33 隠し機能

「ようし、先手必勝! 寝込みを襲うってのは、狩りの常套手段よ!」


 意気揚々と森から飛び出すフェリー。

 その彼を引き留めようと追いかけるシルワア。


「分かる。でも、相手よく見ない、駄目」


「任せろって。こちとら一〇〇年狩りをしてきた大ベテランだぞ?」


(なんだか、既視感ね……)


 そう言って、全く聞く耳を持たない様子に呆れ返った顔をして「ああ、そう」と説得を諦めるのが見えた。

 フェリーは二足歩行から姿勢を低くし、四足歩行へ。

 人型から狼の姿へと変わる。


 その姿になると身軽さは二割以上増し、倒木の合間を蛇のようにすり抜けていく。

 倒れている木々を飛び越えて、遂に竜の前に辿り着いた。

 竜も彼に気づいて、丸めた体を起こす。

 警戒しているのか、頭に生えたトサカ立てて威嚇する。


「なるほど。そっちもやる気って訳か。良いぜ、受けて立つぜ!」


 飛び掛かろと姿勢を低くし、地面を強く蹴る。

 フェリーは一気に五メートル程高く跳躍し、そして……。


「マジックハンド」


「ぶへぇしっ!!」


 地面に叩きつけられる。


「何すんじゃい!」


 眉間に皺を寄せて、尻尾を握るボクを見る。

 だがそれは、こちらが言いたい。


「何単身で突っ込んでんだ、お前! 森の主のトラウマがフラッシュバックしたぞ!」


「え? でも相手はゴブリンだぞ? 葉っぱの人形だぞ? 負ける要素ないじゃないか」


「それは少し早計かと」


 セシアちゃんが後から追いつく。


「確かに本物の竜と比較したら脅威の度合いは劣るかもしれませんが、痛覚や恐怖心がない分、狂暴性は彼等の方が上です。ですので、しっかりとした弱点を見定めなくてはいけません」


「弱点って?」フェリーは尋ねる。


「視覚を担ってる芽と、体のどこかにある球根のような部位です。そこで栄養や体を動かすエネルギーを溜め込んでいるので。そこさえ切り離せればただの枝の集合体に成り下がります」


 ふむふむと腕を組んで話を聞く彼。

 その隣でシルワアも興味深そうに聞いていた。

 ひとしきり説明を聞いたフェリーは口を開く。


「分かったぜ、話はよ。それで作戦はあるのか?」


「まずあの竜を私の魔術で凍らせます」


「燃やすじゃ駄目なのか?」


「私達の所在が分からない状態であれば、それも構わなかったのですが、バレてしまった場合、得策ではないかと。痛覚がないので火には怯みませんし、火だるまになった巨体が襲ってくることになるので、危険度が高くなると考えました」


「確かにそれもそうだな……」納得して頷く。


「なので凍らせて動きを鈍くしてから、カスミの目で弱点を探し出し、見つかり次第、重点的にその箇所を攻撃して倒す。多少アドリブは入るでしょうが、大まかな流れはこうなるかと」


「オレはどうすれば良い? 攻撃してれば良いのか?」


「できる限り相手を引きつけるようにお願いします」


 話が終わってすぐ、フェリーは龍に駆け出していた。

 その様は興奮した狼のようだ。

 以前も似たようなことがあった。


 それはボクとシルワアで森を歩いていたときのことだ。

 大きい鹿をシルワアが見つけたのだが、かなり遠いところにいた。

 シルワアも「アレは無理」と諦めたのだが、フェリーは「いや、いけるよ」と自信満々に言って、一人走り出してしまったのだ。


 彼の姿はすぐに森の中へと消えて、三〇分程経ってよくやく戻って来たと思ったら、その口には事切れた鹿がいた。

 そのときの自慢気な姿と、今の姿がとても似ている。


 時折、彼はこのような姿を見せる。

 きっと、フェンリルとしての本能やプライドみたいなものが転生後、彼の体に刻まれたのだろう。


「シルワアさんは彼のサポートと、弱点が分かったときの攻撃を。正確な射撃が欲しいので」


 シルワアは静かに頷き、弓の弦に矢を掛けると、フェリーを追った。


「ボクも二人について行けば良いかな?」


「シスイさんはカスミを持って、私と一緒に弱点を探します」


「了解」


 ボクはセシアちゃんの指示の元、カスミを担ぐ。

 ボクの身長ほどあるカカシだったので重いのではないかと思ったが、想像以上に軽い。

 箒を担いでいるみたいだ。


「チヨの弟子。丁重に扱えよ?」


「分かってるさ。どうだい、見やすいか?」


「そうだねえ……見る分には問題なさそうだ」


 及第点。彼女はそう言った。

 カスミを担いだボクは、セシアちゃんの後をついて行く。

 竜と少し距離を取って回り込むように進む。

 

 キイィィィーーーン!!


