第5話 目玉焼き
義行と魔王が入れ替わって、一ヶ月以上が過ぎた。もうバレてるような気がしているが、義行は知らんぷりをしている。
そして、この一ヶ月で変化もあった。ノノが通いから、住み込みのメイドになったのだ。今後のことを考えると、義行としては非常にありがありがたい。
そして、朝食にも変化があった。
「魔王さま、おはようっす」
「マリー、おはよう。ポテとスープだけもらえる?」
「了解っす」
ポテを見つけたことで、食卓にポテが載るようになった。しかし、今日のポテはフォークでつつかれるだけで、なかなか口に運ばれない。
「もう一品、そう朝にもう一品……。目玉焼きがほしいなー」
そう口走った瞬間、「魔王さま、不適切な発言はお止めください!」とクリステインに鬼の形相で怒られた。
「えっ? 別に変なことは……」
義行は、なぜ怒られたのかまったくわからなかった。
「目玉を焼いて
どうやら、いつもの独り言にクリステインが反応してしまったようだ。それも盛大な勘違いとともに。
「ごめんごめん。そういう意味じゃないんだよ」
「もしかして新しい料理っすか?」
いつの間にか台所からマリーが来ていた。
「卵をフライパンで焼くだけの料理なんだけど、白身の真ん中に黄身があって、目玉っぽく見えるから、目玉焼きって言うんだよ」
「でも、あんな小さい卵じゃお腹いっぱいにならないっすよ?」
気になって、「なんの卵を想像したんだ?」と聞いてみた。
「ヘビやハトの卵っすけど?」
どうやら、この国では卵というと、そういった卵が思い浮かぶようだ。
「魔王さま。マリーが言ったように、あのような小さな物を売ってもお金になりません。そもそも、集めるのも面倒です」
クリステインはさっきの目玉事件などなかったかのように話してくるが、目は泳いでいた。
「いや、ニワトリっていないの? このくらいの飛べない鳥で、卵を産んでくれるんだよ。知らない?」
「魔王さま、本日のお仕事です! ニワトリを探して来ていただきます」
やはりこうなった。義行は、クリステインはわかってやっていると確信を得た。
「そう簡単にいうなよ。植物みたいに生えてるわけじゃないんだぞ?」
「そこは魔王さまの必殺技かなにかで……」
「んなものあるか! そんな必殺技があった……ら、うん、必殺技か……」
義行は、自分で言った必殺技という言葉にピコーンときた。
「じゃあ、ちょっと探検してくるか。マリー、蒸かしたポテとパンを三人分バスケットに入れておいて。遅くなりそうなら、それを食べるから」
「三人分っすか?」
なぜ三人分なのか、不思議そうに見てくるマリーは見なかったことにして、義行は部屋に戻り服を着替えた。前回ポテの収穫に行ったとき、あちこち破けた服をクリステインにこっぴどく叱られ、農作業や森歩きのときは着替えるように言われたのだ。
三十分後、義行は台所でバスケットを受け取り、ノノと合流して森に入った。
「魔王さま、そのニワトリというのはどこにいるんですの?」
「森のどっかにいるんじゃないか? 知らんけど」
ノノが白い目で見てくる。本当、このゾクゾク感が堪らないと思う義行だ。
そんな馬鹿なことを考えながら、義行は森を進む。もちろん、クリステインの指令が出た段階で、可能性は高いと考えての行動だ。
「取り敢えず、あそこに行ってみよう」
「どこですの?」
「あそこです」
ますますジト目で見てくるノノに身震いしながら歩く義行は、ヴェゼに会った空き地にやってきた。
「ヴェゼー、いるかい? いたら出てきてくれないかー」
これが義行の必殺技だった。
しかし、待てど暮らせどヴェゼは現れない。
「あれっ、呼んだら出てきてくれるんじゃないのか?」
「魔王さま、妖精さんは魔王さまのメイドじゃありませんのよ」
必殺技が不発に終わったかと思ったそのときだった。フッと風がとおり過ぎて、ヴェゼが姿を見せた。もちろん、ノノは今回もアスキーアート状態である。
「ん、なんだい……、お供え? ああ、バスケットからいいにおいがしてるからか」
義行がヴェゼが話をしているのはノノもわかっているようだが、前と同じで、声は聞こえない。
「ノノ、ポテとパンを出してくれるかい。興味があるみたい」
ちょうど倒れた
「魔王さま、ヴェゼちゃんはどのあたりにいますの?」
「俺の横に座ってるよ」
ノノは、俺の横あたりにポテを差し出した。
「ありがとう」
「あら、ヴェゼちゃんって、こんなにかわいい女の子だったんですね」
ノノがそんなことを言いながら、俺を見てきた。
「ノノ、ヴェゼが見えてるの?」
「ええ、見えますわ。声も聞こえました」
なぜかはわからないが、ノノも認識できているようだ。
「普段は 隠れてる。でも ノノも大丈夫」
「ということは、誰でも見えるということか?」
「そう。でも 悪い人が妖精捕まえる。だから 隠れてる」
これを聞いて義行は一つ疑問に思った。
「でもヴェゼ、俺は最初から君を認識できたぞ?」
「魔王さま なにか違う。楽しい感じがする」
「ヴェゼちゃん。それは楽しい感じじゃないわよ。お調子者っていうのよ」
ヴェゼがクスクスと笑っている。
その後、三人で昼食を取りながら今日の目的を話した。
「今日は鳥を探してるんだよ。このくらいの大きさの卵を産む鳥がいないかな? 『コケー』って鳴くんだけど」
「いる。でも すこし歩く」
どうやら義行は、今回も賭けに成功したようだ。
ヴェゼの案内で二人は森の奥に向かった。
