転生

 舗装されていない道、木造の建物、石垣の壁。


 まだ薄暗い世界は冷たい空気と静けさで包まれていた。遠くから、人の声が小さく響いてくるが人の姿は見えない。

 いや、あたりを見回すと一つの人影がこちらに向かってきていた。何やら呂律が回らない調子の声色と、左右にふらついていることから酔っ払いであることがわかる。


 自宅の周りは住宅街であり、こんな朝方に酔っ払いを見かけることはない。よく見ると、一つに見えた人影は酔っ払いの女性とそれに肩を貸す女性の二人組だった。年のころは20台中盤から後半だろうか。


 「あれー?こんな時間になにしてんのぉ~?」


 酒瓶を片手に持った酔っ払いの女性が、自分を見て声をかけてきた。

 「見ての通り出勤する途中です」ただそれだけの事を返答をすることができなかった。彼女たちの出で立ちに驚いてしまっていたからだ。


 酔っ払いの女性はフード付きの外套を着こんでおり、それを介抱する女性も金属製の鎧を着こんでいた。まるで、RPGにでてくる魔法使いと戦士のような。


 「こら!リサ、いきなり人に絡むんじゃないよ、びっくりしてるでしょ」


 言い淀んでいると戦士風の女性が、酔っ払いの女性を窘める。


 (コスプレ?)


 こんな朝方から酔っ払ってコスプレで街中を闊歩するような事があるだろうか。それに、外套も鎧も使い込まれており、コスプレのような違和感がない。ファンタジー映画のメイキングを見ているような印象という評価がしっくりくる。

 だが、それもありえない。こんな早朝にこんな場所で。


 「べつに...いいでしょ~!でもなんかかわった格好ね~!旅行者さん?」

 「やめなさいって!」


 口論のようになり、二人の声が次第に大きくなる。

 割って入ろうと思ったその時、向かいの建物から一人の女性が出てきた。


 「うるさいと思ったらやっぱりリサさんかい!朝から酔っぱらってるんじゃないよ」


 エプロンを掛けた恰幅の良い女性で、片手に手鏡を持っている。口紅が下半分しか塗られておらず、化粧の途中だったようだ。


 「女将さんじゃん~!でも違いますー。朝からじゃなくて朝まで飲んでるんです~」

 「はぁ、どっちでもいいよ。さっさと宿に帰ってクソして寝な。酔っ払いは寝る時間だよ」

 「なにおー!わたしを誰だとおもってんの!大魔法使いのリサ様よ!」


 (魔法使い?)


 三人の女性に気おされていたが、『魔法使い』という単語に意識が反応する。


 「何が大魔法使いだい。大酒飲みの間違いだろ」

 「なんですって!じゃあみせてやりましょーか!」


 リサが目を閉じ、ゆっくりと右手を上げたその刹那。ベキッという鈍い音を立てて、戦士風の女性の右拳がリサの右頬を打ち抜いていた。足から腰、腕から拳へと力を乗せた完璧な一撃。

 とても痛そうだった。


 「いっったぁああ!なにすんの!マナ!」

 「それはこっちのセリフ!街中でそんな魔法使ったら牢屋行きでしょ!」


 マナと呼ばれた女性は、地面に倒れているリサを担ぎ上げるとこちらに向き直った。


 「ごめんね。この子、かわいいコを見るとすぐに絡んじゃうんだよね」


 そう言って頭を下げると、それじゃあと女将にも手を振って歩いていく。リサがジタバタともがきながら何かを言っていたが、よく聞き取れなかった。

 呆気に取られていると、女将がこちらに近づいてきた。


 「驚いたでしょう。でも、悪い娘じゃないから、気を悪くしないでくれよね」

 「あ、いえ」


 声を出したが思わず上ずってしまったようで、甲高い声が出る。裏声になってしまったようだ。息を吐き、呼吸を整える。


 「ところで、アンタは旅行者さんかい?でも、こんな時間に若い女の娘が一人で出歩くのは感心しないね」

 「え?」


 若い娘とはどういう意味だろうか。今の自分は髪は伸びているかも知れないが、間違っても若い娘に見えるようなことはない。


 「いや、この街は人の出入りも多いし冒険者も多いからね。ならず者っていうか浮浪者だっているんだよ」

 「待ってください。でも――」


 そこまで言って、止める。先ほどとは違って今度は普通に声を出したはずだ。なのに、何故こんな高い声が出るのだろう。これではまるで。


 (女の声じゃないか)


 女将は次の言葉を待っているようで、こちらを見つめている。

 冷たい風が吹きつけると、なびいた髪の毛が視界に入った。金色の髪の毛が。

 背筋に冷たいものが走る。


 「どうかしたのかい?」


 女将の持っている手鏡が視界に入った。


 「あの...急なお願いで申し訳ないんですが...その、手鏡を貸してもらってもいいでしょうか?」

 「ん?いいけど、別になんにも変なところはないよ。べっぴんさんだよ」


 ――べっぴんさん。


 女将は明るく笑いながら手鏡を手渡してくる。


 手鏡を受け取りながら、初めて自分の服装が朝着込んだものと全く違うことに気づいた。マスクが無い事にも気付く。

 視界の中には茶色いコートとそこから覗く黒い袖、コートの胸の部分は少し空いていてそこから赤いリボンが結ばれている。足元は革靴だと思うが、何故か胸あたりの隆起で足首辺りは見えなかった。

 下半身はズボンではなく心もとない布地になっていて、冷たい風がなにも身に着けていない太ももを冷やし続けている。


 先ほどから手が震えるが、それは寒さからではない。


 手鏡で自分の顔を映す。

 そこには――


 金髪碧眼の美少女が映り込んでいた。

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