第8話 ぴよぴよとあまあま

 朝もはよから、けたたましくドアがノックされる。


「魔王さま。ぴよ! ぴよ!」

「はいはい、ぴよ! ぴよ!」

「魔王さま。違うっすよ。ぴよ。ぴよっす」

「はいはい。ぴよーっす」

「ま・お・う・さ・ま」


 面白かったので、もうちょっと見ていたかったが、マリーがキレそうだったのでやめた。

 義行は薄手の掛け布団を捲り、ベッドから下りる。


「魔王さま、黄色、毛玉がぴよ」

「マリー待て、いま着替えるから……」


 なにが言いたいのかは察しはつく。そんなに慌てなくても逃げやしない。


 着替え終わった義行はマリーに引っ張られながら、裏口から出てニワトリのいる丘に向かった。柵の上には、アニーの姿も一瞬見えたが、義行たちの気配に気付いたのかパッと消えた。


「魔王さま、あれ。ぴよ、フワフワがぴよ」

 幼児退行したマリーが面白過ぎる。

「マリー、ちょっと落ち着け。あれはひよこだ」

「ひよこ?」

「ああ、ニワトリの赤ちゃんだ」

「ニワトリの子供なら、仔ニワトリじゃないんすか?」

 マリーのするどいツッコミが入った。

「いや、一般的にひよこって言うんだ。深く詮索しないようにな」


 言われてみれば、孵化ふかしたばかりの鳥の子は『ヒナ』って言うが、なんでニワトリは、『ひよこ』なんだろうと義行は思った。


「もっと近づいてみるか?」

「いいんすか?」


 二人はひよこの側まで行った。


「マリー、両手でお椀を作ってろ」

 そこに義行はひよこを乗せてやる。ヒヨコはマリーの指先を突いたり、手の中をちょこちょこ動いている。

「ほわー、フワフワで温かいっす」

「デレっデレだな」


 そんなことをしていると、奥の草むらからもう二羽現れ、義行のズボンの裾をつついたりしている。

(アニーに体調とか見てもらいたかったな。また今度頼むか……)


 マリーが起きて卵を採取する時間なので、どう考えても六時前だ。しかし完全に目が覚めてしまった義行は、未だデレデレのマリーを引っ張って食堂に向かった。


「マリー、動物に触れた後は、手洗いをしっかりな」

 マリーはまだポワポワしていて、義行の注意は聞こえていない。後で改めて注意しておくことにした。


 朝食も終え、急ぎの仕事も入っていないことから、午前中は卵の量産計画に時間を費やした。


「確か、毎日卵を産むわけじゃなかったよな……。なんか休みの日があったような。まあ、ニワトリだって休みたいよな」

 ただ休みたいの一言で片付けられるニワトリも可哀そうだ。

「一羽が一週間で五個産むとすると、一年で約二百五十個。国民にそれなりの量の卵を供給できるようになるには、何羽のニワトリが必要になるんだ。可能なのか……?」

 これは簡単な話ではないと思い、一度じっくりと腰を据えて計画することにした。


 その日は早めに昼食を取り、午後は納屋でこっそり道具の製作をしていた。外も暗くなり始め、片付けて納屋を出ようとしたときだった。

 裏口から出たクリステインが、ニワトリのいる丘の方へ歩いていくのが見えた。クリステインはひょいっと柵を飛び越え、少し歩いて座り込みなにか喋っているようだ。 


 義行はそっとドアを閉め、足音を立てずに近づくと声が聞こえてきた。


「うーん、かわいいでちゅねー。たべまちゅかー」

 クリステインの手のひらには、粉にする前の小麦が数粒乗っていた。


 もっと声を聞くため、数歩前に出たとき柵に足がぶつかった。すると、壊れたロボットのごとく、クリステインがこちらに顔を向けた。それを見てとする義行。クリステインも、このときばかりは悪魔の笑顔に見えたことだろう。


