第三幕 にじり寄る予感
30 草原に漕ぎ出す
広い草原。
その光景は中々に圧巻だ。
晴れ晴れとした空に雲が流れ、草原に大きな影を落とす。
その様子は悠々と泳ぐ魚のようにも見える。
それは同時に何もないことを示している。
何もない。
ただただ広い草原。
点々と森が見えるけれども、街や、それこそ日本の都心に比べたら、まるで情報量がない。
都心に住んでいた人間が、田舎に憧れるという不思議な現象があるが、ああいう人達というのは、都会の溢れるような情報に溺れて、酸素不足になっているのかもしれない。
平原を見て、そう考察する。
「シスイさん、話を聞いていますか?」
「ああ、すまない。なんだったかな?」
「シスイ、ボケっとしない」
セシアちゃん、シルワアに指摘される。
今日は彼女、セシアちゃんの依頼を手伝うために来た。
本日の依頼について、丁度説明をしているところである。
「本日の依頼はゴブリンの駆除です。場所は近辺の森。近隣の農家からの情報を元にギルドで調べた結果、特定に至りました。ゴブリンは特定外来生物としてダアクックギルドに登録されているので、速やかな駆除が求められます」
「特定外来生物?」フェリーが聞く。
「本来この地域にはいない、生態系や人間、産業において害となる生物を指す言葉です」
ゴブリンと聞くと、思い浮かぶのは悪そうな顔をした小人のような生物だ。
人に襲い掛かる、乱暴な小人。それがボクのイメージだった。
けれど彼女の「特定外来生物」という説明からは、小人というイメージが湧かない。
「そのゴブリンという生物は、一体どんな見た目なんだ?」
「彼等は植物です」
「植物? 動物とかじゃなくてか?」
「動物、と言われますと反応に困りますね。似て非なるものかと」
ますます分からない。
植物と始めに言ったというのに、動物ではないのかと尋ねると歯切れが悪くなる。
植物と言ったのだから動物ではないと、断言すれば良いというのに。
けれどその理由を、彼女はすぐに説明してくれた。
「ゴブリンは、生き物の姿を模倣する植物なのです」
「生き物を真似する植物ぅ?」
オレの知ってるゴブリンじゃない、とでも言いたげに眉をひそめるフェリー。
「はい。彼等は生まれる時に近くにいた動物を模倣します。生態までもコピーするため、模倣した動物の食べるものを荒らしたり、住処を圧迫したりします」
「食性まで真似するのはすごいね」
「そのため、オリジナルの生き物を森から追いやってしまう、なんてことが予見されます」
なるほど。確かにそれは特定外来生物と呼ばれても不自然じゃない。
自分等の世界でも外来種の問題というのはあったが、こっちの世界でも同じ問題というのは起きるのだな。
「それで、どれくらい倒せば良いんだ?」フェリーが聞く。
「一匹残らず駆逐します」
「く、駆逐って……、そんなこと可能なのか? どれくらい増えているのか、そう簡単に分かるものなのか?」
「そのための助っ人を用意しています。多分そろそろ……ああ、来ましたね」
セシアちゃんが向いている方を見ると、何かがこちらに近づいてきているのが見えた。
ぴょんぴょんと跳ねながら近づいてくる影。
人影のようにも見えたが、よく見ると違う。
アレは……、カカシだろうか?
カカシが近づいてきていた。
姿はボクのよく知る、木の棒をT字に組んだ体。植物の蔦を組んで服のように仕上げ、纏っている。顔はへもへももへじのような文字で顔が書かれていた。
魔術で動くカラクリなのだろうか?
やがて到着したカカシを、彼女は紹介する。
「彼女はカスミ。ゴブリン退治の強力な助っ人です。チヨ師匠から借り受けました!」
何故か若干テンションが高いセシアちゃん。
嬉しそうにカカシを紹介する。
それほど凄いものなのだろうか?
