第6話 塩

『コケー』


 ビクッ! として目が覚めると同時に、けたたましくドアがノックされた。


「魔王さま、起きてください。なんですかあれは?」


 こんな朝っぱらから『コケー』と鳴くのは奴らしかいない。

 義行は、クリステインに引っ張られながら部屋をでる。しかし、屋敷から出ることもなく、廊下の窓から事態は掴めた。屋敷の西側、丘になってる草っぱらに、白や茶色のニワトリがちょこまかと動いているのが見えた。


「クリステイン、おはよう」

 朝起きたらまずこれだろう。

「ちょっと魔王さま、なにをそんな呑気のんきに……」

「大丈夫だよ、別に危ない動物じゃないから。あれがニワトリだよ」

「別に、ニワトリがいるのはいいんです」

「いるのはいいんだ?」

「……、怒りますよ?」

 ちょっと揶揄からかい過ぎたかなと義行は思った。

「なんでいるのかを聞いているんです!」


 『なんで?』と言われ、義行も困るのだが、昨日のヴェゼとのやり取りを思い出す。


(確か、『アニーに聞いてみる』と言ったよな。うん、これは間違いない)

(その後は……、『屋敷に送る』……)


 義行は、改めて窓の外を見る。


「ねぇーわー」

 義行は納得しつつも、ちょっと呆れた。

「すみません、わかるように説明していただけませんか?」


 説明するのは簡単だが、説明したことで逆に混乱するだけだと思い、「ここは黙って引いてくれ。ただ、間違いなく俺が契約したニワトリだ」とだけ義行は伝えた。


 ただ、どうみても納得している顔ではないクリステインだ。

(確かに送られてきたけど……、どんな魔法だよ) 


 これで次の段階に進むことができる一方、今日の義行の仕事が決定した瞬間でもあった。


 それならと、義行は食堂に向かった。


「魔王さま、魔王さま。卵、卵が落ちてたっすよ」

「もう産んでたのか? あいつらいつ来たんだ?」

 マリーは手のひらに四つの卵を乗せて、興奮気味に話してくる。

「じゃあ、次の料理を教えるぞ。これを水から十分くらい茹でてくれないか。朝飯にするよ」


 今朝はゆで卵だ。マリーは黄身が喉に張り付いたのか、フガフガ言ってる。

 朝食も終え、義行はニワトリが動きまわる丘にやって来た。


めすを多めに送ってくれたんだな、これはありがたい」 


 義行は出勤してきた土木部の職員から使っていない木材をもらい、午前と午後二時間かけてニワトリ小屋を仕上げた。


「百羽乗っても大丈夫だな」


 「物置か!」とセルフツッコミしておいた。


 ちょうど裏庭の畑で作業をしていたノノがいたので、「夕方になったら、ニワトリを小屋に入れてやってね」とお願いして義行は自室に戻り、作業日誌を書き始めた。


 窓の外が茜色に染まってきたころ、窓がノックされた。


「魔王さま、ちょっと来てください!」

 

 義行は慌てて勝手口から裏庭に出て、ノノが指さす方向に眼をやった。

 そこには、一直線に並んで小屋に向かうニワトリがいた。


「うわっ、キモっ!」


 思わず本音が漏れた。

 その光景は、日曜日の夕方、十九時前のエンディングで見られる最終シーンを彷彿させるものだった。

 ただ、そのニワトリたちをじっくり観察していると、最後尾に一メートルくらいの背丈の女の子が見えた。


「アニー」

 そう呼びかけると、アニーは一瞬こっちを見たが、パッと姿を消してしまった。

「ノノ、アニーが調教してくれたみたいだ。夕方、全羽小屋にいれば鍵を閉めてくれればいいよ」


 そんなことがあった翌日、いつもの時間に食堂へ向かった義行は、ゆでポテとゆで卵を頼んだ。


「あれ、塩は?」

「魔王さま、塩がきれたっす」

「塩がないのは、ってな」

「……」

 誰も反応してくれない。だが義行は、これすらも楽しんでいる。

「魔王さま、冗談ではないんです。後でサイクリウス様からお話があると思いますので、詳しくはそこで」


 この感じ、マジのやばいやつだと義行は気づいた。

 塩がない? 確か、塩を全く取らないと体調不良になるとか言われた気がする義行だった。


 塩のことを気にしつつ朝食を終えると、サイクリウスが難しい顔でやって来た。


「サイクリウス、挨拶は後でいい。塩が手に入らないってどういうことだ?」

「結論から申しますと、東の村の岩塩の産出量が減少しております」

(あの塩は岩塩だったのか。どおりで味が違ったわけだ……)

