第7話 タマネギとマヨネーズ
先週、サイクリウスが出した通知により、市中に溢れていた塩がなくなるという噂話は一旦収束した。現在進行形で、海辺の町で塩の生産が行われており、近いうちに問題は解決するだろう。
そんな予想を立てながら、義行は今日も六時に食堂にやってきた。
「魔王さま、魔王さま。今日は七つあったっすよ」
マリーは興奮気味に話しかけてきた。
「今日も見に行ったのか?」
「『毎日産んでくれる』って言われたんで、気になったんすよ」
「それじゃあマリー、朝の卵の回収とニワトリの解放作業を頼んでいい? 扉を開けるだけでいいから」
「いいっすよ」
マリーなら料理番で朝も早いし適任だろう。
「今日も茹でるっすか?」
「いや、今日は目玉焼で」
ニワトリが来て二週間ほどが過ぎた。卵もほぼ毎日手に入るので、マリーも手慣れた感じで料理している。
しかし今日の義行は、出された目玉焼きを食べるでもなく、黄身をツンツンしていると、「次なる食材を考えてますの?」とノノの聞かれた。
「できれば、肉か魚に行きたいんだけど、ちょっと難しいんだよね」
「そうなれば理想っすけど、漁で獲れるのはそう多くないっすよ?」
「漁で獲れる量ってか?」
「残念っす。座布団はあげられないっす」
いま座布団はいらない。欲しいのは食材だ。いつもの具なしスープを掬ったときだった。
「スープ……。スープの具にも、他の料理にも使える。そして量産できる作物……」
「そんなのがあるといいっすね」
そんな義行の口から、ふと「タマネギ」と発せられた。それと同時に、三人娘のキラキラした眼が一斉に向けられたのだ。
「魔王さま、タマネギってなんですの?」
「ポテみたいに土の中にできる野菜だな。畑一面でそれなりの収穫が見込めるはずだぞ」
「森に行ってみますか?」
新たな食材となると『森』が合言葉のようになってしまった。
「そうだな。お前たちが『タマネギ?』と聞くということは、流通してないだろうしな」
方針さえ決まれば行動は早くがモットーの義行だ。サッと作業着に着替えてノノと森に突撃した。
「ヴェゼー、居るかい?」
いつものように風が吹いてヴェゼが姿を現した。
「魔王さま 呼んだ?」
「いつも悪いな。もしかしたら収穫時期を少し過ぎちゃってて、もう見られないかもしれないんだが、このくらいの大きさの実が、土の上に半分ぐらい出てて、茶色の薄皮をかぶってる植物を見たことないかな?」
「ポテ 違う?」
「全部が土の中に埋まってるわけじゃないんだよ。あと筒状の緑の葉っぱみないなものがあって、この時期だと、先っぽにこのくらいの白くて丸い玉みたいな花が付いてるものがある」
「魔王さま それ くさい?」
くさいと言われると、悪臭の方が思い浮かぶが、タマネギには刺激臭の成分があったことを義行は思い出した。
「ちょっとにおうかも……」
ヴェゼは、「待ってて」と言って姿を消し、数秒で
「それだ!」
「これ 食べるの?」
「今回は種がほしいから、上の葱坊主が必要なんだよ。遠いのか?」
「十五分くらい。この道 まっすぐ。突き当り 左」
「ありがとう。ちょっと行ってみるよ」
義行とノノは、速足で目的地に向かった。
突き当りを左に曲がってすぐに、葱坊主がちらほら見えてきた。
「あらら、ちょっと早かったか?」
「これがタマネギですの?」
「ああ、目標にしていた物に間違いない」
「こっちは白いフワフワがありませんわ」
ノノがいるあたりには、よく見る普通のタマネギがあった。
「そっちは日当たりがいいからかな。確か、種ができるには温度が関係していたと思う」
しかし、葱坊主は見えるが、まだ黒い種が見えなかったので、義行は改めて採取に来ることにした。
「魔王さま、この茎なのか、葉なのかよくわかりませんが、これを食べますの?」
「食べるのはこっちの葉の部分だよ」
義行は、さっきヴェゼが抜いてきてくれたタマネギの球を指さしてをノノに説明する。
「魔王さま、私が知らないからって馬鹿にしてますわね。それは実ですわ」
ノノの反論もわかる義行だった。じゃあ、上の葉っぱみないなのはなんだ! とノノの眼が訴えていた。
「いや、馬鹿にしてないって。ここは、葉が集まって膨らんでるんだよ。
そう言うと、「じゃ、この緑の部分はなんですの?」と聞かれたので、義行が「葉かな」と答えると、ノノが半切れ状態になってしまった。
こればかりは、義行もわかりやすく説明する自信がなかったのだ。
「土の中にあるから勘違いされやすいけど、この球は実でも根でもないんだよ。この部分は、この地上部分で太陽の光やらで養分を作って、この根元部分に溜めて葉が膨らんだものといえばいいのかな」
ノノも完全に理解できてないだろうが一旦収めてもらって、タマネギ十数個を持って帰った。
戻ってすぐにひとっ風呂浴び、服を着替えて向かった食堂では、マリーが目を輝かせて待っていた。
「魔王さま、タマネギは見つかったすか?」
「ああ、これがタマネギだ」
義行は麻袋から一つ取り出した。
「へー、これがタマネギっすか。この実を食べるんすか?」
マリーがノノと同じ質問をしてくる。それを聞いたノノがお澄まし顔で解説を始めた。