しばらくしたとき、「きゃっ」という声がして、右腕にむにゅっとした感触が伝わってきた。
「ムフッ、どうしたノノ?」
できる限り顔には出さないようにしていたが、義行の鼻の下は伸びきっていた。
「魔王さま、ハチです。刺されますわ」
ノノが怯えながら上目遣いで見つめてくる。
(うん、これもありだな)
そこには、花から花へと飛び回るハチが見える。
「ヴェゼ、このハチはもしかして?」
「あまい蜜 くれる」
「やっぱりそうか。ヴェゼは動物も管理してるのか?」
「仲間がしてる。この森の中で いっしょ」
義行は、いつか紹介してもらおうと思った。
ハチミツに後ろ髪を引かれながら、さらに十五分ほど歩いた。
すると、倒木や小さな池があったり、背の高い草なんかも生えている、広い空き地に着いた。
「魔王さま あそこ」
ヴェゼが指さす方を見ると、白い鳥がちょこまかと動いて、地面を啄んでるのが見える。
「いた! 茶色いのもいるな、なんて種類だっけな……」
「魔王さま、あれがニワトリですの?」
「間違いない」
それを聞いて、捕まえようと一歩踏み出したノノを義行は止めた。
「ちょっと待って。足元を注意して移動な。このくらいの白色や茶褐色の卵があるから」
義行とノノは注意深く歩を進めた。
「魔王さま、あそこ! 卵が見えますわ。あっ、あっちにも」
少し背の高い草の影に、白や茶色の卵が産み落とされている。
「ヴェゼ、この卵をもらって帰りたいんだけど、いいかな?」
「うん 大丈夫。アニー 怒らない」
二人目の妖精は、動物担当でアニーというようだ。
義行は、直接会えないものかと思いながら卵を集めた。
その後、しばらく待ってみたが、アニーに会うことは叶わなかった。
「なあヴェゼ。今日は卵も目的だったんだが、本命はこの鳥をもらいたかったんだよ。なんとかならんかな?」
「アニーに 聞いてみる。今 仕事中。すぐには無理。でも たぶん大丈夫」
「頼む。でも、どうやって連絡とればいいんだ?」
「大丈夫。アニーが 屋敷に送る」
「連れてきてくれるのか?」
「送る」
最後の方は話がかみ合っていないと思ったが、ニワトリはもらえそうなので、義行はそれ以上聞くことはしなかった。
義行とノノは卵の入った籠を大事に抱え、最初にヴェゼと出会った空き地まで戻ってきた。
「魔王さま また来る?」
「もちろん。まだまだ必要なものがあるからね」
「ヴェゼちゃん、ありがとう。これアニーちゃんと食べて」
ノノは、バスケットをヴェゼに渡した。満面の笑みを見せるヴェゼを見てると、妖精とかそういったことを忘れそうだ。
今日はその空き地で別れて、ノンビリと屋敷に向かった。
「ただいまー」
「お帰りっす。早かったすね」
「ええ、かわいい案内役がいましたから問題なかったですわ」
「誰か一緒だったすか?」
「まあね」
時計を見ると、まだ十五時を少し回ったところだ。
「魔王さま、お帰りなさいませ。ニワトリは捕獲できましたか?」
「ちょっと手続きがあってね、今日は持ち帰れなかった。でも、卵は十二個ほど採ってきた」
ノノと二人で、卵を詰めた箱をテーブルの上に並べていった。
「これがニワトリの卵っすか? ヘビやハトの卵とは大きさが違うっすね」
「これなら、食べるには十分だろう」
「目玉焼きにするっすか?」
「それなら、夕食に目玉焼きを出すか」
しかし、夕食にはまだ早い。義行は汗を流すために風呂に向かった。
汗を流してさっぱりした義行は自室に戻り、夕食まで裏の森の地図を描いたり、卵を運ぶためのトレーの図面を描いて過ごした。
クリステインが夕食ができたと呼びに来たので、義行は、足取り軽く台所へ向かう。そこには、マリーが準備をして待ち構えていた。
「そんなに難しい料理じゃない。卵を割ってフライパンに落とす。これだけだ」
「簡単すっね」
「そう思うだろう? 難しいのはここからだ。一回、火からおろしてフライパンの温度を下げる。で、弱火にして火をとおしていく。黄身が温かくなったら完成だ」
テーブルには、義行特製の目玉焼きが載っている。三人娘は、ポテには散々嫌悪感を示していたのに、得体の知れない、目玉焼きに嫌悪感を示さないことが義行には解せなかった。
「さあ、食べてみてくれ。塩を一つまみ振りかけるとうまいぞ」
三人娘はニコニコしながら目玉焼きを食べている。見ているだけで、おいしいというのが伝わってくる。
「魔王さま、卵は毎日手に入るのでしょうか?」
「基本的には毎日産んでくれるよ。ただ、ニワトリがいつ来るのかはわからんがな」
「どなたかと譲渡契約でもされたのですか?」
「契約みたいなもんかな。お金は発生しないけど」
もし契約金が発生するなら、義行は全額を城に回すつもりだ。
「そうだ、マリー。卵は涼しい場所で保存すれば三週間くらいは大丈夫だけど、これからの時期は早めに食べるようにしてね。あと、生で食べるのは絶対禁止」
「えっ! 生で食べるんすか?」
「食べられるぞ、いろいろ条件は付くがな。だからといって試すなよ。こっちは下手するとポテの比じゃないからな」
米と醤油があれば、卵かけごはんにしたいところだが、さすがに野生のニワトリの卵を生で食べようとは義行も思わない。
その日の夕食は皆、大満足で終わった。しかし、翌日大変なことになった。
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