20 職場体験
ダインが提案してきた雑用という役割は、ダインのパーティーメンバーの仕事を手伝うという、いわば職業体験に近いことだった。
リアック君、セシアちゃんの仕事を順々に回り、体験と交友を深めて一石二鳥だと、ダインは言った。
そして初日。本日はリアック君の手伝いだ。内容は、スライム駆除らしい。
場所はダアクックを離れ、広大に広がる畑をずっと進んでいった先にある小さな民家。依頼主の自宅に向かう。
その道中、辺りの風景はとてものどか。木々がない、辺り一面の畑。土の臭い。畑が広がる大地は牧歌的だ。開けた大地は空も広くして、開放感もある。
現代の風景であるビル群とこの景色を比較すると、自分が元いた世界というのが、窮屈に見えてしまう。
勿論、その記憶というのはボクではなく『僕』の記録であるから、正確なことはあまり言えないのだけれど。
そんな大地にボク達は……。
「もっと腰をいれて振るんだよ、糞ガキ共!」
「「「「サー・イエスサー!!」」」」
鬼教官のような老婆の指示の元、大地に鍬を突き立てていた。
「え、おっさん、ナニコレ。オレ達、スライムの駆除に来たんじゃなかったのか? なんでオレ達畑仕事やらされてるの?」
「いや、ボクに聞かれても……依頼選んだのボクじゃないし」
隣のリアックが依頼主について説明する。
「チヨの婆さん。今回の依頼主だ。結構癖の強い婆さんで依頼料以上に働かせるスパルタ依頼主なのと、天才魔術師として有名な人なんだぜ。まあ、一つ目の理由で皆に嫌われてる所があるから、よくダイン団長に任されるんだが、僕としては体鍛えられて結構好きな依頼主だ」
ああ、どの世界にもあるんだな。
そういうブラックな企業みたいな場所と人っていうのは。
しかし魔術か。
この世界では魔法のことを魔術という。
誰でも使える万能の力のように想像していたが、案外そんなことはなく、それなりの知識と経験、センスが必要らしい。
いわば専門職の類であり、系統でいえば学者のような立場にいるのが魔術師だと、セシアちゃんから聞いていた。
しかし異世界に来たのだから、やっぱり魔術を使ってみたいという欲求はある訳で、リアック君が話した彼女の経歴は、中々興味をそそられる内容だった。
「何こそこそくっちゃべってんだい、ちゃんと働くんだよ。おい、そこのワンコロ。ぼさっとしてないでしっかりやるんだよ」
「分かってんだよ、ちくしょー!」
ベキベキッ!
フェリーの鍬の持ち手が力を入れすぎて粉砕する。
感情が良くも悪くも体に出てしまうのが彼の性分だ。
「あっ……やべ」
怒られる、と顔面蒼白になるフェリー。
「力一杯やりゃあ仕事したことになるんかい? 道具だってタダじゃないだよ。自分のちんぽ握ってるんだと思って大切に使ってくれなきゃ困るんだよ」
「ち、ちんぽ……」
うろたえるフェリーを他所にチヨさんは、折れた鍬に手にすると、手の平が光る。
光を折れた部分に当てると、そこから蛆のような白い何かが湧いて来て、破損部を縫合する。やがて元の鍬へと戻った。
これが魔術らしい。
「おい、そこの若造。シスイと言ったな。なんだ、そのへっぴり腰は。そんな腰じゃベットの上で女に笑われるぞ」
「いや、若造とか言ってますけど、この年齢でも結構ダメージがくるんですよ、腰って奴は」
「なら今の内に直すんだな。嫁の一人も貰えんぞ」
誰視点で指摘してるんだ、この婆さん。
少なくとも良心から来る言葉ではないと見た。
人の悪い所を探すのが趣味とか、そういうことを生業にしている人間なのか。
生業にしたとき、どんな職が該当するのかは検討が付かないが、どちらにせよ良い人間には見えない。
首を少し捻ってリアック君を見る。
「リアック、お前はいつまで脳死で私の前に来る。腕を鍛えたいからって私の手を煩わせるんじゃないよ」
「僕は好きでやってるからな。今回も頑張るぜ。めちゃくちゃ耕して、めちゃくちゃ駆除するからな」
「……ふん、せいぜい頑張るんだな」
(あ、純粋な返しに逃げたな。あの婆さん)
(案外、良い人なのかもしれないな)
しかしこれは良い人と言うより、婆さんの性格の悪さにリアック君の純粋さが勝ったという話なのだろう。
あそこまで純粋な返しを出されてしまったら毒気も抜けるのも分かる。
解毒薬ならぬ、解毒役。
ダインがリアック君に任せるのも頷ける。
「おい、そこの嬢ちゃん……」
「あ、マズいっ! あのクソババア、今度はシルワアに目ぇ付けやがった!」
「くそ、止めないと汚い言葉使う反抗期少女になってしまう!」
ボクとフェリーは鍬を投げ出すと、急いでシルワアの耳を塞がんと駆け出した。
しかし、気付くのが遅いかな。チヨさんの口はとっくに開いていて、声を発する。
「嬢ちゃんは私が最近作った、この全自動耕しマシーンを使いなさい」
「おお、マシーン!」
ズコーーーーー!!
扱いの違いか、畑の段差か、ボク等は派手にずっこけた。
さながら昭和の漫画のように。
頭から土を被り、ズボンの中にも結構入った。
「……このババア、単に純粋な奴に甘いだけなんじゃないか?」
「少女一人の教育方針を、部外者のボク等が決めてるってのも、大概な話だけれどな」
「何やってんだ、お前等。まともに仕事しやがれ」
今回の罵倒に関しては、全くもって反論の余地なしだ。
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