13 ギルドという組織

 ダインの案内の元、ダアクックという街を巡る。

 街は本当に賑やかだった。石畳が敷かれた大きな通りに屋台が並ぶのは当たり前。小さな路地に入っても小物を売ったり、布を敷いて今朝取れた野菜や果実を売っている。


 周囲の空気は、トロピカルな甘い香りと、爽やかな香辛料の刺激が合わさった匂い。

 視界には色んな柄や色の天幕が屋台を飾り、建物の間には国旗のように干された洗濯物達。

 異国の風景だ。自分は海外に旅行をしたことがないから、余計にそう思う。

 周りのものが鮮明に映るのは「初めて」というエフェクトが掛かっているのだろう。


 ある程度街を周ると、ボク等はギルドに向かう。

 ギルド。

 異世界というコンテンツに広い後輩ちゃん曰く、仕事を受ける場所と説明されたことがある。ハローワークとはイメージが若干違うらしい。


 中世の酒場と依頼という名の日払いバイトの斡旋場所。

 それが後輩ちゃんの話を聞いたときに、ボクが抱いた第一印象である。

 それを元にダインにギルドのことを尋ねると……。


「もうちっと手広くやってるぜ。税の徴収だったり、土地の買い取り貸し出しと昔貴族がやっていた仕事っつうのを引き継いでる。戦争に備えての調査を名目に周辺の環境調査及び、生態観察を行う場所でもあるし、なんならそっちがメインだわな。未知の地域を調査し、功績を上げた先人達にちなんで、そういった奴らを『冒険者』と呼んでいるから」


「じゃあ、その冒険者って人達は皆軍人さんってことなのか?」


「二〇年くらい前まではそうだったが、最近じゃアンちゃんが言ったみたいに日替わりバイト感覚で誰でもできるもんになったぜ。お、そろそろ見えて来た」


 指差された建物は他の店と比べて一回りも二回りも大きく、装飾や彫り物が凝られた壁や屋根が印象的だった。床もずっしりとした石畳が敷き詰められて、いかにも頑丈という感じだ。

 扉は二、三メートルほどの大きさ。

 壁と見間違えてしまうくらいに立派なもので、ボク等を出迎えるように全開で開いている。


 きっと役所みたいな所なのだろうと予想しながら扉をくぐるが、中は想像していたものとは違い、飲食店が並び、テーブルと椅子が多く並べられている。


 どこかファミリーレストランやフードコートといった雰囲気に近しいイメージを抱く内装をしていた。


「場所を間違えたのか? 見るからに飲食店だぞ、ここは」眉をひそめるフェリー。


「いや、そういう訳じゃねえ。ギルドっつうのは場所によって特色があるだ。ダアクックのギルドは飯屋が合体したもんになっていて、依頼の報酬にここの食事券が付いてきたりする。飯ってのは人間の燃料だ。仕事をしてもらう分、ギルドもそういうサービスをしてやろうって寸法よ」


「職員食堂みたいなものか」


「オレの印象はバイトのまかないだな」


「肉買取、よくしてもらう。ここ」


 シルワアは見知った場所のようだ。

 元々森でフェリー共々迷っていたときに街へ案内してくれたのは彼女だ。精通しているのも頷ける。


「それでダイン、このギルドに一体何の用なんだ?」


「街に来る前にアンちゃん達は他所から来たって言っていただろう? だから『ギルドカード』も持ってないと思うんだが、手持ちに心当たりはあるかい?」


「ないな」


「おっさんと同じく」


「だろうな。だからすぐパパッと作っちまおうって魂胆で、ここに来たのよ。ついてこい。こっちにあるカウンターで作れるから」


 ギルドカウンターは入り口を入って正面一番奥にあった。

 カウンターを覗くと、奥には目まぐるしく書類を処理している眼鏡の女性がおり、こちらに気付いていない様子。


 ダインがカウンター上にぶら下がっているベルを必要以上に鳴らすと「あーはいはい、聞こえてます、聞こえてますよー!」と苛立ちを含んだ声と共にカウンターまで走ってくる。


