第2話 -2
金属の歪む音、金属と金属が叩きあい共鳴し、この艦の蒸気と熱が壁伝いに噴き出し、外気温との差で結露が発生し、雨水の様に、それを遠くに近くに水滴が音を立て降り注ぎ、その音が重なり合う。プラズマとそれらの雑音と言ってしまえばそうなのだが、こいつが生きている、自分と同じように生きている、と実感がそこにはある。昔、他の艦で稼いでいた時は最新鋭の軍艦だったが、どうも落ち着かない。静かすぎて、スマートすぎて、ゴチャゴチャして雑音だらけにいるほうが、俺の人生を含め生き方も含め俺らしいと思える。そう思っている。
音や振動の発生源はこの間の艦の構造にある、ラチス構造を基本とし、球体と球体をそれで繋ぎメインエンジン、サブ、居住区兼コクピット、武器庫、貨物区域、あと、5.6区域は余っているスペースがあり、昔、兵士や戦車を積んで強襲揚陸艦としても使っていたとも聞いたことがある。上陸戦はかなりのリスクがあり先々代位でやめたそうだ。其のあたりはこいつが知ってるだろう。と、ぼんやり彼女を見つめていたがハッと我に返り。しまった!と思った次の瞬間彼女、そう、彼女は女性型アンドロイドAIでかなり前の代からこの艦と共に仕えてきたそう、ある意味この艦の主とも言っていいほどこの艦の歴史は彼女の中にある、代々の航海日誌も。で、嬉しそうに喜々としてやってきて、何か御用でしょうかと息はしていないが、息もかかるくらいの距離で近づいてきた。そうだ、彼女にはそういう機能があるらしい、以前、ある一定時間見つめていたら、上着を脱ぎだし下着姿になり、下着に手をかける前になる寸前で何とか、止めた。自動的にその行為を欲してると認識しその行為に移行する、そういう機能だ。このだだっ広い宇宙空間でやることの優先順位の一つとなっているらしい。生身の人間が閉鎖された空間でコミュニケーションと精神を安定させるのが目的だ。そして、この距離以上近づくとその機能が発動するので、行動レベルを和らげる調整をしている最中だ、あまり調整を加えるとほかの機能にどのような干渉を起こすか、まだわからない事だらけだから少しづつその行動にブレーキをかけている、が、中々終わらない。息のかかる距離の彼女を見て調整はまだまだと思った。とりあえず、適当な用事を頼みその場をしのいだ。
どれだけの数の艦がこの終わることのない戦いに投入され、消えていったか数えるのも意味のないことだ、あまりにも損耗が激しい事を盾にして。協議会や財団、財閥は理屈にもならない、両陣営の戦力のバランスを考えて同じ性能の同じ数の戦力による公平な戦を!との新型艦を売り込むだけの理由で両陣営にその比率を割り当て、買わせたのだ、儲けるだけの企業団の考えそうな事を条約として発効し、何年か経った。そもそも俺たちに第一そんな新造できるほどの金が或るわけもなし、下手に協議会に借りようものなら、永遠に減らない借金を作り、文字通り奴隷のようにこき使われるはめになる。先代は、俺を含めそう考えたであろう、むしろ、旧型の方がリミッターの設定が甘く、いくらでも安価で改造し放題のところがあり、この艦も内臓は殆ど原型をとどめてないくらい位のスペックオーバーな違法改造に近い作りになっている、そんな艦をみすみす手離す訳もない。先代からもっともらしい理由を付け、外観と臨検に耐えるほどの新型艦に似せ、今も俺が引き継ぎ現在進行形で手直しや改良を重ねている最中だ。だから、その辺の新造船よりスペック表ベースではこの艦はポンコツだが、リミッターを外せばその数値はアウトオブオーダー、規格外だ。
座標を合わせ協議会のオーダー通りの合戦場に到着した、クリスタルを細かく砕いて空一杯にばらまいたような、戦艦、巡洋艦、駆逐艦、戦闘機がまさにちりばめられた眺めが文字通り、煌めいている。そんな壮観なながめであった。他の合戦場はこの合戦場には遠くに近くにあるようだ、派遣部隊の数は協議会の連中が2.30旅団といったところか、で、近衛団系、財団系、財閥系が今回は組んで挑もうってところか。さて、かくいう俺へのオーダーはと言うと。はい、これですか?と、相当近い距離で息も当たる、髪もあたる、手もあたる、胸もあたる!当たってる!知ってて当てるつもりで!わざとだろ!言うと、悪戯っぽく微笑みながら、あら、と一言いうとオーダー票をその場に置いてツイと後ろの席に座った。何事もないように。その長い髪を指で手繰りながら、髪のゆくえを1本1数えるように、整えるように、おもむろに動きを止め視線を漂わせ暫くしてそして、悪戯っぽく微笑んだ、そして俺は小さくため息をついた。ただでさえ、これから戦が始まるのに。と。
