第5話 -1.8

 その人の名を呼びながら、お姉様の名前を呼びながら後ろを、追いかけていた。長い廊下を行き交う人々を避けながら追いかけるのは難しく、みるみる引き離された。お姉様にばれてもいいから式神を放とうと、懐にある憑代の紙片に手をかけた時、角から出てきた乗組員にぶつかり、その場に突っ伏してしまった。顔を上げると、もう、その姿はなく、行き交う名も知らない乗組員の往来を、その場でただ茫然と見ているだけだった。ようやくゆっくりと、立ち上がりそれでもあきらめず、擦りむいた膝を気にしながら走り去った方へ追いかけた。長い廊下では、相変わらず、この艦を攻撃する振動と、その振動のたびにダメージを伝える艦内放送と、行き交う人々の軍靴の音と喧騒が、私の心と、現実のこの世界を別のものとしていた。


 私の家系は代々不思議な力を持っており、憑代を使い式神を放つことができた、石や、木片、紙片を憑代として使い、その力を近所の人々に慈善奉仕として使っていた。私の場合は紙片を捻って、蝶のような形にして飛ばし、例えば、傷を治したり、失くし物を探し当てたり、夜松明の代わりに辺りを灯したり、虎や、狼が出た時は追っ払ったり、人の力を増大、逆に失くしたりと、その力は万能に使うことができた。だからと言って、その力に頼りきりでもなく、一族は武芸でも、特に太刀の柄の部分がかなり長く薙刀と、太刀の中間とする得物の長巻ながまきでは道場を構える武芸者の家柄だった。

 お姉様と初めて出会ったのは、御前試合でお姉様の下に付くことになるずっと前、ある國際大会で私が長巻で優勝した時、お姉様は薙刀の部でひときわ光りを放っていた。全試合一本勝ちで、瞬殺で決まる。といった快挙のため配信社や、通信社、新聞社がこぞって取り上げていた、私はなんとか昨年の雪辱を果たすことが出来、優勝台に登ることができた、うれしさのあまり涙でぐしゃぐしゃな私を笑顔で労ってくれて、その時に初めてお姉様は私に声をかけてくれた。その時の優しい瞳、優しいお声が印象的で、一瞬で私の心が持って行かれてしまった。その後も、ことある毎にニュースや、記事、配信などをずっと追いかけて、日々お姉様への思いが募っていった。         

 時が経ち、学校を卒業後、私は、全国の優秀な少女が集められ、貴族や、王族の年の近い少女の御学友、またある時は、身辺警護、武芸や、学業の補佐、身の回りのお世話を兼ねた、その大きな真っ赤な髪飾りが、世の少女達の憧れともなっている禿かむろとして、また、後宮に行儀見習いとして、採用され、今の姫様に仕えることとなった。仕事にも慣れ、後輩が何人かできた頃。あの御前仕合でお姉様に再び相見えることができた。その時の喜びは、天にも昇るとはこのことだと思った。相変わらず美しいお姉様だった。

 長い長い仕合だった、暑い暑い日差しと、じりじりと焼けた地面と、汗と傷とが見るに堪えかねて、居た堪れなくなって思わず、武人としていけないと思いつつ、しかし、恋焦がれ夢にまで見たお姉様の為、意を決して紙片を捻り式神を放った。あのお方にお力をとの思いで。なにとぞお力を、と。舞うそれは、普通の人が見ると本物の蝶にしか見えず、ひらひらとお姉様に向けて舞っていった。後は一瞬だった。

 勝利の後、お姉様が、姫様の褒美として私を所望されたときは、もう、私の心の高鳴りはピークとなった。試合後、湯殿で、お姉様の体の汗を流すことが、洗って差し上げることが、私の初仕事となり、湯帷子に着替えるとき、そのお姉様の豊満な胸や裸を見た時、鼻血が出て緊張の糸が切れて記憶が飛んでしまって。もう、ピークを通り過ぎ何が何やら、何をしたのか、後からお姉様に聞いた話では、だんだん異常に、私一人盛り上がり、無理やりお湯の掛け合いになってしまったという。おかげで長時間の入浴となってしまい、私は湯殿で湯あたりをしてしまったらしい。湯船で、そのままお姉様に倒れ込んで、お姉様のその豊満な胸に、あろうことか顔をうずめてしまったらしい、それを聞いて顔から火が出るほど恥ずかしかったが、お姉様は笑って許ししてくれた、なんてお優しい!でも、今も思い出すと、顔から火が出て鼻血が出るほど恥ずかしい。


 そんなことを思い出しながら、追いつけない別れが悲しく、顔を涙でぐしゃぐしゃになりながら、湯殿での出来事で少しにやけてしまう、何だか感情がバグってしまう状況になりながら、それでもお姉様の後を追った、すると前方に長持ながもちや箪笥が運び込まれる部屋が見えた、それを指図している重臣数人の中に、お姉様の姿を見つけた。追いついた!と喜んで飛んでいこうと思ったが、人を寄せ付けない真剣な面持ちで話しをしていたので、傍に、部屋に運ぶために置かれていた、家財道具を運ぶための木箱で、保管するための箱である長持、常時使用するための箱である箪笥。の間に隠れていた。もっとお姉様の近くへ行こうと忍び寄ろうとしたとき、その箪笥や長持と一緒に私もキャリアに乗せられ部屋へ運ばれてしまった。その時お姉様の近くを横切った、おかげで少しだけ会話の端々が聞けた。どうやら、お姉様は、姫様と一緒にポッドに乗ってどこかに行く、とまで聞けた。そこから先は暗い部屋に長持、箪笥、他の荷物と一緒に置いて行かれてしまった。真っ暗になったので、懐から、紙片を撚って蝶の形にして式神を放った。回りが明るくなり、この部屋が貨物室らしいことが分かった。しかも、遠くでエンジンのアイドリング音も聞こえる、小型の宇宙船、いやポッドかもしれない、荷物をよく見ると、姫様の紋章が全ての荷物に彫り込んでいて、このポッドでお姉様と姫様はどこかに行くんだ。と、確信した。暫くすると振動やエンジン音、金属音が大きくなってきて、大きなショックが2回3回とあり、全体が大きく動き出した。あわてて、掛けてある非常用の宇宙服を着こんだ、かるい重力がかかった後、少しづつ加速していくのが分かった。出発したんだと。

 どれだけ経ったんだろう、少しうとうとして、そのまま深い眠りに付いていたらしい、衝撃音と大きな音で目が覚めた。暫くすると、貨物室の扉が開いた。そこには真っ暗な貨物室に、光と共に憧れのお姉様と、姫様、そして知らない殿方と、そしてこちらも知らない、ニットワンピースを着た、エラそーな胸の女の人が立っていた。



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