「フフッ。マリー、それは実ではありませんわ。葉っぱが集まったものですのよ」
「じゃあ、茎はどこにあるんすか?」
このマリーの質問に、ノノの眼が泳ぎ始めた。恐らく、自分がやられてみたいに、『この上の緑色はなんすか?』と質問が来て、『それは葉っぱですわ』と答えて、混乱させてやろうと思ったのだろう。
ただ、この切り返しは想定していなかったようだ。
「えっと、それは多分この辺に……。魔王さまー」
やはりこうなった。
「一夜漬けならぬ、二時間漬けはケガの元だな。この根の少し上辺りに茎があるんだ。半分に割るとよくわかるよ」
「こっちの葉は食べないんすか?」
さすが料理担当だ。いい質問をしてくる。
「これな、若い時の柔らかいものは食べられるぞ」
ただ、どうやって食べるかは義行も知らない。
「通常はこの実、じゃなかった球の部分を食べるんすね」
「そういうこと」
その晩の夕食に、乱切りにしたポテとタマネギを具材にしたスープを出してみたが、三人娘は喜んで食べてくれた。これなら量産する意味があるだろう。
その数日後、今度はサラダをつつきながら義行は考えていた。
「魔王さま、お行儀が悪いですよ」
「ごめん」
「そんなに急がなくてもよいのではありませんか?」
俺がこんな行動を取ってるときは、食糧関係でなにか考えてるとクリステインは思うようになったようだ。
「このサラダ、なにか物足りないなと思って」
サラダはほぼ三食出されている。この世界に来て一番食べただろう。義行は椅子にもたれ、天井を見つめる。
「魔王さま、いつまでもそうしていると片付きません。お早くお食べください」
「はーい」
テーブルに目を戻したそのとき、義行の脳にピリッと来るものがあった。
(半熟目玉焼き、塩、いや違う。半熟卵、ドレッシング……)
義行の頭は猛烈に回転を始めた。当然、食事の手は止まっている。
「そうか、あれだ!」
「魔王さま、何度も言わせないでください!」
仏の顔も三度までと言うが、流石に三度目のお叱りはきつめだった。
残りを一気に掻き込み、部屋で作業着に着替えてから、鉈を持って一人森に入っていった。
ここ数回の森歩きで、なにがどこに生えているか少しずつ覚えていたのが役に立った。それは、地球でみられる笹のような植物で、それを数本切り取り持ち帰った。
「あら魔王さま、セセをどうされますの?」
「セセって言うのか。これで泡だて器モドキを作ろうと思ってな」
義行は、同じくらいの太さの枝を数本切り落とし、葉や節を落としたものを棒に括りつけ、簡易の泡だて器を作り上げ食堂に向かった。
「マリー、深めの皿はある?」
出てきたのは、サラダを盛り付けるための深皿だ。
「卵は残ってる?」
「七つ残ってるすよ」
「油を見せてくれないか?」
「油っすか? これっすよ」
瓶に入った油が出てきた。見た目は日本でよく見た食用油に見える。
「どうやって作ってるか知ってる?」
「ネタネって植物から取れるってのは知ってるっすけど、具体的な作り方は知らないっす」
「それだけで十分だ」
「あと、サラダに使ってる酸っぱいやつがほしい」
「ビネグーのことっすか?」
予想どおり、全ての材料があった。
マリーに塩とビネグーを持って食堂にくるようにお願いした。
「まずは卵にビネグーと塩を入れてよくかき混ぜる」
「その道具って、そう使うんすか」
「便利だろ。これに少しずつ油を加えていく。コツは、油を少しずつ入れながら攪拌することだ」
「あ、だんだんトロトロになってきたっす」
「マリー、今日のお昼は野菜たっぷりでもいいぞ」
でき上がったマヨネーズを空いた瓶に詰め、一度自室に戻った。
今日の作業をメモして、十二時前に食堂に戻った義行は、ドヤ顔でマヨネーズ瓶を食卓に置いた。
「みんな、マヨネーズだ。味見してくれ」
「どうやって食べるんすか?」
「基本は調味料かな。ビネグーと油のドレッシングもいいけど、これもうまいぞ」
三人娘は、言われるがままにサラダにマヨネーズをかけて食べる。
「ほわっ。なんすかこれ、こんなの初めてっす」
「なんでしょう、無性に食べたくなりますわ」
「ぐっ、ぐうの音も出ません……」
自分が発明したわけはないが、義行はどや顔だ。
「これがマヨネーズだ。今回は全卵で作ったが、卵黄だけで作る方法もあるぞ。さらに濃厚でうまいはずだ」
四人分ということで二百グラムくらい作ったはずだが、あっという間になくなった。
「たくさん食べると体によくないからな。ほどほどにしておけよ」
一応、注意だけはしておいた。
「どうしてですの? こんなに美味しいのに……」
「ノノ、あの作り方を見ればわかるっすよ」
どうやら、この国でも油の取り過ぎは良くないということのようだ。
※その日の夕食。
余りの卵二つで作ったマヨネーズを台所から持ってきた義行は、ゆでポテにたっぷりとかけて頬張った。
「くーっ、美味い!」
それを見た三人娘のマヨネーズ瓶の取り合いが始まった。
「はい、マヨラー三人でき上がり」
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