暫くするとすべてのモニターが動き出し、音声から、聞いたことのある声の数々の傭兵仲間が雑音やハウリング交じりに艦内を賑わせた、大抵は久振りの挨拶と簡単な近況報告、煽りや、大口叩き、今回の合戦のうわさ話や、両陣営のあるかないか分からないような眉唾の話。大抵は他愛のない話だった。
おーい何やってる、知らない間に席から姿が見えなくなって声をかけた、彼女のいるであろう方に声をかけてしばらくたっても返事がない、?もう一度声をかけようとすると、ノースリーブからニットワンピースに着替えた彼女が目の前のドアから飛びだしてきた。目の前にデカいのが二つ激突してきた。刹那に流すように右下に体をかわしやり過ごした、当てるつもりだったのだろう、そのまま対象物のない空間にその大きい2つを俺ではなく床にたたきつけた、しばらく動かないので様子を見ていると、何かブツブツ言っている。たぶんわざと聞こえない音量で呟いていると近寄るだろうと、その時を狙ってまたぶつけてくるのだろう、どう動いても俺にはかわせるが、と思いつつ命令を下すため近寄ってみた、隙あり!と叫びながら案の定飛びついてきたので、そのまま手首を巻き込んで横隅にいなした。ドン、と仰向けに横たわったままピクリとも動かなくなったので、あきらめたのか、飽きたのかどちらでいい、早く持ち場についてばについてくれれば俺はそれでいい。簡単に指示を出し席に戻った。彼女の遊びには付き合う暇は今のところだから。
音声モニターからは相変わらず、旧知の知り合いや、外国の言語の会話や、信号音が相変わらず流れていた。その中でもひと際聞き覚えのある音声が入ってきた。俺の名を呼ぶそいつは中々の腐れ縁で、先代からの知り合いというか敵というか、ライバルというか傭兵仲間というかどのカテゴリーにも当てはまるやつと言っておく方が今のところ正解だろう。俺の名を呼んだあと、彼女にも、そんなところにいるよりもこっちに来た方が待遇はいいぞ、など冷やかしも挨拶のうちなんだろう。そこで負けじと彼女は私は当家のAI。私はそっちにいる秘書10体となら私と釣合うし、うちのマスターは10人分の相手してくれるから満足してるしと、そこまで聞くと俺は口につけていた飲料水を噴き出した。気管に入った飲料水を咳こんでしばらく呼吸困難になりながら全力で否定した、なんにもしてない!声にならない声で。傭兵仲間の奴に言い訳と、彼女に訴えるつもりで。ハハ、仲がいいな相変わらずとその後2.3軽口をやり取りをしてるうち、少しそいつは 声のトーンを落とし最後に気を付けろよ今回は。とだけ言って戦闘準備に入った。気を付けるのはどの合戦場でも同じだ、わざわざ今回敢えて。とそこまで思考を巡らすと遮るように。モニターを見るとカウントダウンが始まっている。いよいよか。と先程の思考を後回しにした。さて。
主砲。副砲。対空砲。装填よし、通常弾、振動弾、信管設定よし。設定しながらこう思った、大将首を2.3獲ればそこそこ食っていける。大将首があるのはこの戦闘艦のかなり下だ、丁度俺の艦は艦隊の端翼にいる感じか。前に出てるのは一番槍にはもってこいか。よし、と呟くと、音声モニタ画像モニター、電探モニターをすべてオンにするよう、命じコクピットの指揮席に着いた。眼下に、正確に言えば全面モニターの下の方、感覚的に見下ろした格好になるのでここはやはり眼下がしっくりくるのだろう、肉眼で見えるはずもないが、レーダーには艦影が映っている5.6隻、いやもっとか、ハウリングがなければこのまま信用するか。
