第4話 ジャガイモ

 魔王と入れ替わった以上、遊んでいるわけにはいかない。義行は、食糧改革第一弾として麦茶製造に手を付けた。三人娘には好評で、いつの間にか一うね分のオオムギが収穫されてしまっている。来年の種が心配になるが、そこはノノに任せることにした。


 今日も義行は朝六時に食堂へ向かった。


「魔王さま、おはようっす」

「マリー、朝飯お願い」

「かしこまりー」


 ほぼ六時に食堂に現れる魔王さまも不思議じゃなくなったのか、これがマリーなのかはわからないが、元気な声が返ってくる。


「はい、お待たせっす」

 

 マリーはいつもと変りなく、そして、出される朝食もいつもと変わりない。

 義行は思わずため息をつく。


「魔王さま、そこは目をつぶってください。マリーもメニューには苦労してるんですから」

 やんわりとだが、クリステインから注意された。

「ゴメン、マリー。不満があるわけじゃないんだ」

「気にしてないっすよ。でも、もう少し食材が使えたらなとは思うっすよ」

「そうだよな。葉物野菜は流通してるのに、なんで根菜こんさい類がないんだよ」

「そうお思いなら、魔王さま自ら調達してきてください」

「いや、『調達してきてください』って……」


 麦茶の製造以降、クリステインは無茶振りしてくる。

 ただ、普通なら「そんなことできるか!」と突っぱねるところだろうが、実はこのとき、義行の頭の中には一つの可能性が浮かんでいた。


 なので、十時を待って市場に向かい、義行とクリステインは一軒一軒店を覗いていく。


「ないなー」


 目を皿のようにして見て回ったが、それは見つからなかった。


「なにをお探しなのですか?」

「ジャガイモ。こぶし大くらいで、土の中に実ができるんだよ。たしか、この時期が収穫だった気がするんだが……」

 それを聞いたクリステインが顔をしかめた。

「あの……、それがのことでしたら、何百年待っても出回りませんよ?」

 『ポテ』という名前までありながら出回らないという、不思議なことを言われた。

「一度、屋敷に戻りましょう。ノノやマリーもいた方が話が早いと思います」


 クリステインはなにか知っているようだ。それがなにかはわからないが、昼まで執務室で仕事をし、義行は昼食を取りつつノノを待った。


「ノノ、マリー。ちょっといいですか。魔王さまが、ポテについて聞きたいそうです」

「げっ! ポテっすか?」

 あからさまな嫌悪感けんおかんを見せるマリーだ。

「まさか魔王さま、食べるものがないから食べようなんて言わないっすよね?」

「いや、言うよ」


 案の定、こいつなに言ってんだという顔でマリーが見てくる。その横では、ノノもまったく同じ反応だ。どうやら、この国でポテは相当な嫌われ者のようだ。


 その嫌われ者の理由は、ノノが説明してくれた。


「魔王さま、我々は毒を食べてまで生きていこうとは思っておりませんわ。それも、あたるかあたらないかわからない、確変付きの食材など」

(確変って……)

 義行は、その表現にクスッときた。

 

 しかし考えてみれば、お尻やお口がフィーバーするのは芋次第だ。確変というのもあながち間違いではないのかもしれない。ただ、これでポテが出回っていない理由が義行にもわかった。


