第2話 モフモフ達との出会い

 実家から着いて来てくれたメイドのハナに早速お願いして、動きやすいワンピースに着替えさせてもらう。

 真っ赤な髪もラフにポニーテールに結ってもらった。


「アルフレッド様は酷いです。

 お嬢様様と一緒のお時間を取られないなんて」


 おや、ハナはレッティの未来の旦那様があまり好きじゃ無い様子。


「そんなこと言わないで。

 あたしに自由にして良いとおっしゃってくれる、とっても優しい人なのよ。

 それに……とってもお顔がカッコいいわ!」


 クールな婚約者の横顔を思い出して、レッティはムフフ……と幼い令嬢らしからぬ笑みを浮かべた。

 世間に擦れていない子供の方が顔の美醜に煩い事があるが、レッティは正しくそういった可愛げの無い子供だった。


「お嬢様がそう仰られるのなら……」


 ハナは心配そうに頬に手を添えて、ふぅとため息をついた。


 ハナは代々ロイド伯爵家に仕えてくれている。

 ハナの母親は今も伯爵家で、メイド長として使用人の中心となって働いてくれているのだ。

 因みにハナの父親は執事として伯爵家に仕えてくれている。


「ハナはそろそろ婚約しないのー?」


 考えがまだ足りないレッティは、自分が婚約したんだから、他の人もするんじゃ無いかと考えたのだ。


「まだお嬢様には私が必要ですからね」


 幼い子供の明け透けな質問にハナは優しく微笑む。

 ハナは10代半ばだ。貴族ならばそろそろ婚約者がいてもおかしく無いし、平民でも結婚相手を意識する年頃だ。

 ブルネットのボブヘアにぱっちりお目目のハナは、レッティの目から見ても、とっても美人で可愛いのに。


「あたしもう子供じゃ無いよ!」


「はいはい。お嬢様は立派なレディーです」


 ハナはかがみ込んでレッティと目線を合わせながら、指先で優しく前髪を整えてくれる。

 そして、レッティのむくれた柔らかな曲線を描く頬をつつく。

 くすぐったい。


「じゃあ行ってくるね!」


「はい。いってらっしゃいまし」


 レッティは笑顔で小さな主人を見送った。

 そう、

 レッティは森に行くのに、ハナにお庭と言っていた。

 

 レッティは特に嘘をついているつもりは無い。

 森もアルガー公爵家の領地内であり、お転婆に育ったレッティにとっては、森も丘も小川もお庭も全部同じような物と認識していたのだ。


 怖いもの無しのレッティはどんどん森の奥に入って行く。

 初めての場所は歩いているだけで楽しい。


 木漏れ日を見上げ、小鳥のさえずりに耳をそばだてる。

 小川を見つけて、靴を脱いで冷たい水に足を浸しながら、上流の方に歩いて行く。


「くーん……」


 その時、愛らしい鳴き声を聞いた。


「動物の鳴き声?どこにいるのかしら?」


「くーん……」


 また聞こえた!

 そして、鳴き声のした方へ歩いて行くと、そこには真っ白なひと抱え程の大きな犬がいた。

 丸っこい顔で、ぬいぐるみみたいで可愛い。


「怪我したの?」


 その犬は白い毛にあちこち血が付いていた。


「待ってて」


 レッティは治癒魔法が少しだけ使えるのだ。

 ただし、一回使うと疲れちゃって暫くは使えないし、眠くなってしまう。

 聖属性の持ち主は珍しいと両親が喜んでいたので、使えるのはレッティの密かな自慢だ。

 しかし、好き勝手に使わない様にと言われている……便利だから偶にコッソリ使っているけど。

 お父様からは家族以外にはナイショって言われてる。何でだろうね。使っちゃってるけど。


 なので、今回も緊急事態だし使っちゃおうと手を伸ばしたのだが……


 わふ!


 レッティの手が魔法の輝きを放つ直前に、ワンコがワンピースの裾を咥えて、どこかへ導こうとする。


「わ、わかったから引っ張らないでよ!」


 レッティが思わず叫ぶと、素直にワンピースを離して、先導するように少し先に駆けて行き、振り向く。


 ――ついて来て欲しいってことだよね?


 レッティは先を走る白い犬を追いかけて、森の奥へ奥へと進んで行った。


 そして、森の奥に朽ちた神殿があった。

 その手前で先程の犬が舌を出してレッティを待っていた。


「ここに来て欲しかったの?」


 レッティが近づくと、神殿の中に入っていってしまった。


「もう!待ってよ!」


 レッティは勝手な犬にぷんぷん怒りながらも後について行く。


 そして、奥に行って緑の瞳をまん丸に見開いた。

 そこには、小屋の様に大きな白い毛の犬がいたのだ。

 

 レッティを導いた犬は、その巨大な犬に寄り添い、クンクンと鳴いていた。丸っこい顔立ちだと思っていたが、この大きさでまだ仔犬だったようだ。

 多分、親子なのだろう。


 そして、巨大な犬は血を流していた。

 仔犬に付いていたのは、親から流れた血だったのだ。

 そして、レッティなんて一呑みにしそうな口が動いた。

 

『何をしに来た?ニンゲンの子供が……』


 くぐもった体に響く声に、レッティはビクッとしたが、淑女なので背筋を伸ばして立派に答えた。


「あなたの子供に連れてこられたの。

 あたしはスカーレット!

 今はあっちの方の公爵家でお世話になってるの!

 ねえ!怪我してるなら治してあげるよ!」


『オマエ……ニンゲンなのにワタシの言葉が分かるのか?

 精霊に愛されているのか、珍しい』

 

 レッティは物怖じせずにその恐ろしい獣に近づいて行く。


『我が名はフェンリー……。

 オマエは私が怖く無いのか?』


「うん!ワンちゃん大好き!」


 レッティはニッコリ笑った。


『ワンちゃ……違……ゲフゲフ……』


 口の端から咳と共に血の混じったあぶくが溢れる。

 口の中も怪我したのかな?

 それとも歯が抜けたとか?実家にいた時のお友達のミックも前歯が抜けて血が出て大騒ぎしてた。

 

 そして、レッティは改めて治癒魔法を使う。


「『サナティオ』」


 暖かな光がフェンリーを包む。


『これは……なんという魔力だ』


 フェンリーが金色の瞳を見開いた。


 ――うーん。ねむい。


 そして、全力を出し過ぎたレッティは、そのまま、ててて……と数歩前に覚束ない足取りで前に進むと、フェンリーのもふもふの毛の中にボフンと倒れ込んだ。


 フェンリーと仔犬が何かを言っている気がしたが、レッティはあっという間に夢の中へ。

 


 あったかくてモフモフで気持ちいい…………。



 


「お嬢様!起きてください!こんな所で眠るなんて……」


 そして気がついたら目の前に心配そうなハナの顔。

 

 「あれ?あたし……」


 周りを見回すと、そこはバラの咲き乱れる庭の片隅。

 ぼんやりした頭でレッティは考えた。


 ――きっとフェンリーがここまで連れて来てくれたのね。

 レッティはまだ眠たかった。


「ハナ、抱っこして」


「はいはい。お嬢様はまだお子様ですね」


「むにゃ……違うもん。あたしレディーだよ……」


 そう言いながらも、レッティはハナの首元に顔を埋めて、また夢の中に戻ってしまった。


 夢の中でレッティはふわふわモフモフに囲まれて楽しく暮らしているのだった。


 


 


 

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