 しゃがれた鳥のような咆哮。

 竜とフェリーの交戦が始まった。

 竜は巨体を起こして立ち上がると、前足兼翼を薙ぎ払うように振り回し、フェリーへ攻撃を行う。


 腕はノコギリのようなギザギザした返しが付いていて、周囲の倒木を木屑へと変えていく。

 そんな攻撃を彼はスレスレで躱し、煽る様に振り回す翼に乗った。


「ウィンドショット!」


 口から風の手裏剣を飛ばす。

 以前腕で飛ばした時よりも正確に飛んでいき、顔へと着弾。


 目から嘴までバッサリと傷ができる。

 けれど竜はものともせず、翼を振り回して、彼を叩き落とした。


「やっぱり、あの目は見せかけかよ。おっさん、どうだ! 見つかったか!」


「これからだ! ……カスミ、どうだ? 見つかりそうか?」


「デカいし、動くしで見つけにくいな、ちくしょうめ。おいセシア、さっさと凍らさんか」


「今やってるわ」

 

 セシアちゃんは手を広げて、竜に向けて腕を突き出すと「ウォール」と唱える。

 その言葉と同時に周囲の湿度が上がる。霧がどこからか立ち込めて、白い靄は大量の水滴になる。


 まるで蜂の群衆のよう。

 彼女が号令をするように手を振ると、水滴達は竜に襲い掛かり、竜の巨体を一瞬でずぶ濡れにする。横殴りの豪雨みたいだ。


 けれどただの水である。

 見かけこそ派手だが雨の域を出ない。

 だが、彼女の魔術はこれで終わらない。


「並列思考接続。冷却魔術、着弾箇所に指定」


 機械のプログラムでも入力するかのような言葉に反応して、水滴が付着した箇所に霜が降り始める。

 彼女の詠唱から察するに、水滴が付いた場所だけを指定して冷却しているのだろう。


「場所を指定して大気を冷却させることは可能ですし、そちらの方が効率的です。しかし、それをした場合、大地に干渉しなくてはいけません。大地に干渉するとは、そこに流れている魔力や生態系に干渉するのと同義。結果、ゴブリンなんかよりも自然を破壊してしまう恐れがあります」


 彼女はボクの方をチラリと見る。


「私達魔術師とは、いわゆる学者。自然の摂理を歪める行為は避けなくてはなりません」


 どうやら魔術を始めたばかりのボクに、魔術師としての心構えを教えているようだ。

 余裕がないように見えるが、全体の状況を把握する冷静さが垣間見える。

 それと同時に、彼女の面倒見の良さも伺えた。


「おい、セシア。流石に反感を買ったらしいぞ。こっちを見ている」担がれたカスミが言う。


 痛覚は持っていないが、不快感はあるみたいだ。

 今まで以上にトサカを立て、威嚇しながらこちらに走ってくる。


「逃げるぞ、セシアちゃん!」


「ええ!」


 魔術を中断し、踵を返して走り出す。

 動きは鈍い。

 セシアちゃんの魔術が効いているのだ。

 走る速度もこちらの方が速い。

 これなら逃げ切れるだろう。


 ドン!!


 そう思った矢先、目の前に倒木が飛んで来る。

 振り返ると、竜は走るのをやめ、倒木を前足で弾き飛ばしていた。

 飛んできた倒木はボクとセシアちゃんの頭上を飛んでいき、前方に突き刺さる。


「危ないな!」


「足を止めるな。また飛んで来るぞ!」


 カスミの言う通り、第二弾の木が飛んで来る。

 ボクとセシアちゃんは左右に分かれてそれを避けた。


「そうずっとは避け切れないぞ。フェリー!」


「止めようとしてるさ! でも全然こっち向かねえんだよ、クソ!」


 痛覚がない分、ただ攻撃している相手よりも、厄介な相手を優先して攻撃しているのだろうか?

 それなら、闇雲に攻撃しているフェリーに注意が向かないのも頷ける。


「そうだ、チヨの弟子。言い忘れたことがある」


「それって今重要?」


「割と役に立つ内容だ。その手袋に備わっている隠し機能についてだ」


「隠し機能?」


 危機的状況ながら興味を惹かれるワードだった。

 思わず聞き返す程度には。


「手袋にプレートが見えるだろう?」


「あ、ああ……!」


 手袋を見る。

 手の甲に長方形の金属のプレートが四枚、横並びに付いていた。


「このプレートは身に付けた人間の魔力を吸い上げ、溜める機能が付いている。満タンまで溜まっていると淡く光ってるんだが……、見たところ三本だけか。事前に二本溜めておいたのを加味して一本ってことになる。二、三時間で一本か、遅いな」


