忘れ物はありませんか?

 「・・・すまないね。迷惑じゃなかったかい?」

 「大丈夫ですよ。テーブルは片付けてしまってるので、カウンター席になってしまいますけど」


 申し訳なさそうに頭を下げるアーシェラに、ユーリは手を振って答える。

 せっかく来てくれた彼女を入店させても問題ないか、と女将であるテーティスに確認したところ、ユーリが料理を提供するという条件で許可が下りた。これ以上客が入らないように、店の前には閉店の看板を下げていた。


 店内はユーリとアーシェラの二人きりだった。

 テーティスは明日の準備のため倉庫の整理、フランはラケシスと二人で入浴中だ。

 ラケシスはまだ一人で風呂に入る事がないようで、テーティスとフラン日替わりで付き添っている。ユーリも当番に組み込まれそうだったが、恥ずかしがり屋という事で断った結果、問題なく意見は通された。

 まだ幼いと言えるラケシスだが、成人男性として生きてきた自分が入浴の世話をするのは良い事ではないと思うのが本音だったが。


 背伸びをしてカウンター椅子に座るアーシェラを眺めながら、ユーリはその恰好に注目していた。


 (なんか、かっこいい杖だ・・・!)


 彼女は普段通りの白青を基調した服――帽子付きのカチューシャ、外套、ショートパンツ、ブーツといった格好――だが、いつもと異なり先端に大きな宝石の付いた豪華な杖を持ち歩いていた。

 実技で使った魔法の杖とは全く異なる、RPGの最終ダンジョンで手に入りそうな印象の杖。

 何か用事があったのだろうか。ケント教諭は見回りと言っていたが、実はこの街で事件などが発生しているような――。


 そんな妄想をするユーリを気にした様子もなく、ちょこんと椅子に座ると、アーシェラがカウンターテーブルに杖を立てかけようとする。


 「――あ」


 その動作で気づき、ユーリは彼女に声をかけた。


 「アーシェラ様、そこに杖を立てかけると倒れてしまうかもしれないので、杖はお預かりしましょうか?」

 「――ああ、そうだね。お願いできるかな?」


 奥に傘立てはあるが、杖を傘と同じように扱うのは失礼な気がする。食器を拭くための綺麗な布を宝石部分に巻き付け、比較的綺麗な空き棚に置いた。転がって落ちないように、重しになるものを手前に配置しておく。


 「ご注文はどうされますか?あまり作れるものはありませんが・・・」


 火が利用できない今出せるものは、ナッツや干し果物のような酒の肴か、野菜や果物など切るだけで食べられるもの、少し冷えたスープなどの余りものといったところだった。余りものはユーリ達の夜食や朝食などになる。ちなみに夕方の仕事が始まる前に食事は済ませているが、当然のようにユーリは空腹を感じている。


 (アーシェラ様が帰ったら何か食べよう)


 「そうだね。流石にこの時間に量を食べる訳にもいかないからね。ドライフルーツの盛り合わせと・・・甘めの梅酒はあるかな?」


 アーシェラも酒を飲むのかと意外に思ってしまった。この世界では16歳から飲酒が可能なようで、彼女は100歳を超えているため当然問題ない訳だが、酒を嗜みそうなイメージが無かった。

 見た目がやや幼いせいかも知れない。どう見てもユーリの方が年上だった。


 「甘めの梅酒ならありますよ。今残ってるのは・・・一種類だけですね。これはソーダ割がおススメです」

 「うーん、ボクは炭酸が少し苦手なんだよね。薄めの水割りで、グラスの半分くらい頂けるかな?」

 「はい。大丈夫ですよ」


 了承し、梅酒の水割りをマドラーでかき混ぜる。薄めということなので、アルコールと水は3対7程度の比率にしておいた。梅酒などの果実酒は比較的度数が高いため、度数が高くならないよう注意が必要なのだ。

 バイト時代、ずっと薄めだった梅酒の注文が急に濃いめに変わった事があり、念のため部屋に確認に行くとグループ内の男が勝手に女性の注文を差し替えようとしていた、ということもあった。