各合戦場には軍監が付いていて、どこで見ているか分からない、要はお目付け役で報奨金の査定はもちろん、中には非道なこと、約定破り、裏切り行為は御法度でそれらを監視している。もしそんなことが軍監にばれれば、即座に両陣営から追われ褒賞金はおろか、それなり折檻の憂き目に合い残りの人生、生きてるだけとなってしまう、そう、本当に生きてるだけ、存在だけ。俺の知っているバカは戦のどさくさにまぎれて、非戦闘対象の避難民船団を襲って金品、人身売買と非道の限りを尽くしたバカがいたが、一族郎党皆ことごとく捕らえられ願うのは死のみと言われている100年刑に処された。抜け駆け位は、大目に見てくれる。が、何かと軍監がうるさいし、その時はいいが仲間内の評価も下がる、傭兵といっても丸々一匹狼では確実に生きていけない、敵は前ばかりでないのはないからだ。ある程度お互いに助け合う、武士は相見互いといったとこだろう。
絶対時間、絶対座標合わせよし、あとは合図を待つだけだ、基準時合わせが済み、しばらく沈黙が続いた。音声モニタの向こう側の面々も同じ気持ちだろう、俺は死なない大将首をもぎ獲ってやると、静かな向こう側ではそれが感じて取れる。暫くの沈黙の後。合戦の合図とともに、音声モニターからが割れんばかりの叫び声とも、怒鳴り声とも、鬨の声ともたとえようもない入り混じった音が艦内を震わせた。途端モニターのすべてが、音声も含め目まぐるしく瞬いている、何を言ってるのか、何を表示しているのか、一言でいえば混戦混乱だ。高速全進によって、艦全体が軋み音金属同士の叩く音、歪む音、時折モニターの目の前を真っ白い閃光、が瞬き、旋回し、上昇し、急下降し敵の攻撃を迎撃機、重巡洋艦、駆逐艦から避けるために回避行動による重力と光と音の嵐がコックピットの中をかき混ぜる。それに耐えられず重力で壁に貼りついた彼女。もっとも、始まる前には固定しておけ、と、いつも言ってるのだが、上昇下降の重力でにゃにゃにゃ!と、叫びながらノースリーブの横からあられもないものがほりだしているのを、視界のすみで認識しながらこの合戦が終わったら、下着は必ず着けとけときっちり言っておかないと、と自分でも驚くほど冷静な所があるんだと少し驚きつつ、こう言った。通常弾用意!いいからそれを早く仕舞え!と指示し、座標の入力にかかる、次々アラームが鳴り、音声モニターの向こうの同業者の叫び声もちりじりに散兵戦の様相になってきて離れ離れになってるのか、またはやられたのか、少なくなってきている、一発勝負を賭けて切り込んで大将首、大型戦艦を打ち取りにいった見返りだろうか。俺はどうするか、少しの逡巡の間に言葉は発していた。徹甲弾、榴弾、炸裂弾、弾幕張れ!と。
叫ぶ。アイアイ!と彼女は応え、弾幕を張った。瞬間右座標より主砲、通常弾が飛来。数発かすめていった。一斉射!入力!絶対座標撃ち方はじめ。居住区コクピットとメインエンジンをつなぐラチス部が主砲の咆哮と通常弾の反動で軋み、躯体が悲鳴を上げ、貨物部や他の区域にある副主砲や対空砲の閃光が戦闘機、駆逐艦や重巡を打ち弾く輝きとその衝撃波が波動として何百機分、何隻分だろうか次々波状としてこの戦闘艦を叩く。条約があり新型艦と旧型艦のそれぞれの陣営が保有しているバランスをとるため、旧型をほとんどすべて新型にすることと取り決めがあったことは言ったが、そんな無理な話は聞くことができない、この艦はリミッターを外してオーバースペックの状態だ。速度、装甲、武器弾薬すべてにおいてである。普通の新型艦より強い、だから今までこの乱世この混戦の中潜り抜けてきた、そのことを改めて、証明したようなものだ。あらかた周辺域を片付け弩級戦艦の方向への突破口を穿った、その手前の目標の大将首である、大型戦艦まであと少しといったところか。一番槍が取れなかったのは悔しいが。この混戦では仕方がない、と、もう一度座標合わせをして進入路を切り替えるかと、彼女を呼び指示を出した、この状況下ではさすがに大きいのを押し付けることなく、淡々と指示を受け各端末に入力しだした、いつもこうならと、少し気を抜いて、彼女の仕事ぶりを見るとはなしに見ていたのが分かったのか、気づいたのか、視線を合わせ歯をむき出しににっと笑うとワンピースの端を少しめくりながらチラッとチラッとと口に出して見せてくる、戦いの中、少しでも気を抜くことは止めようと改めて肝に銘ずべしと苦笑いと共に自戒した。
