気持ちの切り替え
「お酒はだめなのかぁ~」
魔法学校の校則に飲酒禁止がある事を知ったユーリは、自室で昨日に引き続き文字の勉強に取り組もうとしていた。
本日は学校だけでなく酒場も休業日だった。
朝からラケシスも友人の家に遊びに行っている。テレビやゲームなどの娯楽がないためか、子供は外で遊んだり人形遊びやアナログゲームをしているようだ。
早いところ文字を覚え終わり、魔法や剣術などのレベルアップに集中したい。ユーリはそう考えていた。
冒険者になるかどうかはわからないが、折角異世界に来たのだ。モンスターと戦ったり宝を探したりといった事をしてみたい。
その為には戦闘能力を高めることが必須だろう。力を付ければ出来る事は必ず増える。
――誰かを救ったり、助けたりする事も出来るかも知れない。
この国の言語体系はほぼ日本語に近く覚えやすいためか、勉強で感じるストレスは幸いにも低い。そのせいか毎日でも続ける事ができた。
コン、コン。
その時、部屋の扉がノックされた。
「どうぞ」と返すとフランが顔を覗かせる。
「ユーリちゃん、またお勉強?」
「うん、この国の早く文字を覚えたくて」
言いながらユーリは椅子に座ったままフランの方を振り向く。すると、フランは少し怒った顔をして言った。
「ユーリちゃん・・・足」
ユーリは大きく足を開いていた。
それを指摘しているのだ。どうにも、フランは仕草に厳しいところがある。今ユーリはセーラー服を着ており、スカートの丈は一番下まで下ろしているので、足を開いても下着が見えるようなことは無いのだが。
ゆっくりと脚を閉じると、フランの怒気が消えていった。
こういうところも、慣れていかないといけないのだろう。
「ねえ、ユーリちゃん。ひと段落したらお買い物にいかない?お洋服とかを見たくって」
フランが外出の提案をしてきた。要件はそれだったようだ。ユーリとしては、服を買いに行く時に誰かを誘う感覚が良く分からなかったが。
一瞬断ろうかとユーリは考えを巡らせたが、シャンプーが欲しかった事を思い出す。下着もだ。
「うん、いいよ。じゃあ少し待ってて」
顔を綻ばせるフランが部屋から出ていくのを見送ってから、ユーリは再び机に向かった。
――早く終わらせよう。
□ □ □
モーリアスの東側は雑貨屋から果物屋、服屋やおもちゃ屋などが立ち並ぶ区画となっており、生活必需品から娯楽品を購入することができる。現実世界のデパートのような機能をしていた。人通りも多い。
人ごみを避けながらユーリとフランは進んでいく。
ユーリはセーラー服のままだが、フランは魔法学校の制服を着ている。昼でも外の空気は冷えているため、二人とも学校支給のコートを着込んでいた。
店外から外を覗き、派出すぎず地味すぎずな服を扱っている店に入る。ユーリもフランもオシャレ初心者である。予算も多くないためヘビロテできる物を購入したいと考えていた。
なお、ユーリは服を購入する余裕はまだない。暫くはセーラー服を普段着として生活する必要があった。
フランはこの街に来る前に貯めていた小遣いと合わせ、上下の服を購入する予定との事だった。
「これ、かわいい。――でも、値段が・・・」
「うわ、一桁多いね・・・」
まずは値段で足切りしていく。店員は声をかけてくるわけでもなく、時折こちらをチラ見するだけに留まっていた。
そして一通りの服を見終わった後、
「うーん。このどっちか、かな」
フランは購入候補を二種類に絞ったようだった。
予算のせいで殆ど選択肢はなかったが、フランが選んだのは少し丈の短い可愛らしいシャツと、地味な薄茶色のセーターだ。
ユーリ個人の印象では、シャツの方が可愛らしいと思う。フランに似合う気がする。
店員に声を掛けてフランが試着をしている間、ユーリは改めて店内を見回した。
元の世界ではTシャツ、パーカー、ジーパンで年中を過ごしていたユーリには、女性の服は物珍しかった。種類も豊富で見ていて飽きない。
中にはどちらが前か後ろか分からない服もあった。
元の世界と比べると種類豊富とはいえないが、この世界の住人はファッションにも重きを置いているようだ。オシャレが魔法に影響するというアーシェラの仮定も、あながち間違いではないのかも知れない。
「パーカーとか、タートルネックもあるんだなぁ」
中世のような街並みに、現代日本で見られるような服を着ている者が居るのは少し違和感があったが、そのおかげでセーラー服のユーリが混ざっても違和感が薄れていた。
□ □ □
「これ、かわいいな。でも、私には似合わないか。――アーシェラ様なら似合いそうだけど」
ユーリがスカートを手に取っていると、着替えを終わらせたフランが試着室から出てきた。丈の短いシャツを着ているが、胸が大きいせいで服のシルエットが大きく損なわれていた。丈が短いせいで、腹部から肌着がちらついている。
店員が服に合わせて持ってきたスカートは良く似合っていたが。
「・・・」
「・・・」
無言の反応を見せるユーリに、フランも無言で返した。自分で鏡を見た段階でこれは無いと思っていたのだろう。再び試着室へ戻っていった。
一定以上胸が大きいと着ることが出来る服が減る。というのはユーリも聞いたことがあったが、それを目にしたのは初めてだった。
(この身体なら、そんな事はなさそうだけど)
自分が着るとしたらどんなものが似合うだろう。
――可愛い系?キレイ系?