 当然、濃いめを頼んだ男の酒にサービス・・・・をし続けたところ、酔い潰れて寝てしまっていたが。


 片手に持った丸形のトレーから、小盛りのドライフルーツと水割りの梅酒をテーブル移動させる。


 「お待たせしました。少し薄いかも知れませんが・・・」

 「ありがとう。いただくね」


 一言礼を言ってから、アーシェラはグラスに口を付けた。何故か緊張する。知り合いに自分の作ったものを提供するというのは、見知らぬ相手よりも緊張するかも知れない。


 「うん、おいしいよ。ありがとうね」

 「いえ、でもアーシェラ様ってお酒を飲まれるんですね。少し意外でした」

 「はは。まあ、こんな見た目だからね。実際それほど強いわけでもないし、特別アルコールが好きって訳でもない。でも、お酒特有の味や趣というのはとても複雑で面白いからね」

 「ああ、それは解ります。同じ種類でも材料や製法によって味も香りも全然変わってきますしね。私もそういうのを―」


 そこまで言って気付いた。魔法学校では飲酒禁止だった。


 「ま、前に少し飲んだことがあるだけなんですが!」


 慌てて弁明しようとするユーリだが、アーシェラは少し笑うだけだった。


 「別に慌てなくていいよ。ユーリはもう成人している訳だからね。魔法学校の校則も実際のところ飲酒に関しては厳罰がある訳じゃないんだ。お酒に飲まれすぎて、トラブルを起こさないようにするための訓戒みたいなものだね。――実際に昔は冒険者とトラブルがあったりしたし」


 それに授業の中で、自身の飲酒許容量を確認する事があると付け足した。自分が魔法が利用できなくなるラインを確認するために。


 「ユーリはお酒が好きなのかい?じゃあ一緒に一杯どうかな?」


 などと誘ってきたが、流石にまだ仕事中ではあるので断った。テーティスも気にしなさそうではあるが、明日も学校がある状況でこの身体のアルコール耐性を測る事は避けておいた方がいいだろう。


 「――――」

 「――――」


 他愛のない会話が続く。

 心地の良い時間だった。

 

 ただ、立ったままだとアーシェラが気まずいという事だったので、横に座りながら話を続けた。会話は酒や食べ物に絡んだ話ばかりだったが、アーシェラの知識量は多く、ユーリも元の世界の知識で会話を返せるため話題は詰まる事がなかった。


 「あれ、ユーリちゃんとアーシェラ様、まだお話していたの?」


 気付くと湯上りで眼鏡をかけたフランが戻ってきていた。フランもラケシスも長風呂なので結構な時間話をしていたようだ。あっという間だった気がするが。


 「おっと、もうそんなに時間が経ってしまっていたかな。確かにもうグラスもお皿の方もとっくに空っぽだったね。それじゃ、ボクはそろそろお暇するよ」


 そう言いうと、アーシェラは料金を置いてスタスタと出口へ向かっていく。特に酔いは回っていないようでユーリは安心した。


 「ありがとうございました。またいらしてくださいね!」


 ユーリはフランとともにアーシェラに声をかけられ、アーシェラが振り向いた。


 「そうだ、今度はユーリが作った料理も食べてみたいんだけど」

 「えーっと・・・練習しておきます!」


 ユーリの曖昧な返答にアーシェラは微笑を返してから、店から出ていった。


 自炊は今まで殆どやってこなかったが、『渡り鳥』で働くようになってからは包丁を触る事も増えた。テーティスもフランも教えるのが上手いし、ラケシスすら手際よく下ごしらえなどをこなしている。この環境であれば、自然と作れるようになるだろう。

 アーシェラはどんな料理が好みなのだろうか。それがわからないと、練習の方向性が定まらない。


 (今度直接聞いてみよ)


 空のグラスと皿を持って流しに移動し、ユーリは洗い物を始めた。これが終われば、今日は身体を拭いて寝るだけだ。


 「あれ、ユーリちゃん。この棚に置いてあるのって何?」


 フランが指差した先には入店時にアーシェラが持っていた豪華な杖が置かれていた。ユーリが置いたものだ。


 「あっ!」


 忘れものだ。それも、かなり大事なものだと思われる。もしかしたら国宝級だとか、伝説の装備である可能性すらある。


 「アーシェラ様に返してくる!」

 「えー。もう遅いし、明日学校で渡してもいいんじゃない?外は暗いし危ないよ・・・」


 豪華な、明らかに高級そうな、ラストダンジョンで手に入るような杖を掴んで外へ出ようとすると、フランが止めてきた。だが、万が一ここに置いたままにして、偶然泥棒にでも入られたら目も当てられない。


 「大丈夫、走ればすぐ追いつけると思うから!」


 それに、アーシェラの方も杖を忘れたことに気付いて折り返しているかも知れない。

 明らかに強力な力を秘めていそうな杖を手に持ち、ユーリは妙にテンションが上がってしまっていた。

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