34 賢い稼ぎ方
「ゴブリンの掃討は完了しました。お疲れ様です、三人とも」
「や、やっと終わったかああああ!!」
ボクは疲れて地面に座る。
しっとりと水分を含んだ苔の地面に尻をつけたから、ズボンが少し濡れる。
不快感はあったが、疲労感がそれに勝って気にならない。
竜のゴブリンを倒して終わりかと思ったが、そうではなかった。
今回の依頼はゴブリンの駆除。要するに全滅だ。
たとえ厄介な相手を倒したとしても、依頼は完了じゃない。
竜退治の後もゴブリンの駆除を続けて日を跨ぎ、現在次の日の昼間である。
「流石に次の日になるとは思ってなかったぞ」地面に寝そべりながら言うフェリー。
「こうなることも想定していたので、食事を準備しておいて良かったです」
セシアちゃんはポーチの中身を整理しながら言う。
竜を真似したゴブリンが出たときは、想定外だったせいでパニックになっていたが、その他の準備や計画は周到だった。
彼女の追い込む作戦は、一度では駆逐できなかったが、繰り返しすることで手分けしてやるよりも早く済んだと思われる。
ボクはセシアちゃんに感謝する。
「セシアちゃんの準備が良くて、本当に助かったよ」
「いえいえ、以前似たような経験をしたので対応できただけです。決して臨機応変で動いた訳ではなく、計画的に、です」
フェリーを見ながら言う。
彼の無鉄砲で考え無しの行動に物申すように。
「ごめんよ、オレが悪かったって!」
彼も申し訳なさとセシアちゃんの鋭い視線を恐れて、手を合わせ、謝罪する。
「いえ、フェリーさんだけのせいではないです。私もどうしてゴブリンが発生したのかを考えておくべきでした。それと、シルワアさんの食べる量についても。まさか、二日分を夕食にペロリとは……」
どうやら、彼女の目は彼を責めるものではなく、自身の反省と改善点を考察するものだったらしい。
もし彼女と依頼をすることがあったなら、きっとフェリーの無鉄砲さを考慮したプランを考えて持ってくるのだろう。
彼女は臨機応変が嫌いなのだから。
「私はこれから報告書等を書かなくてはならないので、先に失礼します。ついでにギルドに依頼達成の報告をしておきますので、ギルドにちゃんと寄って、報酬を受け取ってください」
そそくさと立ち去っていくセシアちゃん。
彼女の頭には正確な時計とスケジュールがあって、それに従って動いているに違いない。
そういう勤勉さが、彼女の動きから見て取れる。
それに疲れたボクを気にしている素振りもあった。
ボクの体はそれほど鍛えていた訳ではないので、依頼の最中、腰や足の痛みを何度か訴えていた。
今は普通に立っているが、少し前までは微塵も立てなかった。
それで彼女に気を遣わせてしまったのだろう。
自分を情けなく思う。
体はやはり鍛えた方が良いようだ。
走ってすぐに息切れをしない程度には。
他三人を見る。
フェリーは犬のように寝転び、シルワアは弓の手入れをしている。
カスミはというと、何やら袋を自分の体に括り付けていた。
「カスミ、それは何だ?」
「ああ、これか? ゴブリンの耳だ」
「耳?」
彼女はボクに袋を突き出す。
中を見ると耳の形をした葉っぱが大量に入っていた。
ゴブリンは動物の耳に該当する部分に、多肉植物のような葉を生やす。
太陽光を浴びる為と、栄養を溜め込む為らしい。
「こんなに集めてどうするんだ?」
「売るのさ。食用として」
「美味しいのかい?」
「食えなくはないが、美味しくもないらしいな。私は食ったことがないけど」
「そりゃ共食いになるからね……こんなゲテモノ、売れるのか? 見た目最悪だぞ」
フェリーとシルワアも、うんうんと頷く。
確かに多肉植物の葉の質感だし、その言葉だけ聞けばアロエみたいなものを想像するかもしれない。
しかし実際に見てみると、かなり造形がしっかりした生々しい耳である。
「確かにこのままじゃ売れない。だが、一工夫するのさ」
「一工夫?」
「こんな風にな」
カスミの体がうねうねと動き始める。
カカシの姿が徐々に崩れていき、変形を始めた。
体を支えていた棒は二つに割れて二本足に。腕に当たる真っ直ぐな棒はバキッと折れて関節になる。
被った帽子は解けて髪のように、まん丸の顔はシュッとした輪郭になる。
着ていた服も下の方へと伸び、女性に似合うようなスカートへと変わると、そこには若々しくも美しい女性が立っていた。
「え、誰?」
「目の前で見てたろう」
凛とした瞳は呆れたようにこちらを見る。
けれどそう言ってしまうのは仕方がないことだ。
なぜなら、彼女の肌の質感、黒い髪、瞳の潤みまで、人そのものだったからだ。
先程まで狩っていたゴブリン達は、植物の蔓を編んだ人形のようだった。カカシの彼女もそれに近い姿だった。
だが、目の前にいるカスミは、頭にリボンのように生えた子葉と葉っぱの耳を除けば人間そのものだ。
「お前、本当にゴブリンか?」
「そうだが?」
「ゴブリンに化けた人ではなく?」
「ああ。そうだ」
「あまりにもクオリティが違うだろ。一体どういうことだ?」
「一週間で大まかな骨格や生態をコピーできるゴブリンという生き物が、何ヶ月、何年、何十年と同じものを見てきたら、お前はどうなると思う?」
「……なるほど。より本物そっくりになる、ということか」
「そうだ」
つまり竜やリスのゴブリンと、カスミの違いというのは、情報量の差にある訳か。
ゴブリンの生態上、模倣する為の芽はすぐに枯れてしまうものだけれど、もし枯れなかったら、ドッペルゲンガーのような存在になっていたかもしれないということだ。
その仮説を、彼女は証明したのだ。
ボクはその在り方に、親近感を覚えた。
自分がスワンプマンだから。
誰かの影法師、泥の人形、模倣した存在。
似た者同士だと無意識に感じていたのかもしれない。
だから出会って早々、ボクはタメ口で話していたのかもしれない。
「そういえばさ」フェリーが口を開く。
「カスミのその姿、誰の真似っこなんだ?」
「あ、確かに」
言われてみればそうだ。
この女性のオリジナルというのは、一体誰なんだろうか。
かなりの別嬪さんだ。
綺麗な黒髪に、シャープな輪郭。
凛として強い意志を持っていそうな瞳。
スラッとした体つき。
街中ですれ違っただけでも印象に残るくらいに目立つ女性だとも。
一体誰なのだろうか?