「クリステイン、ポテって名前があるんだから、みんな知ってるんだよな?」

「はい、『決して食してはならない』と。恐らくここ数百年、食べようと考えた者はいないと思います」

「そして、数百年ぶりにバカが現れたと」

「はい」


 「ブフッ」と言う声と共に、マリーとノノの肩が震えている。こういうときは、我慢せず大声で笑ってほしいと義行は思った。

 さらに言えば、クリステインの「はい」の一言も何気に強力だった。


「ねえノノ、さすがに栽培はしてないよね?」

 あり得ないだろうが、義行は念のために聞いてみた。

「グフッ。そ、そうですわね。ブフッ……、食べられない……物を……栽培する余裕はないですわ」

「一度声に出して笑った方がすっきりするぞー」

 今もノノはニヤニヤしっぱなしだ。

「でも、どこかで手に入らないかな?」

「いつから食べなくなったのかわかりませんけど、自生してるものを見つけてくるしかありませんわ」


 自生しているポテを探せ。そうなると、考えられるのはあそこしかない。


「なあ、裏の森って危ないのか?」

 一番近場で、歩き回って文句が出ないだろう場所だ。

「たしかに、あの森は城の一部ですが、城の関係者でも足を踏み入れることはほぼありません。ノノやマリーが果実を採るために、ちょっと先まで立ち入る程度です」

「じゃあ行ってみるか。ノノも一緒に来て」

「魔王さま、今の話聞いてましたの?」


 ノノの言葉は聞こえていないのか、勝手口から裏庭に出た義行は、躊躇ためらうことなく森に入っていった。


「なんだ、下草も伸びてないし、適度に間伐もされて日差しも入るいい森じゃないか。ノノが手入れしてるわけじゃないよな?」

「これは、妖精の仕事ですわ」

 義行は自分の耳を疑った。

「この森には妖精が住んでいて、彼女たちが管理しているという話ですわ」

「彼女たち?」

 そう言われるということは、見た人がいるのだろう。そうなると信憑性しんぴょうせいは増してくる。

「私は会ったことがありませんが、伝承では『彼女』となってますわ」

 

 本当にいたら面白いのにと思っていたが、ここまで聞いて義行は、お伽噺とぎばなしか、なにかのネタの一部だろうと思った。


 そんな話をしながら、二人は森の奥に向かって歩いていく。


「魔王さまは、ポテがどんな植物かご存じなのですか?」

「あの葉っぱの形を見ればなんとなく。あっ、ほらあそこ、人がいるから聞いてみようよ」


 そう言った義行は、日当たりのよい空き地に走って行った。ただ、ノノは不思議そうな顔をしている。


「来た道を少し戻って、右。そこを道なり。ありがとう、助かりました」


 空き地の入り口に立ち尽くすノノは、目をゴシゴシして二度見する、あのアスキーアートと同じ動きをしてる。


 義行は、不思議な顔をして立っていたノノを連れて、来た道を引き返した。


「あのー、魔王さま。どなたかと会話されていたようですけど?」

「一メートルくらいの背丈のかわいい女の子だけど……。この森に詳しそうだったよ」

 首を左右に振りながら、「魔王さまは、おバカさんですの?」とノノにののしられた。

「考えてみてください。ここは城の敷地内です。一般人が立ち入ることはありません。それに、私には女の子は見えませんでしたわ」

「えっ、じゃあ……。幽霊?」

「やっぱりアホですか……」

 そのとき、義行には笑い声が聞こえた。

「ノノ、ウケてるよ」

「私には聞こえませんわ」

「あの子が妖精さんだったのかー」 


 ノノに呆れた目で見られながら横道に入り、道なりに歩いていると、さっきと同じような日当たりのよい空き地に出た。


「あった。ノノ、あれだよ」

 義行は、あの特徴的な葉っぱをした、黄色く萎れている株の前にいた。

「これがポテですの? 実なんてありませんわ」

「実は土の中にできるんだよ。この辺を掘ってみな」


 葉がまだ緑色の物は残しつつ、二人で辺りを掘っていき、数十分で麻袋いっぱいにポテを収穫した。


 意気揚々と屋敷に向かう道にさしかかったときだった。


「さっきはありがとう。ヴェゼちゃんの管理がいいからか、たくさん取れたよ。これからもよろしくね」


 ノノは義行が話かけている場所を凝視するが、やはりなにも見えない。


 屋敷に戻ると、食堂からはいつもの香りがしていたので、既にマリーが夕飯の準備を始めているのだろう。


「ノノ、疲れただろう。今日はもう上がっていいよ」

「いえ、このあと食されますわよね? 魔王さまが倒れるところを拝見させていただきますわ」


 ゆるふわお嬢様系かと思っていたが、そんなことはないようだ。「くそっ、クリステインの仲間だったか」と愚痴ぐちった瞬間、「魔王さま、私がなんですか?」と背後からドスの利いたクリステインの声が響いた。


「なっ、なんでもない。今日も奇麗だね」


 まったく関係ないことを言ってごまかそうとする義行だった。


「……。それで、ポテは見つかりましたか?」

「たっぷりとね。今日の夕飯に出そうと思うんだけど……」

「魔王さま。我々が毒見をすることはありますが、毒とわかってるものを食するバカではございませんよ?」

「大丈夫だって、最初に食べるのは俺だから」

「それでしたら構いません」


 普通は構うところだろうが、否定すらしないクリステインだ。

 しかし、義行はそんなことは気にもせず、ポテを持って台所に向かい、泥を落とし調理の指示をする。


「マリー、これを茹でてもらえる?」

「これがポテっすかー。でも、ホントに食べるんすか?」

「もちろん。塩はあるよね?」

「大量にはないっすよ」

「お前は、俺を高血圧にして殺すつもりか!」

「魔王さま、意味わかんないっす……」

「ゴメンゴメン。塩は少しあればいいよ」

 本当はマヨネーズをぶっかけて、カロリー増し増しで食べたい義行だったが、それは今後の目標とした。

「表面は洗ってたっすけど、皮が付いたままっすよ?」

「普通は皮をいて料理するけど、これは皮つきでも大丈夫なはずだ」

 