その大型戦艦は確かに大将としては威厳のある堂々とした、相手に不足はない。範囲に入り、戦いの様式通りこちらの所属、官位、姓名を並べ、名乗りを上げた。しばらくして、これも様式通り、敵艦から所属、官位、姓名が述べられ、続けてこう言った、汝の名乗り確かに賜った、わが首、貴殿が手に入れること叶うならば、末代まで、その誉は語り継がれん。いざ、尋常に勝負致さん!と。どちらかが敗れるまで、終わらない戦いが始まった。しきたりとして、これから以後は名乗りを上げた者同士だけの戦いとなり、敵味方は、ただの傍観者、審判、判定者となる、戦っている者同士が、武士の名に恥じない戦いを潔く、最後までしていたか、軍監は存在しているが、それは、戦功と秩序の監視であり、誇りについては範疇に無い事だ、ここから先は助太刀も、補助も、妨害もない本当の戦いが始まった。
さすがに、大型戦艦の火力はすさまじいものがある、直撃は当然、弾かれてもそれは死を意味する。通常弾、主砲がこちらの前進を阻み、近寄ることができない、凄まじい閃光と共に、カン!と高い音の金属と金属のぶつかる音が衝撃が全艦内に響いた、当たったか!、いや、当たれば一瞬で消し飛んでしまう、自我が保てるるなら、俺は死んでいない!その死んでいない俺の体に衝撃が打ち付け、意識が飛びそうになる、が、船体を持ち直しなんとか意識を切らすことなく、絶対座標に対し右へ右へ旋回して。慣性と遠心力の嵐の中、左手を精一杯伸ばし体が右に持っていかれつつも主砲操縦桿、と操縦桿へ。握ったと同時に、叫んだ、主砲全砲門開け、正面の敵。放て撃て。アイアイ。俺の声と彼女の声が遠くに聞こえた。自分の声を客観的にきくのは不思議な感覚だが。いま放たれた主砲の軌跡が黄色く延びていき敵艦の横腹に着弾。が、穴が開く程度、いや、傷もつけることもできていない。その倍以上の反撃で、また、回避行動を取る、その繰り返しが続き、いったん小康状態が続いた。正面のまともな攻撃は無理か、ショートデスドライブオンとオフをこの距離で繰り返し、ありったけの主砲と通常弾を撃ち込むか。俺の得意とする戦法だ、通常空間に出現するに毎に全弾打ち込み沈める、リミッター解除しているこの艦だからこそできる戦法、航法だ。ならば、いざ!と。艦を前に進める、戦法の詳細は、彼女は知っているので、座標入力の指示さえしておけば俺は攻撃に専念できる、と、デスドライブオンの直前、敵からの、通信がはいってきた。はいってきというのか、一方的に割り込んだといった印象のある内容だった。武士として忠誠を誓う者として、その戦いぶり感服致した、小兵が、怖じず戦いを挑む姿、天晴なり。貴殿であれば、託すことができるであろう。改めて勝負致さん!と。なぜいまこの通信を。と、後になってその疑問は払拭されるのだが、いまはその余裕はなかった。空間移動、通常空間に出て弧を描いて敵艦左舷に、射撃。敵の砲撃が頭を掠め通過。空間移動、通常空間全速前進、一斉射撃。敵の通常弾が艦の後方で起爆、割れんばかりの破壊音。彼女が、艦内のダメージレベルを報告、まだまだ許容範囲内を確認。空間移動、間髪入れず、射撃、空間移動、通常空間、通常空間を全速移動しつつ通常弾、敵艦後方に回り込み主砲副砲一斉射撃。通常空間、次空間の移動を繰り返し、射撃。敵との撃ち合いという名の、刃やいばを合わせた回数は何十合。それを数えた時。刹那、一撃が敵大型戦艦を貫き、貫いた閃光が艦の全てに走り抜け、一瞬煌めいた、らめきがめを眩ませ、爆発した。それが落ち着くとそこに虚無、という形容しがたい空間が、そこにあったであろう物体の名残も何も消し去ってしまった虚無な空間だけがそこにあった。モニターに目を移すと敵艦を表す赤いマーカーが白く変わりそして点となって消えた、元あった座標には、数秒間矢印とその消えた敵艦の所属、艦名、艦長の名前と、階級が表示され、その銘板が、全面モニターの隅にあるリザルトエリアにマーキングされる。まだ慣性運動は続いているが徐々に弱くなり、暫くすると、先程の慣性と衝撃音は嘘のようになくなり、次のターンを求め戦場を旋回し始める。