そんな事を考えながら、再びフランの試着が終わるのを待った。
「あ、これはファンタジーっぽい」
マフラーやストールがディスプレイされた一角。ポンチョやケープマントといった「装備品」的な物が目についた。
「――たかっ」
かなりいい値段がする事に驚いてしまう。
ストールといえば、職場の冷房は冷えすぎだとぼやく女性社員がストールを使っていた事を思い出した。ユーリは暑がりのだったため、冷房温度を下げる方の派閥だったが。
そうこうしている内に、薄茶色のセーターに着替えたフランが戻ってきた。
「・・・どうかな?」
「うん。いいんじゃ、ないかな?」
若干地味ではあるが、シルエットは崩れていない。一点気になるところがあるとすれば。
「で、でも、胸が・・・ちょっと」
セーターが身体に密着し、身体のラインを浮き上がらせるために胸が強調されすぎている。それは街を歩いていて男性の視線を釘付けにしてしまうだろう。フランの性格上、それは好ましくない。
巨乳というだけでこれだけ制限されてしまうものなのか。とユーリが思った矢先、先ほど見ていたマフラーやストールのコーナーが目に入った。
「あ、これを使ったらどうかな?」
大き目のストールを手に取ってフランに渡す。これも地味だが値段はリーズナブルだ。胸を隠す事もできる。
「これなら、予算的にも大丈夫そう。ありがとう、ユーリちゃん」
安心した表情をフランが見せる。再度着替えようとしたところ、店員にそのままでも良いと告げられ会計だけ済ます。「ここで装備していくかい?」というヤツだろうか。そういえば、魔力の込められた『防具』は見当たらなかった。
冒険者通りの方には『防具屋』があった事を思い出す。
「ありがとうね、ユーリちゃん」
店から出た時、フランが再度ユーリに礼を言った。少しこそばゆい感じがしたが、悪い気はしなかった。
今度自分の服を買うときは、フランにもアドバイスを貰おう。
そう心に決めながら、次の見せに向かった。
□ □ □
「・・・・・・」
下着、パンツ、ショーツ、ブラジャー。それから更に細分された種類の名前を、ユーリは生まれて初めて知った。その中ではビスチェとTバックのみ聞いた事があった。ゲームでの知識だった。
初めて下着を購入する。という事を店員に説明したのだが、怒涛の説明に頭が付いてこずに頭がショートする。
とりあえずは最もオーソドックスなタイプを選択し、その中から眺めることにした。
(こんなに種類があるとは・・・)
色もとりどりで形も様々、可愛いものからセクシーなもの、機能的なものまで並んでいる。見ているだけで謎の気恥ずかしさを感じてしまう。
「あ、これなら――」
「ユーリちゃん、他にも可愛いのがあるよ」
「お客様、こちらなどどうでしょう?」
可愛らしさのカケラもない、スポーツタイプのもの。それを選ぼうとすると、フランと店員にもっと可愛いのを選んでみてはと再提案された。ちなみにフランはサイズ的な問題で選択肢がほぼなかったため、購入まで完了している。
「うぅ・・・」
リボンが付いた水色のパンツを手に取りながら、自分は何をしているのかとユーリは自問自答していた。
「あれ、ユーリっちとフラっちじゃん!」
後ろから声を掛けられ振り向くと、ミッチ、ジェシー、プリシラのギャル三人娘だった。
「お、かわいーねー、それ。買うのー?」
「い、いやー・・・どうしようかなって悩んでて」
「わかるー、悩むよねー」
などと言いながら、自分たちも下着を物色し始める。
「これやばくないー?アガるー」
「ねえ、みてこれ!エロくね?」
「これとかミッチに似合うんじゃない?」
と盛り上がる三人を尻目にユーリはシンプルな白のブラジャーを見つめた。なかなか好みのデザインだと思ったが、値段が想定より一桁多く、目玉が飛び出そうになった。
その後も色々と見てみたが、決めきることができなかった。今日はダメだ。また今度、買いに来よう。
「な、なやんじゃって、きょうはきめられなさそうだから――」
「うん、そうだよね。いっぱい悩んで、自分に似合うのを買いたいもんねっ」
フランの考える悩みと、自分の考える悩みは別物だと思うが。
「あ、二人とも帰るの?またガッコでねー」
「またねー」
「ばいばーい」
ユーリはフランを連れて店の外に出る際、ギャルたちに挨拶を返す。
外は日が昇り、気温も少し暖かくなっていた。もう昼食の時間は大きく過ぎている様子で、3、4時間以上は買い物をしていたことになる。
実際のところ、ユーリはシャンプー以外何も購入していない。
それでも、何故だか――
「楽しかったね」
「うん」
そう、とても楽しいと感じた。
昨日から続いていた胸に何かつっかえたような感覚は、いつの間にか無くなっていた。
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