第二幕 矮小な思考を破る世界
18 英雄
ガルダリア。
この街のギルドマスターであり、多くの住民から支持を得ている英雄である。
常に甲冑を身に纏い、自分の身長程もある大盾を持つ姿は守護神のような趣を感じる。
その厳格で人を寄せ付けない様子とは裏腹に、彼の存在は身近である。
常に街の見回りをし、行事や公共事業に出向くのは当たり前。それだけに収まらず、住民が出した依頼を自ら受け、解決するなんてこともしているらしい。
多くの支持を得ているのは、きっとその為だ。
それに加えて、街の発展の為に新しい技術を取り入れているから、街には多くの人間が集まり、活気に満ちている。
そしてその技術は、誰でも享受できる、生活に紐付けられたものばかりというのも、また大きい。
良い例が水道である。
この街には水道が通っている。
現代人のボクからすれば当たり前のように見えるから見逃しそうになるが、これはとても凄いことだ。
川や井戸から水を汲まなくても、引かれた水路で賄える。
さらにその工事も、ギルドの依頼として貼り出した。
公的な依頼故に信頼と安定が確約され、駄目押しと言わんばかりに羽振りが良かったそうだ。
そう取り仕切ったのも英雄様とのこと。
そういうのも相まって、ガルダリアという英雄は大人気である。
彼の人気を肌で感じる機会があった。
街を散策しているときに、一度だけ、遠目だがガルダリアという英雄を見たことがあったのだ。
「ガルダリア様!」会えたことに歓喜する青年。
「あのとき助けて頂いたご恩、決して忘れておりません。本当にありがとうございます!」と祈るように手を握り、感謝を伝える老人。
「こっちに手を振って!」アイドルにでもあったかのように興奮する女性。
「この前見せてくれた必殺技見せて!」テレビや漫画に出てくるヒーローを見るように目を輝かせる子供。
彼等が英雄の周りに集まり、来日した俳優やスポーツ選手のように出迎えている。
英雄は、彼等の賛美に対して静かに手を振っていた。
評判や聞いた話だけでは伝わらない、カリスマ性というのをヒシヒシと感じさせる男だと思った。
そして現在……。
その英雄にボク、フェリー、シルワアは呼び出されていた。
ここはギルドの二階。
廊下を進んだ最奥にある、ギルドマスターの部屋である。
広さは三〇平米ほど。
入った部屋は集会所よりも小奇麗な壁や床をしていた。
大きい本棚が壁の半分を埋め尽くし、厚い本がみっちりとしまわれている。勤勉で知識欲が強い人間なのだろう。
部屋に置かれた机や椅子、小物入れ等々の家具達は気取られた様子はないけれど、こだわりのようなものが伝わってくる。真ん中にある接待用のソファーも年季を感じるが、しっかりと手入れがされている。
そして、この家具のどれもがアンティークに見えてしまうのは、ボクが異世界人で、現代人であるからだろう。
そんな部屋の奥に、重々しい甲冑を身に纏った大柄の男が立っていた。
「呼び出してすまないな。唐突な招待に困惑しているかとは思うが許してくれ」
「貴方がガルダリアさんですね」
「ああ。私がこのギルドのマスター、ガルダリアだ」
外見をまじまじと見る。
装飾があるわけではないが、鎧が鈍く光っているように見える。
色も銀だけではなさそうだ。薄い緑、いや角度を変えれば紫色にも見えなくない。
きっと異世界特有の鉱石でできているのだろう。
「立ち話もなんだ、そこのソファーに腰かけてくれてくれ」
そう言われてソファーに座ると、ガルダリアも向かい側のソファーに腰掛ける。
「貴公らは森の主であるタイタンタートルを撃退したそうだな。報告に来た冒険者が語ってくれた。なんでも、卓越した弓使いのエルフと風を操る獣人、亀の巨体を引き寄せるほどの魔術を使う者がその偉業を成した、と」
なるほど。
この呼び出しは森の主の討伐のことについての話だったのか。
ようやく合点がいった。