「そこへ、『塩が取れなくなる』という噂が広まり、皆が一斉に動きまして……」


 このときばかりは、義行も魔王の顔になっていた。いや、魔王なんだから仕事をするのは当り前だ。

 日本での経験から考えると、次になにが起こるか目に見えている。


「なあ、どっかのバカが買い占めたとか、高値で転売なんてしてないよな?」

「何人かのバカがおりました。しかし、市民からの通報で、まあ、ゴニョゴニョっと」


 対処してるなら、どうゴニョゴニョしたのかは義行はどうでもよかった。問題は今後の対応だ。


「でも、全く取れなくなるわけではないんだろ?」

「そうですね。今のままの採掘を続ければ、もって二、三年でしょうか」

「おいおい、それってマズくないか?」

「ですので、東の村も生産調整に踏み切ったようです。取り急ぎ、国民には塩の使用量を控えるように通達する予定です」

 

 マリーは料理担当ということもあり、心配そうに話を聞いている。これは俺の食にも関わる話だ。すぐにでも対策を講じる必要がある。


(塩、塩ねー)


 なぜだか、頭の中では例のキャッチコピーが流れまくっている。子供のころ、と思っていたのは内緒の話だ。

 エンドレス再生されるキャッチコピーを振り払おうと首を振ったとき、クリステインと目が合い、なぜかピコーンときた。


「もしかしたら、なんとかなるかもしれん。馬を用意してくれ」

「魔王さま、私も同行いたします」

「そうだな。クリステイン、道案内を頼む」


 すぐに玄関前に馬が二頭用意され、義行は颯爽さっそうと馬にまたがった。つもりが、そのまま反対側に落っこちた。


「ちょっと魔王さま、大丈夫ですか?」


 かっこよく馬を準備してくれとなんて言ったが、義行は馬に乗ったことがなかった。落ち着いてもう一度くらに手を掛け跨った。気性のよい馬で、義行に合わせてくれているようだ。


「で、どちらに向かわれますか?」

「ここから一番近い港町に向かってくれ」

 西通用門を出た義行とクリステインは、海に向かって突き進んでいった。


 城を出て二時間ほど走っただろう、三度目の休憩のときだ。


「大丈夫ですか」

「大分慣れてきた。悪いが、ちょっときじ打ちに行ってくる」

大雉おおきじですか?」

「アホ! 小さい方だ」


 この国の知識はおかしいとは思っていたが、なんでそんな言い回しを知ってるんだと思った。

 河原の方へ降りて行き、義行は草むらに隠れて用を足した。


 戻るとき、ふと河川敷に目をやったときだ。


(あれって、もしかして……)


