第3話 麦茶
城下の視察に行った日からこっち、義行はやるべきことを考えていた。いや、やるべきことは決まっていたが、もう少し詳細なデータが欲しかった。
義行は、今日も食堂のテーブルで一人考えごとをしていた。
「……ですから……魔王さまには、……。魔王さま、魔王さま。聞いておられますか? そろそろ各部署の要望を聞いていただかないと、奴等の不満が爆発しますぞ」
今日も朝からサイクリウスがいろいろと言ってくる。そもそも、朝飯を食いながらの打ち合わせに義行は違和感を感じている。
「ああ、愚痴や文句を聞くってやつか? そんなことはどうでも……」
そう言いかけたところで、ここって城じゃんと気付いた。なにも自分で調べる必要はなかったのだ。
「わかった。午前中は各部署の愚痴を聞くぞ」
「相変わらず急ですな。では、九時に大会議室へお越しください」
朝食後は一旦自室に戻り、考えを纏めてからジャケットを引っかけ大会議室に向かった。
時刻は、九時十分前だ。入室した瞬間、場が静まった。
「おい、魔王さまが十分も前に来るなんて、どうなってるんだ?」
「知るか。今回は本気か……」
「早めに入室しておいて正解だったな」
大臣たちはこそこそ話してるつもりなのか、敢えて俺に聞こえるように話してるのか、それとも単にバカなのか、丸聞こえだ。
その後、のんびりとやってきた数人の大臣は、既に着席している魔王を見て慌てて席に着いた。遅刻はしてないので、義行は
机の上の議事進行表に目をとおす。やはりあった。最後にプレゼンする部署、それは食糧調査担当部だ。なぜか大臣の代わりに部長が出席していたが、義行は構わず質問する。
「会議の前に悪い、この国で栽培してる作物にはなにがある? 作付面積、収穫時期、収穫量、販売価格なんかも教えてくれ」
「えっ? いや……。コムギ、サラダナ、キュウリ、ヤベツ、シロナでしょうか。作付面積や収穫量につきましては、ちょっと今すぐには……」
「農家の数は? 需要と供給のバランスは? 港町からの流通問題はどう思う?」
矢継ぎ早に質問を繰り出す義行に対し、部長は必死に汗をぬぐいながら回答を探している。
しかし、出てきた答えは、「すみません」だった。
「食糧調査担当部だよな? そういうデータ持ってないの? なにが仕事なの?」
冷や汗たらたらで下を向いたままの部長を見かねたサイクリウスが、会議の開始を宣言した。
会議室が静寂に包まれる中、「
その後の各部署のプレゼンでは、真に必要な要望のみに予算を付けた。不要な要望は途中でバッサリと切り捨てたため、大臣たちから文句も言われたが、本当に必要と思うなら再提案して納得させろと言って会議を閉めた。
義行は、消化不良を抱えながら食堂に戻り昼食を取る。と言っても、代り映えのしない昼食だ。スープを飲みながら、パンに手を伸ばした義行はふと思った。
「パンが作れるんだから、小麦はある。市場でも見たし、さっきの食担の発言からもわかる」
またいつもの独り言だ。
「魔王さま。パンの味、変っすか?」
「ん? いや、うまいよ」
マリーが心配そうな顔でこちらを見てくる。
なぜか、クリステインが
「魔王さま、お茶っす」
「ありが……」
そこで、頭の中で豆電球がピコーンとするのを義行は感じた。
「マリー、このお茶って皆が飲んでるんだよな?」
「そうすっね。別に珍しいものじゃないっすよ」
「これ以外のお茶ってあるの?」
マリーは、「見たことないっす」と即答し、クリステインにも確認している。
「小麦があるということは、大麦もあるよな?」
「あるっすけど、ここでは使ってないっす」
目的のものも存在するようだ。
「粉にしてない大麦がほしいんだけど……」
「それなら、ノノが知ってるっすよ」
「クリステイン、ノノは?」
「ノノなら、十三時に参ります。彼女は、専属ではございませんので」
ぽかーんとするマリーをよそに、ノノが出勤したら、俺の部屋に寄こしてほしいとクリステインに頼み、義行は自室に戻った。
ノノがやって来るまでの間に、義行はネットサーフィンで得た知識を書き出していった。
「魔王さま、ノノです。お話があるとのことで参りましたわ」
魔族は時間にうるさいのか、それともメイドたちが常識的過ぎるのかはわからないが、十三時ちょうどにノノがやって来た。
「突然悪いな。大麦がほしいんだが、手に入るかな?」
「量にもよりますが、裏の畑で栽培しているものがございますわ。マリーに、パンの材料として使ってもらおうと思って栽培したんですけど、パンが固いって却下されちゃいました」
この子たちなりに現状を変えようと努力しているようだ。
義行は裏庭の大麦畑に案内してもらった。
「こちらですわ。今は八
「こっちは二条、そっちは六条、ここは
「あの……、魔王さま?」
「いや、なんでもない」
ノノは、クリステインほどアドリブが利くわけではないと義行は分析した。
「少しもらっていいかな?」
