24 ダアクック名物、スライム料理

 チヨさんの「飯」の言葉反応してか、腹が『ぐー』と鳴る。

 今日は散々体を動かしたのだ。

 腹が減るのは当然だ。


「話は後でもできるし、ご飯にするか」


「いや、今すぐにでも聞きたいんだが!」


 納得できない様子のフェリー。

 立ち上がってチヨさんに抗議しようとする。

 興奮しているのか、肩で息をしている。

 そんな彼の肩を掴んで、ボクは座らせた。

 掴んだ彼の体は熱い。


「あの婆さんの機嫌次第で、なしになるかもしれない。だから、一旦婆さんの言うことを聞こう。それにいっぱい働いた後だ。腹は結構空いてるだろ?」


 フェリーは冷静な見解を聞いてか、段々と熱が冷めていく。

 開いた瞳孔も元に戻っている。

 やがて彼は、ため息を吐いた。


「……そうだな。一旦腹ごしらえにすっか。まあ、料理ができていたらの話だけど」


「できてる」


「うわぁお⁉」


 フェリーの背後に、ぬるっとシルワアが立っていた。


「なんでさっきっから、皆んなオレの背後に立ってるんだ?」


「反応、美味しい」


「飯だからってニュアンスを合わせるな。……言葉の使い方上手くなったな、シルワア」


 彼女は「ふふん」と誇らしげに胸を張る。そんな彼女の手には料理が盛られた小皿があった。

 どんな料理かと覗いてみると、透明でこんにゃくのようにプルプルした麺にソースを絡めた料理だった。

 見た目からしてツルツルっと食べやすそうだ。


「なんだこれ、葛切りか?」


「匂いからして掛かってるのはお酢をベースにしたものだね。ところてんに近いのかな?」


 フェリーは自分の前に置かれた料理を、フォークでツンツン突いた後に、パスタのように巻いてパクっと一口食べる。

 ボクは反応を伺う。


 種族は違えど彼の味覚は日本人寄りだ。

 初めて見る食べ物を口にするのは、やはり怖いものがる。どんなに新しい世界が見たい、経験したいと言っても、そうすぐに意識改革がなされる訳じゃないのだ。

 だからフェリーは、毒見役としてはうってつけなのだ。

 フェリーはむしゃむしゃと食感を吟味するように噛んだ後、ごくっと飲み込む。

 飲み込んでから喋り出す。


「思ってたよりも歯ごたえがあるな。コリコリっつうよりはゴリゴリって感じ。海藻とホッキ貝を合わせたような、そんな食感と味。ちっと磯っぽいけど、このお酢とベリー系のフルーツが混ざってるであろうソースが、良い具合に消してくれて、凄い食べやすいぞ」


「相変わらず食レポが上手いな、お前」


 けれどその食レポのお陰で安心して食べられる。

 透明な麺を口に運び、咀嚼する。


「ほんとだ。これは確かに貝に近いかもしれない。ボクとしてはイカそうめんみたいなものかと思っていたから」


「イカそうめんって、イカの身を麺にした奴か? 葛切りとかこんにゃくじゃなくてそっちを想像したんだな、おっさんは。普通これ見てイカって出てこないだろー。生前、よほど贅沢なもんを食ってたと見える」


「そんな訳ないだろう? ただのサラリーマンだったボクが食べていたのは、せいぜいスーパーに売れ残った五〇パーセント引きの刺身だ。そうじゃなくてだな、これがスライムの身っていうのが頭にあったからだよ。だから、軟体生物代表のイカを想像したとしても、そうおかしな話じゃないよ」


「ん?」


「え?」


 フェリーのフォークが止まる。

 フォークに巻いた料理を凝視した後、ボクの顔を見て、また料理を見る。

 綺麗な二度見である。


「これ、スライムなの?」


「うん、多分。いっぱい捌いたから分かるよ」


「オレ、スライムたべちゃったの? マジかよ、やべーなっ!!」


「随分な驚きようだな。幼虫のときはそんな反応見せなかったのに」


「いや、幼虫は割と食べ慣れてたからさ。倒木とか引っぺがすといるんだよ。だから幼虫なんかじゃ驚かねえよ。でも、あのナメクジみたいなのを食べたなんて……信じられない!」