「うむ。紹介ご苦労。カスミだ。よろしくな」
「カカシが!?」
「喋っただとぉ!?」
「おー」
「良い反応だな。悪い気はしないね」
抑揚のない、機械的にも聞こえる少女の声をしたカカシは、嬉しがっているように見え……、へもへももへじだから表情は分からん。
悪い気はしないって言っているってことは、多分喜んでいるのだろうが。
「これはどういうカラクリで動いているんだ?」
「カラクリじゃない。私は生きているとも」
「生きているって言われても、ボクはカカシ科という分類の生物を知らないぞ?」
「何を言うか。今話題沸騰中だったじゃないか」
「え、話題沸騰中?」
はて? 何の話題を話していたか。
カカシの衝撃で、先程まで話していた内容がすっかり飛んでしまった。
確か、ゴブリンが特定外来生物だという話だったか。けれど、ゴブリンとは関係ないように感じる。
しかし他に何の話をしていたか覚えていな……。
「私はゴブリンだ」
「はあ……え? ゴブリンって、さっき話したあのゴブリンか?」
「ゴブリンと聞いて、他にどのゴブリンがいるんだ? 新種でも見つかったのか?」
「いや、だって、ゴブリンっていうのは生き物を真似するっていうのが習性なんだろう?」
「うむ、そうさな」
「カカシは生き物じゃない」
カカシとは、動物に作物を食い荒らされないよう建てる人形だ。
人形は生きていない。
仮にカカシと呼ばれる生物がいたとよう。
哺乳類か鳥類かは分からないが、そういう動物がいたとしよう。
しかし目の前にいるこれは、ボク等の知る人形であることは間違いない。
人形のカカシでああることは、間違いないのだ。
「あー、そうだな。そうかもしれん。まあでも、動いていたらなんでも良いじゃないか? 生き物と物の違いなんて些細なもんだろう」
「いや、そもそもカカシは動かない」
「……」
「……」
変な沈黙が、カカシとの間に流れた。
何だろう、この間。
ツッコんではいけないことでも言ってしまったか?
「……お前さん、随分と細かいことを言うな」
「好奇心は、旺盛かもね」
彼女の印象を見るに、触れてはいけない、というよりは面倒臭いからという印象を受けた。
「わたしゃチヨの実験動物みたいなもんだからな。色々と仕込まれているってだけさ。それほど特別じゃない」
「いいえ、チヨ師匠の中でもかなり特別です!!」セシアちゃんは食い気味に言う。
「ああ、そうなんだね」
若干気圧されながら、そう返す。
しかし、なるほど。
カスミの語気が強かったり、荒かったりするのは、チヨさんの口調が映っているだからか。
セシアちゃんのテンションが高いのも、チヨさんを師匠と仰いでいるからだろう。
にしても実験動物って特別な理由ではないのか。知らなかった。
けれど、そんなツッコミは、話が進まなくなりそうなので飲み込んだ。
これに限らず、異世界ってだけで言い出せばキリがない。
だからある程度、こちらが「そういうもの」「そういう文化」というように割り切るしかないのだ。
一足す一が二であるように。
実験動物は大した理由ではないのだ。
しかしそれは、チヨさん絡みに限ってのものとする。そう、自分の中の数式に条件を作る。
「それで、カスミだったか? アンタはどんな風に役立つんだ? このゴブリン駆除に」フェリーが聞く。
「ああ、私はゴブリンだからな。ある意味で専門家と言える。奴らがどういうところを好むかをよく知っているし、近くに居ればセンサーみたいなもんがビビッと反応するのさ。私無しで撲滅は難しいだろうね」
「ほへー、納得だ。確かにそれなら頼りがいがある」
彼は腕を組みながら頷く。
ボクも彼に同意だ。
「依頼と助っ人の説明は以上になります。他に質問がある方がいらっしゃれば、今お答えしますが」
「うん。ボクは大丈夫かな」
「オレもないぜ」
「二人、同じ」
互いに目配せをして確認すると、その視線は自然にセシアちゃんへと集まる。
依頼の説明が完了した合図である。
「よかった。では、頑張って行きましょう」
話を締めるように「パン!」手を叩くと、くるりと振り返り、目的に先導し始めるセシアちゃん。
ボク等は彼女の指揮の元、広い平原に漕ぎ出すのだった。
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