音声モニターには、先程沈めた艦の艦長がその筋では有名だったらしく、仲間から、俺に対する称賛と妬みの言葉が投げかけられた。ひとしきり、それぞれ、相手していたが、それも少しわずらわしくなってきたので、適当に切り上げ、少しモニターの音量を落としシートを立ち、散っていったこの武士のために拳を目の前に掲げ、片膝をつき拳を床に触れ暫く鎮魂の黙祷をささげた。拳は戦いを、床に触れたのは先人がまだ土のある星々で戦って葬られていただろう大地を意味する。大地に見たてた床に戦い終わった魂を戻すという意味があるのだ、と、どこかで聞いた。そして、一通りの鎮魂の儀式が終わって再びすっと立ち上がると。いつの間にか彼女は傍らに立っていてじっと全面モニターのリザルトエリアを見ていた。何か言いたげに、悲しげにも見えたのはおれの思い過ごしだろうか。視線を感じたのか、こっちが見ているのを感じてなのか、はっとした後、とニッといたずらっぽく八重歯を見せ笑うと、自分のニットの裾を目一杯たくし上げると、そのまま俺に体ごと被せてきた。目の前真っ暗だがその感触は顔いっぱいにある、しまった油断しすぎた、いつもなら、体を捻り投げ飛ばすところだったのだが。隙あり!頭の上で声がした、後頭部はガッチリ抱えられ顔は大きな二つを押し付けられ、息が窒息してしまうと思ったら、鼻の奥から生暖かいものがあふれ、口の奥とそれは鼻からも流れ出した感覚が。鼻血だ!息も詰まるし血の味で口の周りはとんでもないことになってそのままぐったりしてしまった。遠くで、ごめんなさい。を連呼している彼女の介抱を他人事のように受けながら、ああ、やっぱり彼女作ろうと、遠くでそれも他人事のように思っていた。鼻に詰め物をして、彼女は後部座席に縛り付け、髪の毛の端子を延長コードで基盤本体の端末につないで、次のターンのための複数ある操縦桿と操作盤に専念した。その間も彼女は謝罪の言葉のありったけを言っていたようだが、敢えて視線を送らず無視を決めた。
先程その討取り撃破した戦艦の後方の奥に位置している弩級戦艦に向け、勝負を挑むため、名乗りを上げ、相手の名乗りを待った。が何も応答がない。名乗りを上げたものがその戦いの優先権があるため、他の敵、味方は静観している。が、そうだとしても、なんだこの違和感、しばらくしてそれは確信に変わった、反応らしきものが無いのだ、攻撃する意思が全くないということか?そう考えている間もまだ、沈黙を守ってる、罠か?いや、こんな合戦場の外れにある後詰めを阻止するための戦いに弩級艦を囮にするだけの価値ある作戦とも思えない。しかも、戦いの作法に則り名乗りを上げた者に対する礼儀が無いのも理解できない。いや、戦いは始まっているんだ、返答しないのは向こうの都合だ!思いあぐねて考えてる余裕はない、今は合戦の真っ最中なんだと、通常弾を数発撃ちこむ指示を出した。彼女はアイアイ!と言ってその長い髪の中から数本、コードを選りすぐり基盤の端末に差し込み、そして俺の名を呼んで座標宜し!と合図待ちの状態となった。少しの沈黙の後合図とともに艦内に通常弾が射出する時の咆哮が響き渡り、そして静まり返った。その静けさは、この物言わぬ敵の真意を図りかねてる俺に、彼女が通常弾の射出に対して褒めてもらおうと、近寄ってくる気配が全く分からないほどだった。
電探モニターには今発射した通常弾の軌跡が追ってマーカーが走っている、その行先の着弾点である艦も映し出されている、まるで沈めて下さいと言っているようなものだ。何も映っていない、シールドも、迎撃機も敵からの主砲のマーカーの軌跡も何もない、先程の沈めた艦長の言葉を反芻した。託すと。確かにそういった。何をだ。攻撃する意思のない敵艦。託されたもの。今まさに、俺に抱きつこうとする彼女に踵を返に叫んだ。
