魔法の武器

 早朝。

 まだ日が昇らない内にユーリは目を覚ました。


 朝早く起きるのは苦ではない。子供の頃から、朝早く起きて一人で食事を摂り学校へ登校していた。親が起きるのが遅かった事もあるが、朝のテレビニュースで悲しい事件を見た時に「見たくない」と思った事がきっかけだった。

 どんなに体調が悪くても、落ち込んでいるときでも、不幸な事故、猥雑な不祥事、下品な噂話が目と耳に飛び込んで来る。それを避けるためだった。情報の収集はネットに逃げた。それで学友との話題は乗り切った。

 だが、月日が経つにつれてネットやSNSもニュース、トレンドを取り入れるようになった。見ないように心がけていても、手持無沙汰の時はどうしてもSNSを覗いてしまう。しかし、追われるように仕事に取り組んでいればそれを見なくて済んだ。


 それを考えれば、この中世だか近代初頭のような世界に異世界転生するという事は、それだけで大きくストレスから解放されるのかもしれない。今日までの数日を顧みて、ユーリはそう分析していた。

 

 「――――」


 取り留めなくそんなことを考えながら、金髪の髪を櫛でとかす。昨日までとは違って滑らかな手触りを感じた。しかし、隅々まで触るとまだ少し気になるところがある。特に毛先。早めにトリートメントやコンディショナーのようなものも揃えたいところだ。

 鏡で自分の顔を観察する。色白だが健康的な肌、目にクマもなくコンディションは良好だった。リップを塗った唇も潤っている。


 「でも、ちょっと眉毛の形が気になるなあ」


 肌が白いためか少し血色が悪いようにも見える。こういう時、頬紅だかチークだかを付けるのだろうか。


 「うーん。揃えるのにも、結構かかりそうだったしなー。あ、フランとお金を出し合えって買うのもいいかも」


 後からフランに相談してみよう。


 「――よし!」


 ユーリは声を出して気合を入れた。そうやって寒さを吹き飛ばしてから立ち上がる。

 部屋を出る前に横目で全身を確認。まだまだ気になる部分はあるが、十分に美少女であると思う。

 ――これが、今のユーリに発揮できる最大の可愛さ。100%の上限いっぱいだった。


◆ ◆ ◆


 この2日間、アーシェラははユーリともフランとも会う事はできなかった。昨日は昼のうちに『渡り鳥』に行ってみたのだが、定休日のようだった。

 久しぶりのように感じる二人の顔は、先日よりも少し元気そうに見えた。何らかの形で髪の毛の手入れをしたであろう事を、アーシェラの目は見逃さなかった。


 「休みの日はゆっくり休めたかい?なんだか雰囲気が変わったように見えるけど」

 「え、そうですか?実は洗髪剤を変えたんです。女将さんたちは石鹸で洗っていたので・・・」


 フランがアーシェラの質問に答える。


 (やっぱりね)


 心の中で頷いておく。


 「なるほどね。二日間でこんなに可愛くなって、何があったのかと驚いたよ」

 「――!ア、アーシェラ様、からかわないでください!」


 今度はユーリが顔を赤らめた。どうにもユーリは可愛いと言われる事に慣れていない様に思える。いったいどんな朴念仁に囲まれて育ったのだろうか。それとも、人を褒める事を是としない文化で育ってきたのだろうか。

 とは言っても、アーシェラも最後に可愛いと褒められたのは100年以上前だった。今の「可愛い」は100年以上ぶりの「可愛い」である。


 そのような純朴な少女を試すのは心苦しいが、あまり深く考えている時間もない。相談できる相手でも居れば良かったと思うが。自分にはそんな相手も居なかった。

 ――休みのうちに準備はできた。


 「からかってないよ。ボクは本気で言ってるだけさ。それに、わざわざ嘘を吐く意味なんてないじゃないか」


 言いながら実技の準備を始めていく。


 今日はユーリには杖を持たせていた。彼女には、素手ではなく武器から魔法を放つ練習をさせるつもりだった。

 フランの方は身体強化でもっと重いものを持てるようにしたいと要望があり、それに沿ったプランを立てている。意外と身体強化の魔法との相性が良いようで、突き詰めれば王国の剣士達共対等に渡り合える程の戦士になるかも知れないと思う。


