第3話 -1.3
この艦が攻撃に曝されている。その振動と艦内の廊下を軍靴が駆け回っている音、命令を受けるもの、命令を下すもの、立ち止まり指示を仰ぐもの、それを出すもの、それら入り混じった喧噪が、艦内のモニターで戦いの被害、戦果の状況を覆い被せるように一方的に響かせている。戦況は決して良くはない、どう足掻いても勝利は見出せないと、駆け回っている乗組員は共通して認識している、絶望という空気として、だからこそそれを蹴散らすよう、少しの希望を見出すよう駆け回っている。
それらの喧騒から少し離れた廊下の奥にあるパイプスペースに彼女らはいた。禿かむろがその髪型を、その大きな赤い髪飾りがずり落ちるのではないかという位、かぶりを振って彼女にしがみついていた。お姉様。そうしがみ付かれた彼女はそう呼ばれていた。どうしてもお供がしたい、死ぬときはお傍で。と繰り返しその哀願は悲痛な叫び声に変わっていた。数人の乗組員が気にも留めず側を走り抜けた後、彼女は、禿かむろをそっと抱きしめた。
彼女らの主従の関係は、時を少し遡った、まだ、侵略戦争が起こる直前のまだ平和を享受していた頃の、王室恒例の御前試合の時であった。その長身よりも少し長い薙刀を引提げ、姫様の前に進み出た、仕合相手は何人も対戦相手を亡き者にしてきた猛者で長巻ながまきを得物としていた。殺し合いや果し合いではないので真剣ではなく、木剣であるが、当たればその者の剣士としての生命は終わる、いや、文字通り死亡する者の方が圧倒的に多く、生きて戻れただけでも幸運と言といえるものであった。寸止めが一応の規則ではあるが、有名無実である、名誉を賭け御前まで来たのだ、名を世に知らしめる機会は今をおいて他にはない。一族、一門の名を賭け死に物狂いでここまで来たのだ、お互い覚悟はできている。
一礼をし、姫様の前で忠誠を誓い、やがて太鼓の響きによって、仕合、死合いが始まった。一合、二合、と相手を見定めた打ち合いから始まった。十合、五十合と日は真上を差し、影がなくなりつつある、制限時間はない、相手が降参するか、戦えなくなるまで続く。汗が、道着、着物を濡らし色が濃くなるほどになっても、まだそれは続いていた、合数が千を数える位になった頃、蝶だろうか、ひらひらとどこからともなく舞ってきて、彼女の薙刀の先に止まりかけた刹那、瞬間の出来事であった、相手の小手を打ち砕き、返して胴を突き臓腑を割り、その返す刀で喉を突き抜いた。蝶は何事もなくそのままどこかへ行った、相手はドウと倒れたままピクリとも動かない。駆け寄る、弟子だろうか、一門のものだろうか。医者らしい者が近づき診てとっていたが、やがて沈痛な面持ちで首を振った、駆け寄っていた者たちは無言で、剣士であったその亡骸を、遺体を静かに場外へ運んで行った。暫くの沈黙の後、審判が勝ち名乗りをあげ、場内は賞賛の津波で屋外でありながら会場は割れんばかりの歓声に包まれた。その長い仕合の一部始終を観覧していた姫様が、大儀であったと労いの言葉と、褒美を取らすなんなりと申せ、と。彼女は、我が一門は武芸を旨とし、励んで参りました、それもただ姫のお傍にお仕えするがため、でございます。お傍でお仕えできれば最高の褒美と心得ておりますと。しかし、姫の方は、あまりにも自分の期待していたもの。名誉や、地位、財産を所望すると思っていた分、少し期待が外れ、見くびられたと思ったのか、それだけではわらわの気が済まん、なんなりと申せ。と、語気が強くなったのをのを畏まり、膝まづいたままさらに小さくなって、其れではと、目のあった、さっきから熱い視線を送っていた少女を禿かむろを差し、彼女をわが禿かむろに。それで姫様は、ようやく相好を崩し、あい分かった、禿かむろの中でも器量と言い、教養、武芸、全てにおいて抜き出たこやつを一目で選ぶとは、さすがである。それも気に入った、この禿かむろをそちにつかわす、ぬしは侍女として、わらわに仕えよと勝者に言った。
なぜ私を、と禿は猛者の背中にお湯の張った湯船から桶にお湯を汲み流しながら言った。後ろ背に、迷惑か?と今しがた死闘を繰り返し、痣だらけの体で逆に質問で返した。いえ、と一言。傷がおいたわしゅうございますと、付け加え、そこからは無言で、お湯の流れる音と、背中と、髪の毛とを洗い流す音。体の隅々まで洗い流す音、そして、暫くしてお湯の弾く二人の音は、徐々に激しさを増し、響き渡り、やがて、水の雫の音だけが湯殿に響いていた。湯船で禿は滔々と一目見た時から、いかに慕っているか、その思いが通じたのか、私を選んでくれた事を、この上なく最上の喜びだと、見つめながら話し出した、その溢れた思いが、猛者の上気した体と、少し困ったような、それでいて嬉しそうな顔を作らせていた。一生、姫様の元に仕えて、死を賭けてお仕えするつもりだ、とはぐらかすように話の腰をわざと折った、あまりにも恥ずかしかったからだ、その心が分かったのか、年下であろう禿は、この猛者の可愛いところが垣間見え、余計に愛おしく思え、胸にそっと顔をうずめた。
ドンドンドンと艦内に複数回衝撃が走った。不発弾が、何発かこの艦に突き刺さったとの報告が艦内モニターに響き渡った。一刻も猶予はならないと、しがみ付く禿を無理に引きはがし、姫の待つ場所へ走り向かった、後ろでは泣きながら追いかけてくるのが分かる、大声で彼女の名を叫びながら走ってくるのが分かる、それまでの日々が昨日の様に思い出しながら断腸の思いで、禿を振り切った。やがて喧騒に混じり名を呼ぶ声が聞こえなくなった頃、到着した。すでに、家臣団が今後の事について話し合っていた。そこへ到着した彼女を見止めその話の中に入れた。一方では、姫様はこの行動を断固拒否をしている、それをなだめるように説得を試みていた、姫の荷物や長持ながもちが、その間にも次々とポッドの中に運びこまれ、そのことは、もうここには二度と戻れない事を意味していた。ようやく、説得も終わり渋々ポッド内に入る姫を確認し、再度、経緯の説明、これからの説明を重臣から受けた。今、将軍が討取られた事、その討取った傭兵に、保護を求めること、そして何があっても、姫を守り通すことを。最後に念を押すように、この弩級戦艦がいかようになっても、戻ることは許されないことも。やがて、彼女と姫の二人は、ポッドの中で、民族衣装の正装の上に宇宙服を着始めた。姫の宇宙服を装着するのを手伝い、そして自分自身のそれを装着していた。エアロックが閉まり、微弱な救助信号を、暗号と古代言語を混ぜて発信しながら、近づいてきたラチス構造の戦闘艦に向けて射出された。
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