通常弾に不発信号を送れ!繰り返し彼女に、通常弾の信管に不発信号を送れ、と言った。えっ!と抱き着きにバレたばつの悪そうな、それでいて今発射した通常弾に不発信号という意味不明と思われても仕方のない指示に、訝しげな複雑な感情の表情で髪の毛の中から端末に不発信号を送らせた。と同時に全速でその旗艦に近づき様子を見た。撃ち込んだ通常弾が爆発せず正確に胴体の真ん中に突き刺さっているのを確認し、一定の距離を保ちながら暫くぎりぎりの間合いで動向を観察していた。まだ、この距離でも沈黙を守っている。その時、あ!と彼女は声を上げ、弩級戦艦から微弱ながら信号らしきものを発信しながらポッドが射出されたと続け、それもかなり複雑な信号と、ノイズと、古代言語らしきものを混ぜて、わざと分かりにくく普通では聞き逃すレベルとも付け加えた。信号は出し続けたまま、近づいてくる、俺のすぐ近くの区域では、激しい戦いがそこここで展開している中、この区域だけは別空間のように静かだった。近づいてくるポッドの信号通信が近づくほどクリアになり、解読し、この艦に着艦し会見したいという内容を彼女は俺に伝えた。この戦闘の最中会って話がしたいなんて、降参する時か、最後の止めを刺す時に武士の情けで見逃したりする事は稀にある、その時に話をするだろうが、それはお互い死力を尽くしてなお且つ相手に相当の、畏敬の念を持たせるほどのものが無ければ、まずない。だから違和感の正体はそこにあったとのかと思った。戦うつもりはそもそもなかったのだ、そして、命を懸けて何かを賭けてやってきたのだ。ここまでくれば、卑怯なだまし討ちはないだろうが、念のため、人形遣い=アンドロイド、サイボーグなどで構成された白兵戦団や、猛獣使い=未知の害獣生物を人工的に改造し、戦闘団として構成した白兵戦団、などを警戒しとりあえず切り離し可能な貨物室兼居住区に移動誘導させることにした、どちらも放たれると、厄介なのだから隔離するためだ。
着艦させたポッドに近づいた。一緒に連れてきた彼女は案の定ここぞとばかり俺にしがみつき、体を押し付け、いろんなところを押し付けてきた。さっきまでの、緊迫感を返してくれ、と心の中で叫びながら、が、今はいつでも切り離しして撃ち落とせるように、誘導し着艦させた区画にあるポッドを区画外から監視していた、それに集中せざる終えなかった。しばらくして、ポッドが開き、中からヒューマノイドが2体降りてきた。そこで、ようやく俺たちは、対面のためポッドの区域に入った。その2体は、被っていたヘルメットと、上着宇宙服を外すと銀髪の鮮やかな女性が現れた、俺と変わらない人間と認識した、一人は髪を後ろで独特な形で縛り、裾の長い色合いは原色を主調とした民族衣装を身に纏った少女で、少し後ろに下がった位置に、同じような髪形、衣装だが少し簡略化されたような一目で位の違いが分かる雰囲気を醸し出している。一目である星のそれなりの地位にある2人であることは推察することはできた。手には柄の長い武器を携えてるのは其の証左だろう。侍女といったところか。が、目的はまだ、確認できていない、先の大将のセリフ、託した、だけがそのヒントだろう。そう考えてる最中でも、俺が、例えどんなシチュエーション、場面であっても他の異性をみつめていることが許されないらしく、左後ろの後頭部がジトっと視線で痛いのは気のせいではなさそうだ。
言語は彼女を介して常時翻訳されているので不便はない、その気品あふれた少女は、母星を侵略され追われていたところを、今回俺たちが対峙して戦っている、敵に母星の再興を手助けする代わりにこの戦いを手伝うよう懐柔され、仕方なく盾となって利用されていると。俺が倒した大将を含めた、重臣達は忠義に厚く、利用されているとわかっていても再興の可能性も少しでもあれば、その可能性に賭けてと文字通り命を賭して戦い散って逝ったと、追われるものの国をなくしたものの悲哀を、じっと涙を堪えて滔々と淀みなく言った、自分はその星の姫であり、従えているのは、推察通り代々一族で侍女を務めてきたものであると紹介した、少し年上であろうか、控えていたその侍女は目を伏せ挨拶をした。続けて、この戦いにおいて、盾として、その役目を終えたなら、代わりに奪われた、母国を取り返してくれるという。にわかには信じられないが、其の巨大な武力の前、その巨大な国力の前には、信じざる終えなかった、と。たとえ騙されても、座して死を、滅びを、迎えるのは本意ではない。最後の決戦、その前に、この艦と連絡を取り話を聞いてもらうよう、先の俺の倒した大将から連絡があり、忠義に厚い大将の事だから間違いないだろうと、危険を承知でやってきた。