その冒険者というのはダインだろう。
ギルドカードの件でダインがボクのことを説明した際に、今回の森の主の撃退に関して話したに違いない。
そのことがこの英雄様の関心を引いた。
そういう経緯なのだろうと推察した。
しかし「亀の巨体を引き寄せるほどの魔術を使う者」とはダインよ、少しボクをかっこよく盛り過ぎてはいないか。誇張しているように聞こえる……。
「今回は、あのタイタンタートルを撃退した三人の話を聞きたくてこうして呼び出した次第だ。ギルドというのは生態調査が主な仕事であるからな」
「なるほど、そういうことだったのか……。ああ、自己紹介が遅れました。自分はシスイという者です」
「シルワア」
「オレはフェリーだ。……よろしく」
フェリーは何故かニヤニヤと笑みを浮かべている。
それに少し疑問を持ったが、この場ではあえて見なかったことにした。
「ああ、改めてよろしく」
ガルダリアは手の甲冑を外し、握手を求める。
その手を握った瞬間、岩を握っているような感覚に陥った。
硬い。人間の手とは到底思えない。
他の人間よりも筋肉の詰まり方が違うのだろうか。
「しつこいようで悪いが、森の主の撃退はこの三人で行ったのだな?」
「いえ、ダインという冒険者と共同で行ったので、正確には四人です。あの場において誰が欠けても撃退なんて到底無理でした」
「謙虚なのだな。しかしそれを踏まえても素晴らしい実力の持ち主ということになる。タイタンタートルを少数で倒す実力者となると最上位の冒険者くらいになるだろうから。バウアーは巨大なモンスターになると専門外となるから難しいが、リズ辺りの人間くらいでないとできるようなことじゃないからな」
「え、待ってくれ。リズって受付のあのリズさんのことか⁉」
驚きのあまり口調が砕けたが、すぐに「失礼しました」と謝る。
「ああ、気にしなくて良い。それが普通の反応だとも。今は受付嬢として落ち着いているが、アレは中々に戦闘狂だ。私でも及ばないセンスがある。彼女なら、単騎であの主を撃退してしまうかもしれんな」
確かに本性の荒々しさが垣間見えてはいたけれど、そんなに強かったのかあのお嬢さん。しかも単騎とは……この世界の人間は化け物みたいな力を持っているのだな。
「今回はそのときの詳細を語れば良いのですか?」
「なるほど、せっかちなのだな。いや、今回はそういう話をしたくて、ここに呼んだわけではない。私としてはもう少し世間話をしていたかったんだがな。……では単刀直入に言おう。私のギルドに入らないか」
目を丸くする。
想像していたものとは全く別の内容だったからだ。
ボクとしてはギルドカードのことか、あるいは森の主の報酬金とか、そういうものだと想像していた。
「入る……つまり雇われないか、という解釈と捉えて間違いないですか?」
「ああ、その認識で間違っていない」
実力云々の話をやけにすると思ったが、そういうことだったのか。
にしても話が唐突だ。
実力を求めているのだとしても、報告や話を聞いただけでそいつを雇おうなんて普通考えないだろう。
「一応どういう経緯でそうなったのか、説明をお願いします」
「三〇年前、魔族と呼ばれる者達と人類の戦争があった。今は冷戦状態だがね。今この大陸にある街の代表たる英雄も、この戦争で武勲を上げた者達のことを指す」
街を代表している英雄達というのは、そのときの戦争で武功を上げた人達のことを指していたのかと、今更ながらに知る。
「そして、この街は魔族との国境が最も近い街であり、冷戦状態が崩れた際、最前線となる街だ。だから実力者を日々集めているという訳だ。タイタンタートルを倒せるほどの実力を持つ者であれば欲しいと思うのは自然だろう」
「規模が大きな話ですね」
「待遇は保証する。なんなら他の冒険者よりも好待遇なものにするのもやぶさかではない。決して悪い話ではないと思うが、どうだ」
