21 スライムは爆発する

 畑を耕す。耕す。耕す。耕す。

 何も考えず、永遠と何ヘクタールあるかも分からない畑を永劫耕し続ける。

 ボクは一体何をやっているのだ。ボクはスライムと戦いに来たのではないのか。そもそもボクとは誰だ。

 駄目だ、疲れと日照りで頭がおかしくなっている。

 持っているを鍬を杖にして、体重をそちらに掛ける。ただ立っているよりは幾分か楽だ。

 他の皆も疲れていないかと、三人に目をやる。


「はっはっはっはー! 遅いな、フェリー。そんなんじゃいつまで経っても僕のスピードには追い付けないぞ」


「くそ、なんでそんな速いんだよ、リアック! 負けねえぞっ! うおおおおおおおおっ!」


「リアック、お先、失礼」


「「セシア、速っ⁉」」


 畑で耕し競争とは元気だな。

 自分に、そんな元気は残ってない。

 依頼主のチヨさんは「任せた」と言って帰ってしまった。


 依頼にないことを頼むのだから、ちょっとくらい手伝ってくれたり、助言をしてくれても良いだろうにと、内心文句を言う。

 だが、依頼人が仕事を手伝うというのもおかしな話だと思い、このぼやきは自己完結した。


「いてててて……」


 鍬を持ち上げると、響く腰の痛み。

 誰も見ていないのだ。少し手を抜いて、休憩しよう。

 畑仕事は素人だ。耕す速度が遅かろうと、きっとバレはしない。

 腰をトントンと叩きながら、地面に座ろうとする。


 ぐにゅ。


 土とは違う不思議な感触を足で感じた。


「なんだ、一体」


 足元を見る。

 そこには不思議な軟体生物がいた。


「誰?」


「おっさん、どうし……うわ、でっかいナメクジっ!」


 ナメクジとフェリーは言ったが、どちらかと言えばウミウシに近い。体は透明で内臓らしき部分が丸見えて、角のような、触角のようなものをゆっくり揺らしながら地面を張っている。


「おお、ルホリル」


 シルワアは指で突きながらそう言った。


「ルホリルっていうのか、コレ」


「スライム。エルフ語、呼び方。意味『海を這う』」


「『海を這う』……変な意味だな。平原を海って表した詩人でもいたのか?」ボクは眉をひそめる。


「いや、どちらかと言えばスライムが貝の仲間ってのが元だと思うぜ」


 汗一つ掻いていないリアック君が、その意味を説明する。


「セシアっていうスライムに詳しい奴が言うには、貝が陸地に適応した姿って奴がスライムらしくて、進化の過程で貝殻を捨てたらしい」


「貝ねえ」


 スライムを掴んで日光に当てるフェリー。

 金魚鉢のようにキラキラと透ける内臓が、よく見えた。

 その体に指差して、リアック君は説明を続ける。


「ほら、コイツの体をよく見ると、お尻の方に小っちゃい貝殻が見えるだろう? ほら、この小っちゃい石ころみたいなの。これがメス。メスの大きさは親指くらいで、繁殖期になると、オスの体内に潜り込んで産卵するんだ。今コイツ等は絶賛婚活中って訳っす」