 ゆで上がったポテをテーブルに運び、塩を振りかけフォークを手にしたとき、義行は妙な視線を感じた。


「なんだよみんな、そんなニヨニヨしながら俺を見て」

「いえいえ、なんでもありませんわ」

「気になるな……。マリー、なにをしたんだ?」

「アタリかハズレか賭けたんすよ」

「どうせ、みんなアタリに賭けたんだろう?」

「もちろんですわ」

「それじゃ、賭けにならんだろ!」

 そんなツッコミを入れながら、義行はポテにかぶりついた。


 ここ何か月かパンとサラダとスープだったので、「うめー」としか言葉がでなかった。


「次こそはじゃがマヨだな。いや、油はあるからフライドポテトか?」

 

 そんな楽し気な義行とは対照的に、三人娘は楽しみ半分、冷や冷や半分のなんともいえない表情で魔王さまを見ていた。


「クリステイン、なにも起こんないっすよ?」

「まだ食べたばかりですから。もう少し様子を見ましょう」

「てっきり、食べたらコロリと思ってましたわ」

「いや、トイレから出られなくなるって聞いたっすよ」


 娯楽も少ないこの国に、義行は進んでネタを提供する。そんな三人娘のことは気にせず、二つ目にフォークを刺して食べ始めた。


「クリステイン、魔王さま、二つ目っすよ」

「次は、何分後に効果が現れるかよ」

「十五分っす」

「私は一時間後ですわ」

「私は二時間後です」


 変化のない魔王さまを見て、三人娘は新たな賭けを始めた。どこの国でもギャンブルに夢中になるのは同じようだ。


「お嬢さん方、お楽しみ中申し訳ありませんが、コロリもしないしトイレに籠ることもありませんよ」

 義行は楽しそうに声をかける。

「でも魔王さま、ポテを二つも平らげたじゃないっすか。そろそろ、効果が現れるころじゃ」

「だから効果ってなんだよ! よし、種明かしをしようか」


 そう言って義行は台所に行き、今日収穫してきたポテをテーブルに置いた。


「結論から言うと、ポテは食べても平気だ」

「じゃあ、『ポテは食べるな』という言い伝えはどうするっすか?」

「それは、半分正解で半分間違いだな」

「だったら、食べなければあたらないっすから、食べないのが一番安全っすよ?」

 マリーは料理人ゆえ、毒のあるものを提供すること、自分が食すということに抵抗があるのだろう。


 しかし、クリステインとノノは興味を持ってきてるようだ。

 義行は、テーブルの上にあったポテを一つ手に取って皆に見せる。


「この窪み。ここからポテの芽が伸びるんだ。日光に当たったりすると芽がでるらしい。そして、芽が出た部分や、色が緑色に変色した部分を食べちゃうと、嘔吐おうと下痢げりなんかを引き起こすってわけさ。これは、収穫期に掘り出した物なのでまったく問題なし」


 三人娘は、ポカーンとして義行の話を聞いている。まあ、何百年と言われてきたことをくつがえされたわけだ、致し方ないところだろう。


「ポテ探しに行く前にノノが言ったろう? 『あたるか、あたらないかわからない物』って。よく考えりゃ、なにか原因があると思いつきそうだけどな……」

「昔は、『そうなることもあるから気を付けろ』とか、『緑色のポテは食すな』っていう注意だったものが、いつも間にか『ポテは食するな』と変化して受け継がれたんですわ」

「そのへんだろうな。下手に『食べられるの? 食べられないの?』て考えるより、『食べるな』とした方が簡単だしな。皆も食ってみろ」

 義行は、別に茹でていたポテを三人に勧めた。


 ノノは思いっきりポテにかぶりつき、しばらくして目を見開いた。


「おいしいですわ。お塩がいいアクセントになってます」

「では、私もいただいきますか」

「ク、クリステインも食べるんすか?」


 結局、そのときマリーがポテに手を付けることはなかった。


 しかしその夜、台所でこっそりとでポテを食べ、小躍りするマリーを見たことは義行だけの秘密となった。


「よく、小躍りするって表現あるけど、あれがそうなんだろうな」

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