美少女なら人生イージーモードって本当ですか？『友達』になってくれますか？

閉店時間とラストオーダー

　「――ふぅ」

　ユーリは軽く息を吐いた。

　珍しく早い時間――といっても充分に夜は更けているが――に客足が途絶え、一息つくことができたからだ。

　酒場にしては『渡り鳥』の閉店は早い。夕方から開店し、深夜になる前にはラストオーダーとなる。品切れの料理が増え始める頃になると、二次会会場へ移動していく客も多かった。酒メインの店ではないし、一人娘であるラケシスがまだ幼い。早めの開店と早めの閉店というのが女将の方針だった。

　ユーリとしても学校終わりで5時間近く働くのは疲労が蓄積する。これ以上営業時間が延びると体力が持たないかも知れないと感じていた。

　普段遅くまで残るのは常連ばかりだが、酒飲みのリサとマナ、ベンゼルなどが残ることは無い。ベナスは比較的早い時間に来ることが多いが、今日は姿を見せていなかった。今日は常連客も残っておらず、まだラストオーダー前にも関わらず店は静寂に包まれていた。

　「たまには早く店を閉めるのもいいかもね。アンタ達もゆっくりしたいだろ？――最近忙しくてアタシも疲れたしね」

　「おかあさん、わたしがマッサージしてあげるよ！」

　テーティスとラケシスのやり取りに顔を綻ばせながら、フランが椅子を片付け始める。

　入り口の看板を仕舞いにユーリが出入口へ足を向けたその時、一人の男性が入って来た。

　「おや。もしかして、もう閉店でしたか？」

　見知った人物だった。普段の柔和な顔を疲れで少し曇らせた眼鏡の男性――ケント・ロックハート教諭。

　彼が稀に食事に来ることはテーティスから聞いていたが、このような遅い時間に来るとは思っていなかった。普段のスーツにコートを着込んでいる姿は元いた世界の住人だと言われても違和感はなさそうだ。

　――立ち飲み屋で見たことがある気さえしてくる。

　「いえ、今日はお客さんが少なかったので・・・。まだ閉店時間じゃないですよ」

　ユーリは答えながらテーティスを見やる。

　「んー、でも火は止めちまったからね、焼き物は出せないから、それでもいいならだけど――」

　「大丈夫です。それなら、軽く。――ナッツと、飲み物は・・・お茶にしておきます」

　「おや、今日は飲まないのかい？」

　テーティスの言いっぷりだと、ケント教諭は普段アルコールを飲むようだ。見た目は下戸のような雰囲気なのだが。

　教員職というのはストレスが溜まるからだろうか。

　「それがですね、この後まだ見回りでして。はぁ――、生徒の顔を覚えている教員こそ夜の見回りに適任だとかで、今日は私が当番なんです」

　（この世界の教員、大変すぎでは？死ぬぞ・・・）

　「あまりこういう事を言うものではないかもしれませんが――。ユーリさんやフランさんが、ワイヤード様から講習を受けるようになってくれたおかげで、昼に長めの休憩を取れるようになりましてね――」

　午前の授業の後、昼休憩して午後働いた後、更に夜に見回りをするというのはなかなかにハードな気がする。しかし、過去ユーリ自身がそれ以上にハードな働き方をしていたため、労働について何も言う事はできなかった。