「少し待ってください。考えを整理しますので」
顎に生えた髭を弄りながら、彼の話したことを一つずつ吟味する。
やがて整理がつき、口を開く。
「そうですね、少しおかしいと思ってしまう部分があります」
「そうだろうか?」
おかしいのだ。
相手からすればボク等は素性も分からぬ怪しい奴らなのだ。
そんな人間をこうも簡単にギルドに入れようとするのは、少し不可解だ。そいつの人間性を知っているなら話は別なのだけれど。
こういう話は何か裏がある場合が多い。それがたとえ大英雄の提案だったとしても、油断をしてはならない。
客観的に物事を見なくては。
謀りや下心なんかが潜んでいる可能性を考慮しなくてはならない。
それを踏まえて、自身に得が多くあるものを選ぶ。
生きていく上で必要なスキルだ。
だから相手の腹の内をしっかり探らなくてはならない。
「まず一つ、話ができ過ぎている、という点です。見ず知らずの人間にこうも好条件を語られると、裏があるのではないかと勘ぐってしまうのが普通です。失礼ながら、英雄であるガルダリアさんでも例外じゃない」
「そうだな、それは普通の感覚であろう。だがこれは私の意見ではない。ダインの意見だ」
「ダインの、ですか?」
ガルダリアはコクリと頷く。
「彼は優秀な人材だ。ギルドに所属する団の中でも経験に富び、優れた慧眼を持ち合わせている。私もそこいらにいる冒険者の推薦であればここまではしないが、彼の意見なら信用に値するだろう」
「二つ目はそこです。たとえ信頼を置ける部下からの推薦であっても、まず自分で見ないと信用はしない。やるとしても何か実績であったり、実力を示してもらわないと安易だ」
やけに慎重だ。慎重が過ぎるのではないか? 自分でもそう思う。
だが、もしこれが通ってしまった場合、戦争が起きたときに、真っ先に駆り出される可能性があるということだ。
他にも色々と思うところはあるが、ボクはそれを今一番危惧している。
フェリーやシルワアであれば実力があるから良いが、ボクはほぼ一般人同然なのだ。たとえ給料が良かったとしても、そういうのは御免だ。
「確かに、もっともな意見だな。しかし、試験は必要ない。実力というのは見れば分かるものだからな」
「目利きに自信があると?」
「それもあるが、私はこの目で見たことを一番に信用している性分というだけの話だ。岩石が降ってくるのを目前にしても、動じず力を行使し続ける強い精神力は目を見張る」
「強い精神性ですか。自分ではあまりそう感じませんが……」
「卑下しなくても良い。特質した能力を持つ人間ばかり注目されるが、仕事や役割を理解し、それをしっかりと全うすることができる人間というのは、特質した人間とは違い、探そうと思って見つかるものじゃない。目立たないからね。私はそれを高く買っているのだよ」
「そう、ですか……」
随分と詳細に評価を語るじゃないか。
まるで見て来たかのように。
それほど目に見えるものか?
「全く、妙な所は鋭いっていうのに肝心な場面では鈍いと来た。アンちゃん、無自覚な人たらし癖があるんじゃねえか?」
なんだ、急に口調が砕けて……待て、アンちゃんだと?
すると両サイドにいるフェリー、シルワアが突然吹き出した。
「……ブフォッ‼ もう駄目だ、我慢できない。面白過ぎる!」
「ふ、ふふ……シスイ、鈍い……ふふ」
待て、待て待て待て。
まさか、ガルダリアって英雄は……。
「どうやら、その顔からして気付いたようだな。そうよ、ガルダリアとは表の顔。そして世を忍ぶ仮の姿こそ……!!」
スポーン!
兜を脱ぐ。
「この俺、ダインってことよ」
「はああああああああああああああああーーーーーー⁉」
叫びは部屋に収まらず、扉の外まで響いていたと思う。
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