「ふふっ。どうぞごゆっくり」


 義行はさっときびすを返した。

 口をパクパクさせるクリステイン。今日は義行の勝ちのようだ。


 その後、夕食のため食堂でクリステインと顔を合わせたが、彼女の表情は一切変わらない。『魔王さま。恥ずかしいので黙っててください』くらいの恥じらいを見せるかと思った自分が馬鹿だったと思う義行だった。

 

 そんな楽しいことがあった翌朝、パンを食べていたとき、こっちに来てから甘いものを食べてないことに気付いた。


「マリー、砂糖ってあるんだよね?」

「あるっすよ」

「甘いお菓子みたいなものってないのか?」

「作ろうと思えば作れるんすけど……」


 なんとも意味深な発言だ。お菓子系の話の中で、『作ろうと思えば作れる』のあとの無言は、『食べたら皆、悶絶するんです。いやー、悶絶するほどおいしいなんて』の確率が高い。


「ち、ちなみに、どんなものが作れるんだ?」

 怖いもの見たさではないが、気になって聞いてみた。

「そうっすね。小麦粉と砂糖とネタネ油を混ぜて薄く伸ばしたものを焼いたり、それを丸く成型して油で揚げたりっすかね」

 義行はクッキーや丸ドーナツみたいなものを想像した。

「ただ、バカ高になるんすよ。砂糖の値段が小麦の五倍はするっすから」


 どうやらあの無言は、味の問題ではなく予算の問題だったようだ。


「それなら、蜂蜜もらってく……」

「魔王さま、本日のお仕事です。蜂蜜とやらを取ってきていただきます」


 聞こえるか聞こえないかの、ぼそっと呟いた一言にクリステインが即反応してきた。

(くそっ、クリステインの奴、絶対わかってやってるな……)