 気になって川岸まで見に行こうとしたが、「そろそろ出発しないと更に遅れます」とクリステインに呼び戻された。

 義行はハチミツに続き、ここでも後ろ髪をひかれながら馬を前進させ、なんとか昼前に港町へ到着した。


「魔王さま、ここらで岩塩が出たという話はありませんが?」

「心配するな。まず人手がほしいんだが……」

「それでしたら、あの湾の所にある家まで行きましょう。知り合いがおります」


 義行とクリステインは、さらに十分ほど馬を走らせた。

 クリステインは迷うことなく一軒の家に向かい、ドアを叩く。


「おやっ、クリステイン嬢ちゃんじゃないか。久しいな。どうしたんだ、こんなところまで」

「フリッツ殿、急なお願いで申し訳ない。実は塩を……」

「ちょっと待ってくれ、いくら嬢ちゃんの頼みでも塩はだせんよ」

 塩がなくなるという話はここまで届いているようだ。

「いえ、塩を供出してほしいと言うことではありません。魔王さまに策があるようなので、力を貸していただきたいのです」

「魔王さま?」


 そのとき義行は、波打ち際を一人キャッキャしていた。別に楽しんでいるのではない。海水の質を見ていたのだ。


「魔王さま、紹介します。この村の取りまとめをしている、フリッツ殿です」

「あ、ども。魔王です」

 そんな感じで軽く挨拶すると、「嬢ちゃんよ。ホントに魔王さまか?」と言われてしまった。


 それに対してクリステインも、「はい、新生魔王さまです」と全力で誤解を招くような答えをしていた。そのせいで、フリッツさんからは変な目で見られるのだった。


「フリッツさん、ここで塩を作りたいと思っています。大鍋、目の細かい布、そして人を準備してもらえませんか?」

「魔王さま、ちょっと待ってください。塩を作る? 掘り出すとかじゃなくて?」

 さすがに、フリッツもクリステインも、『このおっさん、なに言うとんねん』という顔だ。

「信じられないと思いますが、絶対に作れます。お願いします」


 魔王が一国民に頭を下げることなど滅多にないことだろう。フリッツさんは、「わかりました。村の者にお願いしてかき集めましょう」と請け負ってくれた。


 村の人たちに鍋と布を準備してもらっている間に、義行とクリステインは、石組みの簡単な竈を複数作り、倒木から薪を切り出していった。


「まず海水を汲んできて、布でしながら鍋に貯めます。ある程度溜まったら、火にかけて水分を飛ばしてください。海水が白く濁ったら一度布で濾します。このとき、布に残る白いものは今回は使いません。引き続き鍋の水分を飛ばしてください」


 真夏じゃないのでまだ問題ないが、暑いものは暑い。

 熱し始め数十分が経つと、鍋の水分が少なくなり、白い結晶が現れ始めた。


「魔王さま、鍋に白い粒が……」

 義行はそのまま海水を蒸発させていき、途中、もう一度布で濾した。

「皆さん、布に残ったものが塩です」

 義行は、濾されて布に残った塩をクリステインに渡した。

「いつもの塩よりさっぱりした味ですけど、確かに塩です」

 義行も舐めてみたが、岩塩との違いを感じることができた。義行からすると、いつもの食べ慣れた塩という感じだ。

 

 村の人たちに手伝ってもらって約五百グラムの塩を作ることができた。無駄遣いをしなければ三週間くらいは持つ量だ。


「皆さん、ありがとうございました。で、フリッツさん。一つ相談があるのですが?」

「なんでしょうか?」

「この村の主な収入源は?」

「そんなものはありません。野菜は自分たちで作り、漁に行き、ここで取れないものは物々交換で手に入れる感じです」

「これ、この村の主力商品になりませんか? 大量に作って街まで運んでも腐ることはないし、いい稼ぎになると思うんですけど」


 フリッツさんは、キョトンとしている。この情報は、この海辺の町に莫大なお金を落とすだろう。


「できれば独占せずに、多くの方に広めてもらったらと思ってます。でも、海がないと作れませんけどね」


 ようやく我に返り、少し考えていたフリッツさんだが、「やってみます」と力強く返事をした。


「もし販売するとなった場合は、一度、城に来てもらっていいですか? 特別販売許可証を発行します。そして販売額を相談させてください」

「わかりました。近いうちに必ず」

「そのとき、人件費や運搬費、利益等の見積もりを教えてください」

「はい」

「塩づくりが軌道に乗れば、さらに収量を上げる方法もお教えしますよ」


 義行たちはフリッツさんと別れ、急いで屋敷に向かった。

 その甲斐あって、十八時には戻ることができた。


「魔王さま、お帰りっす」

「はい、塩」

「もう手に入ったんすか?」

「三週間くらいは持つかな?」

「持たせて見せるすっよ」

「頼むよ。近いうちに市場でも手に入ると思うから」


 慣れない馬での移動だったため、義行は夕食後、風呂にも入らずベッドに倒れ込んだ。


「お尻が痛い!」

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