「えーはい、今回は一体どういうご用件で? 依頼ですか、それとも住民票の手続き? クレームだったら管轄外なんで正しい所に問い合わせてください」


 出てきた女性は知的な丸眼鏡を掛けた、髪が男ののように短い女性だった。

 彼女の動作には無駄がなく、眼鏡を直す仕草やペンの持ち方まで、予め設定されたロボットのように見える。少し苛立っているのが気になるが、多分キッチリとした女性なのだろう。


「リズ、眼鏡をしっかりつけろ。俺だよ」


「はあ……よいしょっと。ああっ! ガ……ダインさんでしたか!! これは失礼」


「随分とまあ忙しそうだな、ちゃんと休憩取れよ」


「はっはっはー。どうしてこんなに忙しいのかをご存じでない? 調査に行ったかと思えば森の主の出現して、どっかの誰かさんが逃げ遅れたお陰でこの有様ですよ」


「すまんよ、許してくれ」軽い調子で手を振るダイン。


「まあ、許してやれ。こいつも命懸けだったんだ……」バウアーが庇うように言う。


「はー、命懸けですか。色々と忙しいってときに、討伐隊の編成をするから申請云々と焦った様子で言ってきたから、急いで書類を取ってきたのに、『火急の事態だからお前に任す』と全て押し付けてきやがって。お前の場合、火急の事態じゃなくて、ただ単にやり方を知らないのと面倒なだけだろうが」


 途中から口調が荒くなる受付の人。

 顔を見ると目は眼鏡が反射してよく見えなかったが、口が般若の面みたいになっている。背後のオーラは禍々しい。迫力は森の主に匹敵する。

 冷静沈着そうな男バウアーも、これにはたじろぐ。


「す、すまん……後で手伝うから……」


「当たり前だ!!」


「ま、まあまあ良いじゃねえか。仲良くしようぜ」


 笑いながら間に入るダインだったが……。


「ヘラヘラと笑いやがって、なんだてめぇコラアアアアア!」


 様子が気に食わなかったようで、彼の胸ぐらをがっしりと掴んだ。

 一八〇を超える筋肉男の体が、僅かに浮いていた。

 最初のお淑やかな娘はもういない。

 そもそもお淑やかには映っていなかったので、元よりいないのだが。


「おいちょっと素が出てるぞ、リズ!! 初対面の奴らがいるっていうのに、お前の印象がお淑やかな眼鏡から番長に昇進しちまうぞ、このままだと」


「おっと、これは失敬。……こほん。私はギルドの受付を担当しているエリザベスと申します。親しみを込めてリズと呼んで頂けると嬉しいです。先程はお見苦しいものを見せてしまい、大変申し訳ございません。ですので……そちらのワンちゃんの方、そんなにビビらないで下さいませんか?」


 先程の怒号のせいなのか、フェリーはボクの背中に隠れていた。背中に隠れてチラチラとリズさんの方を警戒しながら伺っている。


「どうした、フェリー。森の主に比べたらちっとも怖くないだろう?」


「あれば獣だったし、アドレナリンがどばどばだったから。でも、こと人間関係に関しちゃオレ、転生前から全くもって成長してない訳で……さっきの怒鳴り声、ちょー怖いっす……」


 尻尾が地面に引きずられるくらいに下がっている。気持ちは理解できるが、何というか情けない姿だ。

 森の主を吹き飛ばしたカッコ良いフェンリルはどこへ行ってしまったというのか。


「それで、今回のご用件はなんでしょうか?」


「そこの二人にギルドカードを作って欲しい」


「ほお、なるほど。分かりました。ではそこのお二人、こっちで軽く説明しますので来てください」


 カウンターの前に立つと、リズさんは手前の棚から水晶玉と名刺のような紙を持ってくる。


「この水晶に手を当てると、貴方の名前や適性などの身体情報を読み取ってこのカードに刻印してくれます。これを作ると依頼などが受けれたり、仕事をする際の手続きを一部短縮できるようになります」


