23 兄の行方

 スライムを捌き終えたボクは、テーブルに頬杖を立てながら、イスに腰掛けていた。腰掛けて、三人の帰りを待っていた。

 チヨさんは、作業部屋とは別の扉へ入って行った。何の部屋かは分からない。


 暖炉のパチパチと弾ける火の粉を、ぼんやりと眺める。

 火のオレンジ色のお陰か、作業部屋に比べ、温かい印象を受ける。暖炉との距離は離れていた為、温度はさほど変わらないけれど、そう思った。

 

 扉がギイィと鳴って開く。

 暖炉を見ていた目を、扉に向ける。

 静かに開いた扉から、砂埃まみれのシルワア、フェリーが現れた。


「戻った」


「ああ、お帰りシルワア。そしてフェリー君」


「あー……ただいまデース……」


 ボクを見るなり目を逸らすフェリー。

 後になって、悪いことをしたと反省でもして来たみたいな様子だ。


「随分と遅かったじゃないか、一人で寂しかったぞ?」


 無理矢理、彼の視界に入る。

 フェリーからしたら突然視界いっぱいにボクの顔が映ったからか、驚いたように毛が逆立つ。けれどすぐにしなしなと萎れて、申し訳なさそうに尻尾と耳が垂れた。


「悪かったよお……」


「一応、自覚はあるんだね。置き去りにしたことの」


「だって! ……だって苦手だったんだ、あのグイグイ来る感じというか、こう……圧がある感じっていうのがさあ……弱いんだ。分かるだろ!」


「分かってたけれど、お前、対人に関しては本当に駄目なんだな」


「熊や狼なら拳でどうにかなるが、人はなんとかならないだろう? コミュ力だけは、昔から変わってない。痛感するよ、ちくしょー」


「そのしょげた顔を見れたから、今日はもう良いさ。次回からは、せめて逃げるようにじゃなくて、こう、『任した!』みたいな一言をくれ。七割で了承するから」


「中途半端な確率だな……」


 フェリーの方をぽんぽんと叩く。

 彼は申し訳なさそうに頭を掻いた。


「でも、ホント悪かったよ。反省してる」


「じゃあ、今回の依頼の報告はフェリーに頼もうかな。リズさんにね」


「げぇ⁉ リズさんって……申し訳ないけど、オレ、あの人も苦手だよ?」


「フェリーのそれは人との話し方を忘れてるというのが、大きな要因だと思う。コミュニケーションが苦手なのもあると思うけどね。少し慣れれば、案外楽になるんじゃないかな?」