「はい、使う予定もありませんので、必要な分お持ちになってください」
使う予定がないのならと、義行は結構な量を持って屋敷に戻り、風通しのよい場所で乾燥させた。
翌日の昼食後、味のないお茶を飲んでると、「魔王さま、乾燥したようですわ」とノノが大麦を持って来た。
「ありがとう。じゃあ、やってみるか」
普段、魔王が台所に立ち入ることなどないのだろう、突入してきた魔王さまを見て、マリーが椅子から転げ落ちた。
「マリー、ちょっと台所使うぞ?」
「夕方までなら構わないっすよ」
「どんなのでもいいんだけど、フライパンはある?」
「食事なら自分が作るっすよ?」
「いや、食事というか、実験だな」
城下視察のときのサイクリウスのように、不信感丸出しで見てくるマリーをよそに、竈に火を入れていく。
「大麦じゃないっすか。食べるんすか?」
「いや、お茶にしようと思ってな」
「お茶っすか? お茶ならいつものがあるじゃないっすか」
他にお茶がないのだから、この国の者にとってはあれがお茶なのだ。
「なあマリー。あのお茶、うまいか?」
「いや、『うまいか?』って聞かれても、あれがお茶っすよね……」
マリーが言うことはもっともだ。
「俺には味も香りもない、ただのお湯に感じるんだ。俺はもっとうまい茶が飲みたい」
「そんなこと言って、前まで、パカパカ飲んでたじゃないっすか……」
「マリー、それはマボロシだ。お前は、いつもと違う魔王さまを見てたんだ」
これには、「なに言ってるんすか……」とマリーに呆れられた。
そんなことは無視して、義行は二条大麦をフライパンに一掴み落とし、
「いい香りっすね」
勢いよく始めたのはいいが、どのくらい乾煎りすればいいのかわからず、チョコレート色になったところで皿に移した。同じように六条大麦も乾煎りした。
今、乾煎りの終わった二つの大麦が調理台の上にある。香りに釣られて、クリステインも台所に顔を出した。そのクリステインはニヤニヤしながら義行を見ていた。
「大麦を乾煎りしただけっすよね?」
「そうだな」
植物の種子だし、このまま食っても大丈夫だよなと思い、義行は二、三粒摘まんで口に放り込んだ。それと同時に、「あっ!」とメイドたちが声を上げる。
「ちょっと魔王さま、毒でもあったらどうしますか。そういうことはおやめください!」
クリステインが大慌てで注意してきた。
「ゴ、ゴメン。どんな味かと思って。でも、大麦だよ?」
「麦だからとかそういうことはありません。気を付けておかないと普段の行動でも出るんです。本当に毒でも入ってたらどうするんですか!」
結構強めの口調で怒られた。
確かに、魔王として
「なんだろう。ナッツっぽい味がするな。これはこれで食えるな。マリーも食ってみろ」
料理担当ということで興味があったのだろう。なんの
「魔王さまが言った、ナッツがなんなのかわかんないっすけど、うまいっす」
「悪くないよな?」
義行は、クリステインとノノにも勧める。
二人は恐る恐る口に入れるが、反応は悪くなかった。
気をよくした義行は、鍋二つに湯を沸かすように指示した。
「魔王さま、沸いたっすよ」
「そうしたら、さっき乾煎りした大麦をお湯にいれるんだけど、布ってない?」
マリーが新品の台拭きを持って来た。
「さっき
五分ほどでよく見る色の麦茶になった。
「こんなもんだろう。冷めたら飲んでみよう」
「温かいまま飲むんじゃないんすか?」
義行は『温かい麦茶?』と思った。
「飲めるけど、俺のイメージは、夏場にキンキンに冷えた麦茶なんだよな……」
ある程度冷めたのを確認してから、それぞれをコップに注いで出したやった。
「うおっ、味があるっすよ。俺っちは、苦味が少ない二条大麦の方が好きっすね」
「そうですわね……。でも私は、香りが強くて、ちょっと苦味がある六条大麦の方が好みですわ」
「クリステイン、君は?」
「そうですね、甲乙つけがたいです。私はどちらも好きです。ただ、なぜ魔王さまがこのようなものをご存じなのかが一番気になります……」
当然、こうなるのは予想されたので、誤魔化せはしないだろうが、「夢で見たんだよ」とだけ言っておいた。
「魔王さま、大麦を乾煎りして煮出すだけっすよね。小麦じゃダメなんすか?」
「できるぞ。ただ、最終的には味だろうな。実験してみてくれないか?」
「やってみるっす」
とりあえず、最初の一歩を踏み出した義行だった。
◇数日後
「なんか麦茶の味が変じゃない。いや、変というか、なんだか甘いような……」
「フッフッフ。小麦で作ってみたっす」
「へー、悪くないな」
「でも、クリステインもノノも、大麦の方がいいって……」
「まあ、好みは人それぞれだし、マリーは料理番だからわかってると思うけど、甘味、苦み、渋みなんかのバランスも重要だしな。でも、作っておいて損はないと思うぞ」
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