 「でも、なんかくすぐったいです――」

 「それは、すぐに慣れるさ。今のうちに「可愛い」って言われ慣れておくんだね」


 お世辞でもお世辞でなくても、女の子は褒められることに慣れておく方が良いとアーシェラは考えている。そうでなければ、悪い男・・・女である可能性もあるが、にコロっとほだされてしまう。


 ユーリは冒険者にも憧れを持っているようだし、そうなると男性との接触も増えるだろう。酒場での酔っ払いの相手も、そう悪くない経験だと思う。


 (そうだ、これもユーリの成長のためになるかも知れないね)


 そう考えると、アーシェラの気分は少し軽くなったのだった。


◆ ◆ ◆


 「・・・短い」


 杖の先から生えた1㎝程度の水の刃を見て、ユーリは落胆した声を上げた。アーシェラは「まだこんなものだよ。十分さ」とフォローしてくれたが。


 指先から出す刃も、武器を通して出す刃も長さは同じだった。武器から出す方が集中力が居る感じがしたが、アニメや漫画でもよく見かける現象のためか、あまり問題なくできた。

 刃の短さに打ちひしがれてはいるが、高揚する気持ちも同居している。


 「次は雷を、壁の印に向かって撃ってみようか」

 「はい。やってみます」


 杖の先端に付いている小さい宝石を、壁に向ける。身体強化無しだと片手で持つには重いため、両手で構えた。

 意識を集中。

 ――杖の先端に。

 詠唱は要らない。

 イメージするのは雷。

 ――目印に向かって一直線に走る、稲妻。


 バチッ!


 「っ!」


 音を立てて稲妻が走った。


 「・・・外れたぁ。でも――」


 稲妻は大きな丸印から少しずれたところに着弾していた。

 素手でやったときは丸い目印の中には入っていたのだが、コントロールが悪くなったようだ。

 しかし、


 「威力が、上がってる?」


 少しではあるが、素手で放った魔法よりも明らかに威力が高い。これは杖の効果だろうか。


 「うん、その杖はこの国の兵士が一般的に使ってる魔法の杖でね、魔法威力が向上する機能が付与されてるんだ。ちなみにボクが使う杖なんかは、もっと偏った性能になってるけどね」


 魔法の武器。しかも色々な機能を持ったものが、世の中には沢山あるのだろう。中には伝説の武器や名工が作った業物が。

 ユーリは鳥肌が立つのを抑えられなかった。


 (見たい。触りたい。使いたい・・・)


 また再び、ここが異世界である実感が湧いてくる。冒険、お宝、戦い。


 (やっぱり、モンスターとも戦ってみたい・・・)


 もっと修練を積めば危なげなく戦う事もできるように思えるし、今でもこれだけ威力が出るのであれば弱いモンスターなら倒せてしまうかも知れない。それは、人や動物に当ててしまうと大けがをさせてしまうという事でもあるが。


 (――俺は、モンスターに向けて魔法を撃つことができるのか?)


 アーシェラ曰く、自分に危害を加えてくるような生き物と対峙した場合は自己防衛の意識が勝るため問題ない場合が多いとの事だった。とはいえ人によっては難しい場合があるため、ある程度慣れたタイミングで魔法国家の兵士が慣らしをしてくれるそうだ。その兵士は善意から『立候補』した者ばかりなので、怪我をする事は気にしないであげて欲しいと念を押されたが。


 「まあ、その分魔力の消耗も激しくなったりする場合もあるからね。武器を選ぶ際はよく確認するんだよ。キミは剣を使いたいみたいだけど、剣にもいろいろな種類があるからね。時間があるときに武器屋でも冷やかしにいくのもいいんじゃないかな」


 今度覗いてみよう。自分のような小娘が入って邪険にされないか心配ではあるが。

 そんなことを考えながら、ユーリは再度魔法の杖を壁に向けて構えた。

 何事も練習あるのみだ。

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