちゃうのはダメなんじゃなかった!?


 心配になり、オロオロするレッティの前にフェンリーも上から降りてきた。


『ワタシの背に乗せなさい。家まで送ってあげよう」


 フェンリーが伏せて、背中をレッティの方に向ける。


 作業の為にニクスが人の姿に変わる。

 子供二人ががりだが、そこは完全な人とは違う腕力があるので意識朦朧のアルフレッドの体を軽々と動かし持ち上げられる。


 アルフレッド様の雪がついた瞼が少し動き、レッティと目が合う。


「ん……綺麗な目…………だな」


 一言だけ呟いてまた目を閉じてしまう。

 僅かに残っていた魔法の光が消えた。

 アルフレッドは完全に意識を失った様だ。


「どうしよ。暗いから私の目の色とかハッキリとはきっと分からなかったよね?」


 ハナと違って、レッティとアルフレッドの間にはそこまでの信頼関係はない。

 正体がバレたら、公爵家から追い出されるだけでは済まないだろう事は、子供のレッティにも容易に想像出来た。

 

「寝ぼけて夢見てたって思ってくれるんじゃない?」


 ニクスは前向きだ。

 ――確かにすっとぼければ良いだけか。


 フェンリーの背の上で、レッティ、アルフレッド、ニクスの順番で乗って、急いで公爵家に戻った。


 アルフレッドを玄関の扉の前に下ろした後、レッティは自室に窓からこっそり侵入を試みる。

 普通の人間の子供なら無理だが、人外の身体能力で軽々だ。

 フェンリー達を見ると人間の姿で玄関をノックしてすぐに雪の中に消えていった。


 玄関扉が開くのを確認してから、窓を叩いてレッティの部屋の中にいるハナに合図を送る。


「お嬢様!」


 ハナが抱きしめてくれる。

 体についた雪が溶けて冷たい。


「お嬢様……髪の色が……」


 そうだった。髪色を赤毛に戻す。

 耳と尻尾もすぐに引っ込んだ。

 ハナはすぐに着替えを手伝ってくれた。

 雪溶けて濡れた髪を暖炉で乾かしていると、部屋のドアがノックされ、返事をするかしないかのタイミングで、開け放たれる。


「レッティ!アルフレッドが帰ってきたわ!」


 目に涙をいっぱいに浮かべて、リディアお義母様が満面の笑顔を浮かべていた。

 レッティも嬉しくなってお義母に駆け寄り抱きしめた。


 

 


 

 

 

 

 

 

 

  

 


 

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