「魔力出力ってのが関係しているんだろうね」


「まあいい。それには魔術が二つ……おっとまずいな」


 説明が中断される。

 倒木がこちらに三本、飛んで来ていたからだ。

 一本ならまだ避けれるかもしれない。

 しかし、これは……。


「説明は端折る。使い方だけを簡潔に言うぞ」


「こんな時に⁉」


「死にたくなきゃ言うこと聞きな。まず手をパーで突き出す」


 言われるがままに突き出した。


「次に溜まったプレートを一枚意識しろ」


 突き出した手に付いたプレートを注視し、強く意識する。

 僅かに光が増したような気がした。


「そして唱えろ、『グロウガンド』とな」


「グロウガンド!」


 そう叫ぶ。

 すると言葉に呼応して、人差し指の位置にあるプレートが熱を発し始めた。

 やがて熱は手袋全体に行き渡ったかと思うと、手の平から強烈な突風が吹き荒れる。

 その衝撃は凄まじく、上半身が吹き飛んだかのような感覚に陥った。


 気づけば、空を見ていた。

 自分が衝撃で倒れたことに後から気づく。

 飛んで来るであろう木は、降ってこない。

 顔を上げると、目の前に木が三本、変な方向に刺さっていた。


「一体何が?」


「グロウガンド。その手袋に織り込まれた魔術の一つさ」


 カスミは説明する。


「プレートに溜めた魔力を手袋全体に流し、魔力量に応じて風のバリアを発生させるというフェンリルの毛の効果を最大限引き出した技だ」


 風のバリア。

 バリアと呼ぶには衝撃が強過ぎる。

 フェリーが森の主で使った、「空気砲」を連想した。

 フェンリルという生き物は、そんなものを発することができるのかと、改めて感心する。


「シスイさん!」


 セシアちゃんが駆け寄ってくる。


「大丈夫。怪我はないよ」


「それはよかった。それでカスミ、芽は見つけた?」


「ああ、あったぜ。風でぶっ飛ばしたとき、心臓に近い部分に熱源が見えた。芽は酷使すると他より熱を持つからな」


「フェリー、シルワア!」


 耳の良い二人なら今の話を全て聞いていただろう。

 砂埃と木屑が舞っていて視界は悪いが、フェリーとシルワアが頷いているのが見えた。


「待ちくたびれたぜ!」


「うん」


 二人は竜に向かって走り出す。

 迎え撃つように竜は尻尾を使って薙ぎ払うが、体が半分凍結していて鈍い。

 そんな状態での攻撃が、身軽な二人に当たるはずもなく、容易に避けられる。


 腹に潜り込んだシルワア。

 蔓を編むように構成された体は、網目状に隙間が空いている。

 それは胴体の中にある芽に日光が入るようにと、視界確保のためだろう。

 だが、いくら隙間が空いていようと、腹に潜り込んだ一瞬で芽を見つけるのは難しい。


 問題ない。

 シルワアにとっては朝飯前だ。

 普段から保護色で身を隠している動物を狩っている彼女が、獲物を見逃すはずがない。

 

 彼女は腹に入った途端、矢を射る。

 プツン。

 何かが手折られるような小さな音が聞こえた。

 それと同時に、竜の動きが静止する。

 凍ったのではない。

 視界がゼロになり、動けなくなったのだ。


「ったくよ、この世界の生き物は警戒心が強くて敵わん。でも、目が見えなきゃこっちのもんだ!」


 フェリーはシルワアが芽を潰してくれるのを見越して、竜の真正面に立っていた。

 尻尾に風が集まっているのを、肌で感じる。森の主との戦いのときに見せた大技と似た迫力があった。

 見ると尻尾の毛が剃刀のように逆立っていた。

 アレは剣だ。風を圧縮して放つ刃だ。


 尻尾が鈍く光り始めた。

 風が十分に溜まった合図だ。

 それを確認すると、フェリーは飛び上がる。


「ウィンドブレイカー!!」


 叫ぶ。

 そして、光る尻尾を竜に向けて振り下ろす。

 一連の動作はほぼ同時だった。


 尻尾から真空の刃が飛ぶ。

 砂煙が不自然に舞うのを見て、それを察する。

 透明の刃は竜を、文字通り真っ二つに切り裂いた。

 

「まだまだっ!!」


 空中で体を捻り、尻尾を横に薙ぐ。

 アクロバティックな十文字斬りによって、小山は四つの植物の塊になった。


「終わったぜ、おっさん」


 猫のように軽やかに着地した彼は、こちらに振り向く。

 その顔は、達成感を感じているのか、実に嬉しそうな顔だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る