 言われてみると、確かにお尻の方に小さな貝殻ある。

 オスに産卵するというのは、中々珍妙な生態だと思った。

 オスが口の中で卵を守る、そんな習性の魚がいたような気がする。

 朧げな記憶を引っ張り出す。


「オレ、もっと違うの想像してた。こう、水滴みたいな形の、合体したらキングなんたらみたいな奴になるのをさ」


「分かるよ。ボクも昔よくやった」


 シルワアとリアック君は何のことやら、首を傾げる。

 彼等には伝わらないだろう。元の世界では誰にでも伝わる会話だったが、こと異世界では完全に身内ネタに近い。


 異世界に来て寂しく思ったことの一つと言えるかもしれない。

 フェリーがいるからまだ良いが、彼がいなかった虚しく思っていたかも分からない。


「とりあえず、この婚活パーティーにお邪魔しなくちゃいけないってことは伝わったよ」ボクは鍬を持ち上げて言う。


「そうだな。放っておくと野原どころか野菜も食べ尽くしちまうから」


「それは農家にとっては死活問題だな。なら仕方ない。若干可愛らしい見た目で心苦しくはあるが、倒すしかないようだなっ!」


 ボクは鍬を高く持ち上げると、重さと高さ、加えて己の筋肉をフル稼働させてスライム目掛けて振り下ろす。鍬はスライムを綺麗に真ん中に捉えて落ちていく。

 そして。


 ボヨヨ~ン。


 これまた綺麗に跳ね返り、丁度後ろに立っていたフェリーの鼻っ柱を潰す。


「ごぎゃぶるぁああああああーーーーーーーーー!!」


「あ、すまん」


「やったことに反して謝罪が軽すぎやしないかあっ⁉」


 フェリーは唾を飛ばしながら叫ぶ。

 そして鼻血を垂らしながら抗議したかと思えば、今度はシルワアに潰れた鼻を見せる。まるで転んだ子供が母親に泣きついているようだ。


「痛いよお、痛いよお……シルワア、オレの鼻どうなってる?」


「ん」


 シルワアは腰についたポーチを弄ると、鏡とハンカチを出してフェリーに渡す。

 「あんがと」と二つを受け取ったフェリーはハンカチで鼻血を拭いた後、鏡に映る自分を見る。すると彼は、驚嘆の声を上げた。


「鼻がっ! 鼻が血豆みたいに真っ黒になってるっ!!」


「元より黒っ鼻だっただろう、お前。しっかし、鍬で殴ってもビクともしないとは、なんて頑丈……というよりは柔軟って言った方が正しいのか」


「そんなに固いのか、こいつ」


 フェリーはスライムを拾うと、力一杯引き千切ろうと引っ張る。けれど伸びはするが引き千切るまでは行かず、断念する。


「硬すぎんだろ、筋トレ道具か。おっさん、なんか火とか持ってないか?」


「何故火が必要?」


「物理が効果ないのなら、魔法を使う。ドラクエの常識だろう?」


 流石にゲーム脳が過ぎると思ったが、アイデアとしては悪くないと思った。

 腰に付いているポーチから火打ち石を探り出すと、枯葉や小さな枝を集めて着火し、小さな焚火を作る。

 ここ数日で火起こしは慣れていた。


「よし、できたぞ。フェリー、スライムを貸してくれ」


 スライムをフェリーから受け取ると、小さな焚火にスライムを炙る。炙り始めてすぐにスライムは体をブルブルと震わせる。どうやら効いているようだ。

 震えは段々大きくなり、スライムの体の中にある水分が沸騰するように泡を出す。熱くはない。沸騰するほど熱は与えてはいないからね。

 けれど些か尋常ではない様子に映るスライム。

 頭の中に嫌な予感がよぎる。

 すると。


 ドボーーーーーーーン!!


 大爆発した。

 嫌な予感、的中である。

 突然の爆発に反応る訳もなく、受け身を取る習慣もない為、勢い良く吹き飛んで、後頭部を強打する。


「どぶるぎぃやああああああああああーーーーーーーーーーー!!」


 頭がっ! 頭が鐘になったみたいにガンガン痛む!

 うおおおおおおお、すっげえええいてえええええええーーーーーーー!!!

 畑だったからこの程度で済んでいるが、コンクリートみたいな場所だったら大変なことになってたぞ!


「やっぱ、火で炙ると爆発するって本当だったんだな」


 興味深そうに腕を組むフェリー。


「知ってたんじゃないかっ!!」


「これで恨みっこなしだな」


「やってくれる……!」


「スライムは危険を感じると体に貯めた水分を膨張させて爆発する習性があるんだ。そこが面倒で悩ませるだよねえ」


 リアック君は腕を組みながら、うんうんと頷いた。


「じゃあ、ナイフで切り裂くのも駄目なのかい?」


「確か爆発したと思うぜ」


「じゃあ、普段どうやって駆除してるんだよ、リアック君はさ」


「爆発を耐えて、引き千切る」


「力技だね……」


 リアック君はそれで良いとしても、ボク等はどうやって安全に倒すって言うんだ。

 すると後ろからシルワアがスライムを抱えてくる。ボクとフェリーの間に、まるで見せるように座ると、ナイフを取り出し、スライムに突き立てる。


 爆発するのではないかとボクとフェリーは身構えたが、少し体を切る程度で爆発しない。

 彼女は、小さな切り口からスライムの溜め込んでいる水を雑巾のように絞る。

 先程まで水ようかんのような姿だったスライムは、空気の抜けたサッカーボールになっていた。


「スライム、尻の穴、皮分厚い。切ること、気付かない」


「そうだったのか。これが正攻法って奴なんだな」感心するフェリー。


「知っていると案外簡単なんだね」とボク。


「僕も初めて知った」リアック君は興味深そうに頷く。


「お前は知ってろ」「君は知ってるべきだろ」


 声が重なった。

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