と言うとここまで気丈に振舞ってたであろう彼女は堪えられなかったのか。大声を出して泣き崩れた、すぐさま控えていた侍女はお姫様おひいさまと言いながら駆け寄った。俺は、傭兵だ、色んな星、合戦場を渡り歩いてきた、滅ぼされる星、滅ぼす星、逃げる星、挑む星、星だけではない、民もそうだ、退廃した民、栄華を極めた民、建設に希望を燃やす民、諦めた民。ここで、目の前で泣き崩れているのは・・・。そう思うと、無意識だが、しがみ付いている彼女の手をギュッと握り締めたのは、このお姫様と侍女の気持ちに想いを馳せたことの証左だろう。
待て!いや違う!待て待て!俺の本能はこれはおかしいと信号を出した、確かに一縷の望みをかけ、盾にされたのはわかる、再興を願うのも当然だろう、だからと言ってこの俺に、一傭兵に何ができる!いや、そもそも託すといっても何を託す!一つの星の再興なんて一軍団あっても無理だ。まさか!目の前にいる。まさか!このお姫様を!と考えが帰着した途端、衝撃波が艦内を揺さぶった、全館にアラームが響渡り、彼女はこう告げた重力振動発生!近いです、すぐ近くでデスドライブオフして来るものがあります。おっきいです、これは敵旗艦です。
コクピットのモニターには言った通り敵の旗艦が映し出されていた、お姫様の弩級戦艦よりデカい。大きさが比較できたのは、オフしてきた旗艦が弩級戦艦すぐ近く直上に並ぶように出現しているからだ。しかし、そんなことより、曲がりなりにも、名乗りを上げた戦いの最中だ、敵だろうが味方だろうが、割って入ることは許されない所作だ、マイクに飛びつき無作法を改めるよう怒鳴った。暫くして、後からお姫様がコクピットに入ってきた。そのお姫様の乗っていた、その弩級戦艦のブースターが目の前で一層出力を上げた、その艦の主人はここにいるのにだ。お姫様はマイクに駆け寄り何とか自分の乗っていた艦と通信を試みていた、通信は入ったがかなり混乱している様子が、雑音と混線混じりであっても感じて取れた。どうしてもコントロールが効かない事、どうやら、舵やエンジンの出力、武装の一切が直上にある旗艦の遠隔操作下にあり、自分たちでコントロール出来ない事、とそこまでかろうじて聞き取れたが、他に何か伝える音声が雑音に変わり音量が小さくなりやがてノイズだけになった。その小さくなったンジン放つの光、艦影も徐々に小さくなっていった。まだ、お姫様はマイクにしがみつき自分の乗っていた艦と通信を試みていた。その内に益々推力を増してはるか彼方の点となった、と、同時にそれは超新星の爆発に匹敵するような閃光とガスがその地点から全天一面覆った。・・・・!と声にならない叫び声と共にモニターに走り寄るお姫様と後を追う侍女を、何が起こったのか頭の中を整理するので俺は一杯で、二人を見ていた。音声モニターからは、急に音量が上がったかという位けたたましく嵐のように情報、状況が入ってきた。それは、いきなりある区域の旅団が消し飛んだとも、10師団が敵味方区別なく消えたとか、超新星爆発が起きた、新兵器が使われた、近隣の星が消えたとも。モニターの前では二人が嘆いている。戦ではある、戦そのものは非現実的だ、その非現実的なものの中に身を置いてもまだ、非現実的なものがそこにはあった。敵旗艦は今だ、無言である、悠々と推進力を増したそれはお姫様が今まで乗っていた、察するに家来,重臣も乗っていたであろう消し飛んだその方向に舵を切りその速度を増していった。まだ、お姫様は泣いていた。床に伏せ、その背中を侍女が守るように、覆いかぶさっていた。モニターからは、情報が整理されたようだ、通信モニターから、あの10人の秘書を持つ傭兵仲間が整理してくれた。ある弩級戦艦が突如合戦の本当のど真ん中の間に割り込んできたかと思うと今まで経験したこと無い、閃光と重力振動とが合戦場の三分の一を持って行った、つまり無くなった。敵も味方も。区別なく。新型の次空振動弾らしい。そして、このもうすぐ合戦はなし崩し的に終了する。と、協議会から正式指令が下りてくるだろう。俺はここまで詳しく教えてくれた仲間に礼を言い。向こうが、話を変え、今度開催する宴の話題に移りかけた時、モニターを切った。