「ええ……いや、うーん……そうかなぁ?」


 少し意地悪を言ったとは思う。

 先程言ったことは、それらしい言葉を並べているだけで、ただ単にリズさんと対面させようとしているだけなのだから。

 ボクの語った道理で言えば、別にリズさんとの会話で慣らす必要はない。

 コミュニケーションの経験を増やすだけなら、ダインやバウアーさんでも問題ないだろう。

 けれど、それくらいの仕返しはしても別に良いだろう。


「駄目かな?」


「ぐぬぬ……分かった、分かったよ!! はあ……まあ、なんもお咎めなしっていうのも、後から色々と引け目を感じそうだし、頑張るよ……」


 この話はここで終わり。

 恨みっこ無しだ。

 するとチヨさんがタイミングを見計らって……いや、彼女の性格を考えるとたまたまなのだろうが、奥の部屋から現れる。


「ガキ共、戻ったか。……んあ? 一人足りねえな。リアックはどうした」


「ああ、リアックは先にギルドに戻ったぜ。ギルドマスターからの招集だそうだ」


「なら仕方ねえ。アイツの分はなしだ。飯作るから、ちょっと待ってろ。嬢ちゃんも手伝え」


 チヨさんは頭を掻きながら、気だるげに言って、作業部屋へと入って行く。


「おお、飯!」


 シルワアが一番に反応する。彼女、食い意地が凄いから。

 二人は部屋の奥へと消えていった。

 ボクとフェリーはやることもないので、イスに座る。

 フェリーは疲れたのか、テーブルに顎を乗せて、腕を下にブラブラとさせる。彼ほどではないにせよ、自分も頬杖を付いて、だらしなく猫背でイスに腰掛けていた。


「疲れたなあ……」


「珍しいな、フェンリルなんて言うから底なしの体力でも持っているかと思った」


「んな訳ないだろう。オレだった限界はある。この姿じゃ尚更だ」


「へえ、そうなのか。……そういえば、何でフェリーは街に来たんだ?」


「随分と唐突だな」


「『この姿だから云々』と言っているのを見ると、窮屈そうだからね。森に住んでいた方が、お前にも結構気軽なんじゃないかと思って」


 今更ながら疑問に思ったのだ。

 人付き合いも苦手、力も十分に出せない姿、前世が人間だったからと言って、それほど固執している様子はない。

 そんな彼を見ていると、街や人が住むこの環境というのは、窮屈そうに見える。


「う、うーむ」


「何か理由があるのか?」


「あるには、あるんだがな……あまり触れて欲しくはない内容だ」


「そうか。なら無理には聞かないよ」


 彼を気遣い、口調を和らげて言う。


「あー……いや、多少は共有しておいた方が良いかもしれない。今後、おっさんとは長い付き合いになるだろうし」


 フェリーは少し考えた後、何を言うのかを決めたのか、あるいは言う覚悟を決めたのか、こちらに向き直る。

 真剣な眼差しだ。


 けれど目の端に、ほんの僅かだが濁った色が沈殿している。

 言うことを迷っているのか、あるいは彼自身も整理ができていないのか。

 そう思わせる瞳の彼は、話し始める。


「実は、兄を探してるんだ」


「どっちの?」


 異世界か、元の世界か、そういうニュアンスで聞く。


「異世界の方。元の世界では一人っ子だったから、オレ」


「そうなのか、知らなかったよ。それで兄を探してるってことは、家出的なことか。……いや、そう深刻な様子からすると、行方不明ってところなのか?」


「……察しが良いな。まあ、行方不明って感じだな。あ、でも多分生きてるのは分かるんだ。生死におてい、心配してる訳じゃない」


「行方不明っていうのに、随分と断定するんだな」


「フェンリルっていうのは元々個体数が少ない。というか、本来は一匹なんだ」


「本来は一匹? それは……どうやってお前や兄さんは生まれてきたんだ?」首を傾げながら聞く。


「無性生殖って言うのかな? そもそもフェンリルっていう生物は、星が創り出したプログラムに近い。自然界の自浄作用、白血球みたいなもんだ。他の生物とは作りが違う。そしてその分、強力な存在として地位を保っている」


「地位とか、そういうのは分からないけれど、確かに大きくなったり、小さくなったりする生き物は、ボクはフェンリルしか知らないね」


「それも一つの要素だな。後は、そうだな、おっさんもオレの『空気砲』を見ただろ? ああいうことが、結構手軽にできちゃうんだ、本来。今は人型だから体の構造上、手間取るってだけでな」


「……とりあえず話をまとめると、つまり男でも子供ができるのか、フェンリル」


「何故そこだけピックアップした⁉ 言うな、気色悪い! 否定しないけど! 性別自体が存在しないんだよ。気色悪いこと考えるな」


 狼として認識していたが、ここまで違うと哺乳類なのかどうかも疑った方が良さそうだ。

 カモノハシと同等のびっくりどっきり生物だ、フェンリルという生き物は。


「まあ、それで、強力な生物っていうのはそう増えないよう、自然様っていうのはバランスを取っているんだ。基本的に一匹しか存在できない。フェンリルが子供を産むときというのは、世代交代を悟ったから。つまり、死期が近いときだ」


「死期が近いってことは、子供を産んだ瞬間死んでしまうってことかい?」


「いや、悟ったとしても一五〇年くらいは生きる。長命だからな。そして子供が生まれた後、親の個体が死んだら、その力が子にそのまま引き継がれる。血で繋がっているのか、魂で繋がっているのかは定かではないが、特別な繋がりっていうのを感じるんだ。だから生死は分かる」


 他者と繋がっている感覚、か。

 確かに自分には分からないな。フェンリル特有のものなのだろうか。

 転生というものは、ときに人間の頃には感じなかった感覚というのを得ることができるらしい。

 その感覚は、少し気になる。


「それで、行方不明になった兄を連れ戻したいっていうのが、お前の旅の目的なんだな」


「いや、違う」


 フェリーは、ゆっくりと首を振る。


「オレは問いたいんだ。どうして……」


「なんだ、人探しか?」


 彼の後ろから、不意に声がする。

 フェリーは突然背後から話しかけられたから「うわぁお⁉」とイスから転げ落ちた。

 声の主はチヨさんった。

 彼女が音もなく、フェリーの背後に忍び寄り、立っていたのだ。


「なんだよ、婆さん! 飯作ってたんじゃなかったのかよ!?」


「作ってたんだが、あの譲ちゃんが想像以上に上手くてな。出る幕がなくなっちまった。そんで暇になったから聞き耳を立ててみりゃ、やれフェンリルだの、兄がどうだと騒いでるじゃねえか」


「いや、結構声は潜めてたんだが……」


「ボリュームの話じゃねえよ、ワンコロ。内容のことだ。自称フェンリル」


「自称って言うな。オレは本物だ。あとワンコロって言うのもやめろ。なんだよ、突っかかって来ないでくれよ! け、結構センシティブなんだぞお!!」


 吠えるフェリー。

 だが臆してるからか、声が音量のバーを一〇〇から一気に三〇パーセントまで落ちるし、震えている。

 威圧感は全くない。黙っているチヨさんの方が一〇〇倍ある。

 フェリーの返しが気に食わなかったのか、チヨさんは不機嫌になる。


「なんだい、可愛くないねえ。せっかく助けてやろうと思ったってのに」


「助けるって……え?」


 チヨさんから思ってもみなかった言葉が返ってきて、フェリーは目を丸くする。

 彼にとって、チヨさんの印象は厄介婆さんだ。

 そんな婆さんが、こんなお節介をしてくれるなんて、微塵も思っていなかったのだろう。


「兄さんの場所、分かるのか⁉」


「どしようか。突っかかって欲しくないと言ってたからなあ」


 意地の悪い笑みを浮かべるチヨさん⁉

 フェリーはそれを見て悔しそうに「ぐぬぬ」と歯ぎしりをする。

 だが、観念して頭を深々と下げた。


「悪かった。悪かったよ! だから教えてくれ。何でもする! この通りだ!」


「情報の対価として自身を差し出すか。良いだろう。その話、乗ってやる」


「いや、なんでもとは言ったが、オレ自身を差し出した訳じゃ……いや、もうそれで良いや。さあ、教えてくれ。兄さんの知っていることって奴を」


「そう焦るな。この話をすると長くなるやもしれん。だから……」


「だから?」


「その前に、飯だ」

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