39 今後の方針
「本題というのは、ギルドカードのことかい?」
ダインは隣に座るボクを見て、コクリと頷く。
「ああ。ギルドカードを管理しているところに問い合わせてきた」
「どういう理由だったんだい?」
「それが、まだ原因は分かってないらしい。ただ、これを解決する方法があると聞いた」
そういうとダインは立ち上がり、彼が普段仕事をしているであろう机へ歩いてく。
机に備え付けられた引き出しから、B五サイズの折られた紙を出す。
それを机に広げると、手でボク等を招く。
ソファから立って、彼の机の上を覗き込むと、その紙が地図であったことが分かった。
地図には大陸が大きく描かれており、その形はユーラシア大陸に近く、不格好なダイヤモンドのように見えた。
ダインは不格好なダイヤモンドの西、ウクライナ辺りを指差して言う。
「ここがダアクック。ここからずっと東に行くと、聖都アルガルムっつう街がある。ここにあるグラニットの石碑に触れて、直接自身の情報を登録することで、解決するらしい」
ダインはアルガルムという街を指しながら説明する。
彼はずっと東と言葉で説明したが、地図で見るとほとんど東の端。
ダアクックの位置は西の端。
つまり、これは。
「大陸をほぼ横断することになるんだね。ギルドカードを登録するのに」
「他に方法はねえのか聞いたんだがなぁ。どうやらないみたいだ」
「中々、過酷なことを要求されているんだね。……ギルドカード、やっぱり登録しないっていうのは駄目かな?」
腕を組んで悩んでいるように見せる。
理解できる、と言うように彼も困った顔で笑う。
「まあ、そう思うよな。でも、あちらさん的にはちゃんと登録して欲しい様子だったぜ。あったら便利だしな」
「そうだろうけど、手間がね……」
するとダインは「バン」と肩を叩いた。
「心配すんな、ギルドの責任だからこっちでフォローする。資金面とか、各街にいる英雄にお前のことを共有したりと、色々な」
ボクがそういう反応を見せるのは予想できていたようだ。
事前に色々と根回しをしてくれていたらしい。
これほど良くてくれて断るのは、流石に申し訳ない。
「そんなに手厚くしてもらえるなら、うん。行った方が得そうだね」にっこりと笑う。
「そうそう。それにアンちゃん、色んな風景なり、世界が見たいんだろう? タダで旅ができると思って、気兼ねなく行ってくると良いさ」
ダインも笑う。
ボクがこの件を了承してくたことに、安心しているように見えた。
「なあ、ダイン。行くのが決まったのは良いとしてよ。おっさんは迷わず行けると思うか? 途中迷ったりしないか?」フェリーは地図をじっと見ながら言う。
「別に道なき道を進むわけじゃない。ある程度ちゃんとした道があるから、まず迷うことはないと思うぜ。それに、三つの街がある。ダアクックを出て道なりにガナグリ、スレイブ、フフラムの順にな」
街があるところに印を付けながら説明してくれるダイン。
「スレイブも通るのか。オレ、その街に用があるから、おっさんとは道中一緒だ。良かったぁ、一人は心細かったから」
「まだ人見知りは治ってないのかい? もう慣れただろう?」
「関係ないよ。仲が良い奴と別れるのは、誰だって寂しいし、心細い」
彼の顔が幼く見えた。
フェンリルと普段強がっているが、心はまだ高校生。
まだ大人が見守ってあげなくてはいけない時期の青年なのだ。
仲の良い友人の距離感で接するから、時折それを忘れそうになる。
「私の村、ここ」
シルワアはダアクックとガナグリと呼ばれる街の間を指差す。
「ここまで、案内」
「あ、そうか。シルワアとはここでお別れなのか……マジか、想像してなかった」
「元々シルワアとは、街の案内までの約束だったのにね。ここまで付き合わせてしまった。感謝してもしきれないよ、ボク達」
「……」
シルワアはしばらく沈黙すると、こちらに手を差し伸べてくる。
ボクとフェリーは感謝を込めて、握手した。
「違う」
「え?」
「違うって、何がだ?」
ボクとフェリーは、見合ってきょとんとする。
「宿代、全部私。二人、払って」
「え、あ、あー。そうか、そうだったね、言われてみれば」
これまでボクとフェリーが泊まっていた宿代は、全て彼女の資金が元になっている。
ボクは異世界に来たばかりであったし、フェリーは文明に一切関与していなかったので、金銭というものを持っているはずがない。
「ちょっと待ってね……ボク、財布どこに仕舞ったかなぁ?」
忘れていた訳ではない。
少女に宿代を払わせておいて返さないなんて、性根の腐ったことはしないとも。
ただ、果たして自分にその現物があるか、どうか。
そこか問題だ。
「ああ、そうか。そもそも自分、ギルドカード持ってないから依頼料を貰えてないのか……」