つまりあのお姫様が乗っていた弩級戦艦は元々、新型の次空振動弾が内蔵された、いや、次空振動弾そのものだった。だから、武器や装備品らしいものをすべて取り払われ、反撃もできず、しかもお姫さんにを含めそれを守るためにあの誇り高い武士連中は黙って戦っていたのだろう、その戦いの最中、目を付けたのがこの俺なんだろう、せめて、お姫様だけは何としても守るとの思いで。爆弾に縛り付けられたお姫様を助けるため。敵に分からないよう偽装の戦いをしつつ、託せる武士を探していた訳か。新型の次空振動弾を起動させたということは、元々、母星再興の約束を守るつもりはなかったということか。忠誠を誓う武士、約束を反故にする者、そして、誇りある戦いに泥を塗った敵。そう反芻するとザワッと、髪の毛が逆立った。しがみ付いていた彼女がハットして手を離し少し俺から離れた。目の前のモニターにはまだ旗艦の後姿がスクリーンにあった。静かに俺はこう指示した。全弾装填、次空振動弾用意!全速前進目標前方の敵!打ち払ってやる!消し飛ばしてやる!と叫びながらコクピットの操縦席に付いた。座標を入力し、全砲門、全弾を打ち尽くした後、次空振動弾の射出をプログラムに打ち込み彼女に指示した。このまま通常空間でけりをつけてやる!と名乗りを上げるため通信回線をもう一度オンにした。刹那、交信の途中からだろう協議会から繰り返し停戦の指令が流れていた、一切の交戦を終了し、別命あるまでその場で待機するように今回の褒賞等は追って連絡すると繰り返しアナウンスしていた。
停戦の指令が一度降りたらそこから先は武力行使は一切できない。雇い主からやめろと言われればそれまでだ。天を仰ぎ拳を握り締め、唇を嚙んだ、そっと彼女は静かに武装解除の準備をしはじめた、彼女なりの気遣いだろう。視界の隅にそれを見ながら、視線をモニターの前の二人に移した。こちらの視線に気が付いたのか、スッとそれでいて凛とした雰囲気のを保ち立ち上がり、俺のところまで、来た、目には涙の跡が可哀想な位残っていて、其れに気付かれるのが嫌なんだろう、この艦に入れてもらったこと、母星の事に巻き込んでしまったこと、敵討ちの行動に対し短くお礼言ってポッドにある区画に向かって歩いて行った。その姿を見ていてゆっくりお姫様の後を追った、彼女は後片付けの最中だったが慌てて俺の袖をつかんだ、その顔はいつものそれではなく、頭を横に振り、ある特定の勢力に加担するのは御法度、ルール違反、いったんその勢力になったと認識されれば傭兵の身分を剝奪され、二度と両陣営を渡り歩く事は出来ない。と改めて諭された。そのつかんだ手の上からそっと添えて静かに外した。お姫様に追いつき、声をかけた、やはり行く当てはなさそうだ。母星は侵略され、帰るところは無くなっていて、元々、自身も含め母星ははどの勢力にも属していなかった、そのせいで侵略された遠因であると短く言って、軽く会釈しきびすを返しまた歩き始めた。片付けを終え彼女が後から追いついたところで、お姫様に言った。この艦に取り合えず乗っていろ、元来どの勢力にも属していなかったのなら問題ない。人質を取られてやむなく参加しただけだし、しかもその人質は。と、ここまで言って、ちらっと、後ろから追いついていた彼女方を見てそして続けた。殺されたんだ、勝負を汚されたことも名誉の事も含め敵を取ってやる。
彼女の右耳に以上の今回の航海日誌を簡潔に述べ最後に標準時を言い終わると、向き直り少しふくれっ面で言った、どうするんですか彼女たちうと。少し、ため息を付いた。それを聞き逃さなかったのか、畳みかけるように彼女は言った。航海日誌がなぜ私の右耳で入力する仕様になってるか知ってます。いや、と俺。本来は、私にマスターが左手で腕枕をしてその時に私の右耳に囁く。ピロートークなんです。そして、いたずらっぽく微笑み、いつか、本当の入力方法で航海日誌入力してもらいますからね。と言い放つと、着替えてきます。マスターの鼻血が付いたままなんで。と言ってコックピットからメインの居住区に消えていった。
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