 見た目が狼だから肉食だと思っていたが、どうやら虫も食べるらしい。

 その価値観でスライムが駄目というのは、よく分からない。


「それに、オレからすればスライムって可愛い生き物なイメージが強んだ。ゲームとかアニメの印象でな。なんだかウサギとか犬とか、そういう可愛い動物の肉を知らぬうちに食べてしまったような、でも味が美味しくて食べちゃうような、そういう複雑な気持ちになる」


「でも君、スライム駆除は率先してやってたよね」


「それはそれ、これはこれ。爆発するの楽しかったんだ」


 話している内に、シルワアが次の料理を持ってくる。

 お皿に乗っていたのは巻貝の壺焼きだった。


「スライムのメス、そのまま焼いた。汁うまい」


 巻貝の大きさは、サザエより二回りほど小さく食べやすそうだ。

 おつまみとしては丁度良い。殻の中から身から染み出た汁が沸々と踊っている。

 出来立てほやほやというのがヒシヒシと伝わり、それだけで食欲をそそられる。

 ボクとフェリーは汁をこぼさないよう慎重に持ち上げる。


「汁こぼすなよ、フェリー」


「ああ、分かってるさ。汁の一滴は血の一滴だ」


 貝を口元まで持ってくると、クイっと溢れそうになる汁を飲み干す。

 そして口いっぱいに広がる濃い貝の出汁。一番近いもので言えばアサリだ。あの体に沁みるような味わいが、なんとも美味だ。けれどサザエのような苦味もある。

 その苦味がアクセントになっており、馴染み深いが新らしい、不思議な気持ちにさせられる。

 今度は身だ。楊枝を使ってクルンと中の肝も綺麗に取ると、食べる。


「お、スライムのオスと違って凄い柔らかい身だ」


「コリコリってよりはクニュクニュ。でも噛めば噛む程出汁が出て、出汁味のガムだな」


「急に下手になるね、食レポ」


「しかし、もう一声欲しいよな。こう、醤油だったり、ポン酢だったりがさ」


「そいつは贅沢ってもんだ。……チヨさん、何をしているんです?」


 チヨさんは部屋の端にある麻袋を弄っている。

 一体何を取り出そうとしているのだろうか。

 けれどそれはすぐに分った。彼女の手に握られていたのは、レモン。


「貝と言えばレモンだろうて」


「それだあああああっ!!」


 フェリーは思わず立ち上がる。

 チヨさんはナイフを取り出すと、半分に切って、それを貝の上で豪快に絞る。

 レモン汁を恵みの雨のように受け取る貝達。

 その貝を再び食べる。


「さっぱりしたレモンが良いパンチになってる。爽やかな香りが貝の出汁とマッチして食欲をそそるぜ」


「それじゃボクも……あれ、空っぽだ」


「食べた殻を戻すからそうなる」


「ボクは戻してない」


「何言って……あれ、ホントだ。オレが新しく取ったやつも空になってる。一体どうなってるんだ?」


「ん」


 シルワアはボク等の対岸に座っているチヨさんを指差す。

 そこには口をパンパンに膨らませている婆さんがいた。


「あ、ババアてめぇ!!」


 フェリーは勢い良く乗り出して叫ぶ。

 それを全く気にしないチヨさんは、丁度持っていた貝を慣れた手つきでくり抜いて食べた。


「馬鹿が。個数制限なんてもんはねえよ。食卓は戦争なんだ」


「人に対する思いやりってのはねえのかよ、アンタには」


「後ろの嬢ちゃんにも聞いてみな」


「え?」


 フェリーは振り返る。

 後ろにはチヨさん同様、頬に何かを詰め込んだシルワアが立っていた。十中八九スライムだろう。喉元がゴクゴクと凄い勢いで上下している。証拠隠滅を図るため、口の中のものを頑張って飲み込んでいるようだ。


「策士だな。チヨさんに視線を誘導することで、飲み込む時間を稼いだと見える」


「なんで感心してるんだ、おっさん」


「はべる、まみあわなはった……(食べる、間に合わなかった……)」


「食い意地が張り過ぎだよ、お前……」


 フェリーは呆れ返った。

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