「おっさんは素寒貧だろうが。オレが出すよ、いくら?」
「金貨五枚、銀貨七枚、銅貨三枚、鉄貨六枚」
「細かいなぁ……ええと、金貨が一万円換算で……ああ、そもそも金貨どころか銀貨も持ってねえや。この前買い食いで使っちゃった……」
「……」
重く、そして情けない沈黙が三人の間に流れていた。
先程まで互いの関係値を振り返り、友情を分かち合うような彼女の手が、今は情けない大人に呆れるような、それでいて借金を取り立てるヤクザのような、そんな威圧感が感じられる手に見えた。
決してそんなことは言ってないし、無表情だから感情は読み取れないのだけれど。
「しょうがねえな。ここは俺が出してやるよ」
ダインがお金を出そうとすると「駄目」とシルワアが止める。
「どうしてだ?」
「二人、社会の厳しさ、知らな過ぎ。学ぶ機会、必要」
「だが、困るだろう? それなりの額だし、子供にこれは大金だ」
「「あ」」
「なんだ、アンちゃん達、その『あ』ってのは?」
チーン。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
ダインの金的に、シルワアの抉るような蹴りが入る。
彼女の精密な射撃技術は、蹴りにも応用が効くらしい。
そのくらいにクリティカルな一撃だった。
「子供違う」
「いや、あの、あのな、く、ふ、触れた瞬間大爆発じゃねえかよ!!」
「ガソリン並みに引火点低いからな」腕を組む、経験者フェリー。
「火が付いた瞬間に爆発だからね」未経験者のボク。
「な、るほど。そいつはとんだトラップだ」
金的の痛みを紛らわすように摩りながら、小鹿のようにガクガクと立つダインは、机に寄り掛かる。それでやっと立ってられるみたいだ。
見ているこっちが痛くなってくる。
「お金はボクとフェリーがなんとか用意するよ。ダインには、なんというか、悪いからな」
「あ、ああ、うんホント、そうしてくれ。今俺、別の金がないから。玉、潰れてないよな?」
彼はズボンの中を確認する。
玉を潰した本人はというと、テーブルの上に散らかってた食器を片付け、帰る支度を始めていた。
ダインには全く無関心である。
「じゃあ……ボク等も、そろそろ退散するか」
「そう……だな、もう要件も終わったと思うし」
激痛に悶えるダインを、このまま放っておいて良いものかと迷いながらも、退散の準備をしようとする。
するとか細い声で「ちょい、待ってくれ」と声がする。
「まだ、お前等に話しておきたい、というか、頼みたいことがあるんだ」
「頼みたいこと?」
「ああ、長くはならない。手短に話す」
ダインは本棚の方へ歩く。
目線の先には壁に立て掛けられた金属製の棒。
鉄パイプのような形状だが、延長が可能そうな継ぎ目が見える。どこかキャンプで使うテントを建てる部品のように見える。
それを掴むと、ダインはボクの方へと投げる。
「コイツはアンテナだ」
「アンテナ? 電波を受信する?」
「よく知ってるな。結構最新のアイテムなんだが。まあ、良い。コイツを隣街のガナグリに向かう道中、建てて欲しいんだ」
中世のような世界かと思ったら、随分と時代が進む。
「無線機っつう遠隔で会話ができるカラクリがあるんだが、どうも上手く動かなくてな。隣街にも繋がらなくなっているのを見るに、ダアクックとガナグリ間にあるアンテナに問題が起きているのが考えられる。だから、ガナグリに行くアンちゃんに不具合を取り除いて欲しいってな」
「これを組み立てて、置けば良いのか?」
「多分木の柱が立ってるから、良い感じに括り付けてくれれば良い。それに、バウアーとセシアも付ける。詳しいことは二人に聞け……」
「分かった。それくらいの頼みなら引き受けるよ」
椅子や机みたいな家具なら直したことはある。
アンテナは流石に経験がないが、きっとできるだろう。
断る理由はない。
……まあ、仮に理由があったとしても、引き受けただろう。
彼の冷や汗ダラダラで顔面蒼白な様子を見て、そして、その原因が友人であるシルワアの強制性転換キックによるものだとしたら、断るなんてこと絶対に無理だ。
非があるなら、正さなくてはならないのだ。自分に刻まれた善意が、そう言う。
自分にインストールされた善意が、まさかこんなところで機能するとは、思いもしなかった。
やがて、この食事会は解散となった。
ダインは「女になってないか、確認してくる」と言って、部屋を出ていってしまった。
彼が部屋を出ていくのを見送った後、無言でボクとフェリーは金的を潰した犯人を見る。
「ちょっと……やり過ぎた」
ダインが出ていった扉をじっと見ながら、シルワアは呟いた。
とても申し訳なさそうな無表情で、呟いた。
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