不意打ち
朝早く起きてユーリの食事を用意した後、アーシェラは他の七賢者にユーリに関するの報告をした。
報告を受ける人物は二人、魔法道具開発などを手掛けるヴェンツェ卿と治安維持機構、軍隊を率いるバロッガ卿である。
なお軍隊は元老院の代表者と七賢者の連名で運用されるため、バロッガ卿単独で軍隊を動かすような権限は無い。
「・・・はい。反省しています」
アーシェラは至極真面目な様子のバロッガ卿に叱られていた。年頃の少女――ユーリに対して何をやっているのか、魔族である可能性だとか国に対する危険を考える前にやるべきことがあった筈だ等と至極当然の内容だった。
言い訳する事もなく、自分の失敗を認める。要約すると同じ趣味を持つ女の子と仲良くなろうとして、その子を傷つけてしまいましたという事でしかないからだ。
「事前に私たちに相談をしてくれれば・・・。いや、ワイヤード卿のような婦女子としては、我々のような中年男達には相談しにくかったのかも知れないが・・・」
シュバウト・ゴウセール・バロッカ。強面で如何にも体育会系という風貌ではあるが、愛妻家であり15歳と13歳の娘を溺愛している。不器用ではあるが、実直な性格で七賢者のなかでも貴族や平民に慕われていた。ちなみに妻は平民で、果物屋の娘らしい。
「婦女子」という言葉が自分に相応しいかは疑問に思いながら、アーシェラは言葉を返す。
「いや、別にキミたちが男性だから相談しなかったって訳じゃないよ。た、ただ単にそうしたらユーリと会える時間が減るかなって・・・思っただけで・・・」
アーシェラもその対応を考えなかった訳では無い。選ばなかっただけだ。他人に相談するという選択肢を。
ヴェンツェ卿、ナジム・サンディ・ヴェンツェが机を叩きながら笑いを堪えている。この老人は腹立たしい程に感情が豊かだった。
「――はぁ。私の娘もそういう年頃でな。今も何か悩み事があるようだが、最近は相談をしてくれなくなった・・・。だから、そういった気持ちがあるのは理解している。――しかしだ。七賢者として、同じ大人として我々に相談して欲しいと思う。確かにワイヤード卿からしてみれば、私たちの方が生きている時間は短いかも知れないが、別の視点からの意見を取り入れる事で初めて見えてくる選択肢もあると思うのだ」
「・・・そう、思います」
立場と年齢の事もあり、アーシェラは普段敬語を使わない。使ったことが殆ど無いと言ってもいい。それでも思わず口調が変わっていた。人に叱られるのは100年ぶりだからだろうか。
「ヴェンツェ卿、いつまで笑っているのだ。ワイヤード卿は真剣に悩んでいるのだぞ!」
やめてほしい。自分は115歳なのだ。それだけ生きていて何を学んできたのかという疑問を突き付けられたようで、肩身が狭かった。笑いを堪えられない老人は目に涙を浮かべている。このままだと笑い死んでしまうかも知れない。
ともかくユーリの疑いは晴れ、これ以上報告の必要はなくなった。
「・・・ありがとう、バロッガ卿。今後は皆に相談させてもらうよ」
「いや、こちらも頼って貰えると嬉しい」
今までアーシェラから他の七賢者を頼るような事は無かった。それによって困った事も無かったと思う。いや、思っていただけで何かズレていたのだろう。ユーリのおかげで、少しそのズレに気付くことができたのかも知れない。
だが、代わりにアーシェラ個人として新たな問題も発生した。早急にユーリに事情を説明し許してもらいたい。本人は気付いてないかも知れないが、知らないふりをするわけにはいかなかった。
「それじゃあ早速なんだけど、年頃の少女に反省と親愛の意を示すにはどうするのがいいかな?」
「やはり・・・プレゼントではないか?」
物で釣る。ありきたりではあるが、妥当な線かと思う。
「具体的には?」
「わからん。私の選ぶ物はセンスが無いとの事でな・・・。男児相手ならば、興味の引く遊具などはわかるが」
心底悲しそうに、バロッガ卿が呟いた。ヴェンツェ卿はようやく笑いが収まって来たようで「現金じゃろ」と自信満々に答えた。
「・・・」
結局、男衆は微塵も役に立ちそうになかった。現在の七賢者は全員が男性だった。こういう男女の機微こそ、学校で学ばせるべきではないだろうか。アーシェラは心からそう思った。
後日、ロックハート卿に進言してみよう。
□ □ □
「とは言ってもなあ・・・」
研究室の机に突っ伏し、アーシェラはどうやってユーリに話を切り出すか思案していた。
教員棟の執務室には本日不在の札を掛け、七賢者用の研究室の方に隠れている。生徒が行き来できない場所ではないが、誤って人が入ってこないように光魔法で入り口を見えないようにしている。魔法に長けた者が集中すれば見破れるだろうが、学校の生徒程度であれば見破る事は難しい。
廊下の扉の配置をよく見れば一つ扉が存在しない事に違和感を感じるとは思う。しかし、その部屋の中に更に隠し扉があるのだ。見た目はただの壁にしか見えない。
今日のうちに作戦を考え、明日ユーリに説明をする。何かプレゼントを用意して。
説明はあまり奇をてらう必要はないだろう。説明すればユーリは理解をしてくれるとは思う。どちらかというと、アーシェラの気分の問題だけだ。
「プレゼントが思い浮かばない・・・」
魔法道具であれば喜びそうだと思うが、高価過ぎる。普通の女学生に買い与える物としては桁が一つズレている。書物などは図書館に行けば読めるし、服やオシャレはそれほど興味が無いと言っていた記憶がある。
まだ、彼女の事をあまり知らないという事実。
自分であれば魔法道具だけでなく植物からモンスターの素材、服や小物、紅茶やぬいぐるみなど欲しいものは幾らでもある。金銭的にも自由に買えるが、買う機会が少ないせいで出費は抑えられていた。
「――あ」
一つ思い出した。洗髪剤だ。しかし先日購入したようだったか。そうなると、トリートメントや化粧水などだろうか。
「そういえば、昨日ユーリはうちのを使ったのかな?もし気に入ったようだったら、それを・・・ん?」
誰かが手前の部屋に入って来た音がした。仕掛けを解いて入ってくるとなると、七賢者――ヴェンツェ卿あたりだろうか。足音から大柄な男性では無い事がわかる。
コンコンと軽く扉がノックされた。
ヴェンツェ卿だとしたら、先ほどの事を笑いに来たのだろう。全く何歳になっても性格の捻くれた男だ。幼いころから変わらない。
「どうぞ」
不機嫌な声で迎える。茶を出してやる気も起きなかった。
しかし、
「失礼します、アーシェラ様。これ、なんです?なんかぼんやり光ってますけど、魔法ですか?」
開いた扉の隙間からひょっこりと覗いた金髪に、アーシェラは面食らった顔で間抜けな声をあげてしまう。
「えぇ――」
「どうしたんですか?変な顔して」
そんな自分を見ながら、心底不思議そうな顔でユーリは首を傾げたのだった。
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