　――思い出したくもないが。

　「見回りといっても歩くだけですし、ね――」

　疲れを隠しきれていない表情で、ケントは笑った。

　そう、精神的、肉体的に披露が蓄積した時こそ、酒は欲しくなる。

　ユーリ自身、そういった状態の時こそ晩酌を欠かす事はできなかったと記憶していた。

　「――――あ、」

　そして気付いた。

　彼はこの一言を欲している筈だった。自分には解る。

　そして悪戯っぽくと笑うと、悪魔の囁き――、

　「でも、一杯くらいなら（・・・・・・・）、いいんじゃないですか？」

　を投げかけた。

　ゴクリ、とケントの喉が鳴った。

　「アハハ！生徒もそう言ってるんだ、飲んでいきなよ！」

　女将からのダメ押しの一言に、ケントは眼鏡をクイッと押し上げる。誘惑に負けた男は、潔い笑みを浮かべ。

　「・・・では、麦酒を一杯だけ」

　「はーい！ミックスナッツと、麦酒のオーダーいただきましたあ！」

　笑顔でユーリが注文を復唱。麦酒の入った大樽の前に移動し、ケントに背を向けて麦酒を並々と注いだ。

　サイズは何も言われなかったので、サービスを込めて樽ジョッキを選んだ。大ジョッキの上位、男気ジョッキとも呼ばれるサイズだった。

　――女心はまだわからないが、男心なら充分に理解できる。

◆　◆　◆

　「――ふぅむ」

　アーシェラは看板を眺めた。

　酒場『渡り鳥』。昨日は定休日だったようだが、今日は開いている。

　昼にユーリとフランにも確認したので当然だが。

　「静かだなぁ。もしかして、もう閉店してないよな――」

　そんな事を呟いたその時、丁度一人の男が店から出てきた。見るとケント・ロックハート教諭だった。

　「おやあ・・・ワイヤードさま？」

　「こんばんは、ロックハート教諭。って、キミ、なかなかに酔ってるね？」

　「いやあ・・・今日はこの後見回りなんですが。ユーリさんに麦酒一杯くらいならと勧められたら・・・樽ジョッキで出されてしまいましてえ――。注がれたものを飲まないのも勿体ないですし・・・」

　「見回りって、――大丈夫なのかい？」

　「まあ、酔いを醒ましながらですね。――ハハ」

　酔っぱらっては見回りの意味は無い気もするが、実際は「見回りがされている」という事実だけでも防犯には大いに役立つ。浮ついている雰囲気ではあるが足がふら付いている様子もないし、歩くだけなら大丈夫だろう。

　「それでは、いってまいります」

　「ああ、いってらっしゃい」

　内密にというジェスチャーをした後、ケントは見回りに戻っていった。

　――それにしてもユーリはなんというか、コミュニケーション能力が高いようだ。

　小さなため息をついて、アーシェラは店内に足を踏み入れる。今日は適当に酒を少し頼もうと考えていたが、種類も量も細かく伝えた方がよさそうだ。

　樽ごと出されてはたまらない。

　（実際に酔っぱらってしまう訳にはいかないからね）

　まあ、上手くいけばそれでよし。ダメだったとしても、仕事中のユーリと会う事はできる。

　作戦を再度脳内で復唱し、覚悟を決めてから店の扉を開けた。

　目に入ったのは、長い金髪と給仕服。

　「――いらっしゃいませー！あれ？アーシェラ様？」

　「う、うん。こんばんは、ユーリ。まだ、開いてるかな？」

　使い古された地味な給仕服は決して可愛いと評せるものではなかったが、ユーリやフランのような少女が着ているとまた雰囲気が変わる。金髪碧眼、色白の肌と地味な給仕服とのミスマッチが不思議な魅力を醸し出していた。

　「あの、えっと・・・もう、ラストオーダー、終わっちゃってまして・・・」

　「えっ？・・・ラストオーダー？」

　聞いた事のない言葉だった。

　アーシェラ・メルテ・ワイヤードは夜遅い時間に外食を摂った事がない。今日が初めてだった。今までの１００年以上、食事の殆どを学食と出前で済ませていたのだ。

　女将らしきやや恰幅の良い女性が、店の奥から声を張る。

　「すまないね、お客さん！料理の注文できる時間はおわっちまってるんだよ！」

　「す、すみません・・・アーシェラ様。またの機会に、お越しいただけますか？」

　「――――」

　人と関わらずに偏った知識だけで生きていると、思ってもみないところで躓いてしまうものだ――。

　115年の人生にして、ようやくそれを学んだ。