「何言ってんだ。お前等も知ってるだろうに」
自分に指を指して言う。
はて? 一体誰だろう。
「チヨ・リーフ。この体はあのババアの若い頃の姿さ」
「え?」「は?」
「えええええええええええええーーーーー⁉」
「はああああああああああああーーーーー⁉」
「おー」
衝撃の正体に思わず叫んでしまう。
「あの婆さん、こんなに美人だったのかよ……あり得ねえ……」
カスミの周りをグルグル回って見るフェリー。どうしても信じられないという様子だ。
フェリーは「あり得ない」と叫んだが、ボクからすれば「言われてみれば確かに」と納得してしまう。
自信に満ちた態度、セシアちゃんやボクに対して見せた、見下しているようで気遣う優しさ。
どこかで見覚えを感じていて、喉につっかえた小骨のようでもどかしかった。
それが今、すっきりした。
「で、どう稼ぐ」
シルワアは正体なんてどうでもいいと一蹴するように話題を戻す。
それ以上に、ゴブリンの耳でどう稼ぐのかが気になって仕方がないようだ。
カスミは説明する為か、袋からゴブリンの耳を出す。
それと同時に服のポケットから何かを出した。
出てきたのは、ナイフと木を彫って作られた葉っぱのオブジェだった。
「これは?」葉っぱのオブジェを指差して尋ねるシルワア。
「私の耳の模型だ。多少デフォルメされてるがな」
「何、使う?」
「こいつを見ながら取って来た耳をナイフで加工するのさ」
慣れた手つきでスパスパとナイフで葉っぱを切り、形を調整していく。
やがて、模型とそっくりの耳が完成した。
「こうやって全部の耳を加工したら市場でマット敷いて売り出すのさ。すると高く売れる」
「どれくらい?」
「ひとつ、銀貨二枚くらいか?」
「すごい!」
今週一番の声が出るシルワア。
表情も今まで見た中で一番かもしれない。
「だろう?」その様子が嬉しかったのか、カスミの表情が明るくなる。
彼女の様子を見るに、よほど破格の値段なのが伺える。
それがどれほどのものか、ゴブリンの耳の原価を知らないボクとフェリーは分からない。
若者の流行りに乗れないが故に感じる、身勝手な疎外感に似た感覚を、異世界転生・転移組のボク達は感じていた。
「シルワア、ゴブリンの耳って本来どれくらいで売れるんだ?」
流行りを知る為に、若者の彼女に尋ねる。
「鉄貨二枚」
「鉄貨ってことは……大体日本円で二〇円で……銀貨が一枚千円ほどだから二千円か。随分と増えたな、おい。百倍じゃねえか。どんな魔法使ったんだよ」フェリーは言う。
「簡単な話さ。ゴブリンで美人な私が、自分の耳を模ったものを売ったら、どうなると思う?」
「あー……そういうこと。一定のファンがいるのね。狡いな、お前」
感心半分、呆れ半分で彼はカスミを見た。
自分は美人であり、価値があるということを自覚しているのだ。
そんな彼女の耳を模って作ったものを売る。
確かに凄いが再現性が難しい、彼女だけの商売と言えるだろう。
「私はこいつを売ってくるから、お前等は勝手に帰ってろ。じゃあな」
袋を担ぐと、カスミもセシアちゃん同様、一人で行ってしまった。
残されるボク等。
自分達もそろそろ出発しようとするが、シルワアは眉間に皺をよせ、何かを考えているようだった。
「どうしたんだい?」
「なぜ、売れる、耳?」
どうやらカスミの説明に納得できていないようだ。
「ナイフ削ったら、可食部、減る」
そうか。彼女は耳を食べ物として見ているのか。
ゴブリンの耳を食べ物として見ているから、彼女はカスミの商売のロジックが分からない。
ある意味、純粋と言えるだろう。
「シスイ」
「ん? なんだい?」
「カスミ、売ってるの、見たい」
よほど興味があるのだろう。
目をキラキラさせながら言う。
駄目と言う理由は特にない。
それにボクは、そういう目に弱いんだ。
「いいよ。じゃあ、彼女の後をつけてみよう」
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