「じゃあ行ってくるか。そうだ、マリー。一緒に来てくれるか?」

「俺っちが?」

 マリーはなんで自分が? と不思議そうな顔をみせる。

「ちょっと試したいことがあってね。お昼用に卵を挟んだパンと麦茶を四人分準備して。あと、念のためにゆでポテも頼む、マヨネーズ付きで」

「それは構わないっすけど、今日は四人分っすか?」

「四人分頼む。十一時半に裏口に集合な」


 さらに怪訝そうな顔のマリーを放置して義行は自室に戻り、段取りを考える。


「巣の場所はわかってる。アニーがいるからもらうのも簡単だろう。そうなると蜂蜜を入れる容器だな」


 義行は再び食堂に向かい、棚にあった蓋つきの瓶を三つ熱湯消毒して乾燥させた。


 十一時半過ぎに裏口に向かうと、マリーがバスケットを持って待っていた。


「それじゃ、行こうか」

「行くって、どこ行くんすか?」

「ないしょ」


 ニヤニヤしながら義行は、森に入って行く。慌てて追いかけるマリー。庭の畑からノノが寂しそうな顔でこちらを見ていた。

 普段、森の奥には入らないためか、マリーは途中途中で立ち止まっては辺りを観察している。


 しばらく歩くと、いつもヴェゼと会うあの空き地に出た。


「ヴェゼー、居るかーい?」

 今日はいつもと違い、風もなくスルっと現れたヴェゼだった。

「魔王さま 来た」

「おう。ニワトリありがとな。毎日、卵を産んでくれてるよ」

「アニーが 送った。私 頼んだだけ」


 続けて義行がニワトリ関連の面白話をしているときだ。


「ま、まお、まお……」


 義行の後ろから、針の飛ぶレコードプレーヤーよろしく、マリーが一点を見つめながら同じことを繰り返していた。


「あれっ、もしかしてヴェゼが見えてるのか?」

 マリーはコクコクと頷くだけだった。

「魔王さま あの人 おいしいにおい。悪い人 ちがう」

 どうやら義行の実験は成功したようだ。


「ま、魔王さま、そ、その子は誰っすか?」

 ようやく再起動できたマリーが尋ねてきた。

「紹介するよ、この子はヴェゼ。この森を管理してくれてる妖精さんだ」

「この前の ポテもパンも 美味しかった。アニーも 喜んでた」

「そうか、あの料理を作ってるのがこのマリーだ」

「マリー 好き!」


 ニパーっと笑顔を見せるヴェゼを見てマリーも落ち着いたみたいで、挙動不審はなくなった。


「今日はアニーに用事があるんだよ。蜂蜜をわけてもらおうと思ってな。アニーに会えるかい?」

「呼んでみる」


 とりあえず、蜂蜜がとれる木があるところまで歩きながら、妖精のことをマリーに説明した。


「当然、初めて会う、というか見たんだよな?」

「そうっす。てっきりお伽噺とぎばなしか、子供に言うことを聞かせるための作り話かと思ってたっす」

「『夜、口笛吹いたら蛇が来るよ』みたいなやつか?」

「なんすかそれ。そんなんじゃ子供は怖がらないっすよ」


 そんな話をしながら、ミツバチの巣がある空き地にくると、今日はマリーが義行にピッタリとくっついてきた。


「魔王さま、ハチっすよ、刺されるっすよ」

「ノノもビクビクしてたけど、大丈夫だよ。こっちが敵意を見せなければ襲ってくることもないし」


 このハチのことをマリーに説明してると、ヴェゼと同じように風が吹いた。しかし、アニーの姿は見当たらない。まだ信頼は勝ち取れてないのかな? と思う義行だった。


「アニー、少し蜂蜜を分けてもらいたいんだけどいいかい?」


「……」


「魔王さま。アニー いいって言ってる。裏の穴から 採れる」


 ミツバチを刺激しないように静かに木の裏側に回ってみると、ちょっと大きめな穴が開いていて、蜂蜜が溜まっているのが見えた。


「おおっ、こりゃ便利だ」

「動物も 舐めにくる」

「へー、そうなんだ」


 瓶三つに蜂蜜を詰めた義行たちは、いつもの空き地に戻って来た。


「ヴェゼ、アニー、ありがとな。御礼だよ。一緒に食べよう」

 義行はマリーに指示して、昼食を用意してもらった。用意される昼食を見るヴェゼの顔はニコニコだ。

「ヴェゼ、マリーの料理にハマった見たいだな」

「マリーの料理 おいしい。アニー 大丈夫。 魔王さまとマリー 仲間」

 ヴェゼがそう言うと、ヴェゼの二メートルほど後ろに、ヴェゼとはデザインの少し違うつなぎっぽい服装の女の子が姿を現した。以前、ニワトリの列の最後尾で調教していた女の子だ。

「やあアニー、ニワトリありがとう。調教もしてくれたみたいだね。助かったよ」

 気さくに声を掛けてみたが、アニーは、さっとヴェゼの後ろに隠れてしまった。やはりいきなりはダメなのかなと思う義行だった。


 前回も座って昼食を食べた倒木に、義行の左にマリー、右にヴェゼ。そのヴェゼに隠れるようにアニーが座っている。


「今日は卵を挟んだサンドウィッチ。それとゆでたポテだ」

 ヴェゼとアニーは、嬉しそうにサンドウィッチにかぶりついている。

「お気に召したようでなによりだ」

 それを見て、そっと自分の分を二人の前に出してやる義行であった。さらに、二人に蜂蜜を垂らしたパンを出してみた。

「魔王さま。甘いパン 美味しい」

「アニー、ようやく喋ってくれたね」

 そう言うと、アニーの姿がパッと消えた。


 かと思ったら、顔を赤くしたアニーがまた現れた。どうやら、恥ずかしかったようだ。


「時間ができたら屋敷に遊びにおいで。マリーと一緒に甘いお菓子を作ろうと思ってるから」

「魔王さま。私も 遊びに行く」

「ああ、いつでもおいで」

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これ魔王さまの仕事なの? 農神(みのりがみ)トール @toruminorigami

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