 保険証とか自動車免許みたいな本人確認書類のようなものか。

 中世のような雰囲気と見せかけて、案外こういった部分は身近というか、むしろハイテクと言えてしまうんじゃないだろうか。

 触るだけっていうのも簡単でありがたい。


「じゃあオレからやって良いか。こういうの、何気に憧れてたんだ」


「割と有名な行事なのか? こういうのは」


「まあね、異世界と言えばの代名詞に近いかもしらん」


 フェリーは手汗を自分の毛皮で拭くと、まるでひよこでも撫でるかのように、そっと水晶玉に手を乗せる。するとぼんやりと翡翠色に輝いて、先程の紙を近くに持っていくと光は紙へと移った。

 じわじわと滲むように光が広がり、やがて文字が現れる。


 

『フェリー・フール・ガルダリル』

 種族 登録なし

 性別 不明 

 体力    A

 筋力    A

 俊敏    S

 魔力    A

 魔力出力  A


 ※評価のABC表記は伝わりやすいように翻訳されています。

 


「おお! ……良い感じなの、これ? 字が読めないから分からん」


「まんべんなくA判定はかなり高水準だと思いますよ」


「一応聞くけど、どういう基準で評価されるんだい?」


「一般平均はD。経験があったり、才能の余地がある場合はC。専門職に就く場合に必要となる水準がB。天性の才、あるいは歴戦と呼ばれる人間はA。英雄レベルになるとSと判定されますね。もっと具体的な数値が知りたい場合は身体検査等々をしなくちゃいけないんですけれど。ざっとこんなもんかと」


「凄いじゃないか、フェリー。天性の才だって」


「ぐぬぬ……フェンリルだからもっと上を言ってるかと思ったのが、人型だとこうも弱体化するか……」


 「フェンリルの姿だと悪目立ちするから」というシルワアの指摘で人型になっているフェリー。

 その影響は彼の思っていたよりも結構深刻な様だ。

 落ち込んでいるフェリーを他所に、ボクも水晶玉に手を乗せる。


 そして水晶玉が光り始めたとき、体にぶわっと鳥肌が立った。

 まるで何かに覗かれているような感覚が、蛇のように水晶玉から自分の中に伝ってくる。

 全身にブワッと鳥肌が立つほどの気持ち悪さに耐えられず、すぐに水晶玉から手を離してしまう。

 手を離した水晶玉は鈍色に輝いている。

 やがてその光は紙へと染み込んでいく。



『 ・   ・  ・・・・・・ ・・』

 種族

 性別

 体力   D 

 筋力   D

 俊敏   C

 魔力   SS

 魔力出力 F



「……」

「……」

「……」


 その場にいる人間、全員がボクのギルドカードを見て沈黙する。

 結果を見てどこから突っ込んだものか悩むダインやリズさん達ギルド組、字が読めないからよく分からないボクとフェリーの転生転移組、カウンターが高くて見えずらそうにつま先で立つエルフ組、というかシルワア。


「シルワア、だっこしようか?」


 ボクは腕を広げて、期待の眼差しを彼女に向けた。


「イス」


「はい」


 イスを持ってくると、シルワアはそれを台にして乗った。


「……それでこれは良い感じなのか、ダイン」


「うーんいや、まあ普通って感じだな。だけど飛び抜けて凄いのは魔力だな。SSなんてあまり見ない。ただ魔力出力がFってのがなあ……」


「魔力出力っていうのは一体どういう技能なんだ?」


「魔力を井戸だと考えると、魔力出力ってのはバケツだ。一度に引っ張り出せる魔力の量のことを表している」


「その魔力出力が低いボクが魔術を使うとなると、一体どうなる?」


「まあ、普通の人間が火の玉を出すところを、アンちゃんはマッチの火くらいの玉しか出せねえんじゃねえかな」


 随分とまあショボいな。

 これは魔法とは縁遠い現代人であるが故の弊害という奴なのか。魔法の才がないことに期待外れではあったが予想はしていたから、ショックはそれほどなかった。

 けれどボクの魔術の才よりも物議を醸していることがあった。


「名前がおかしいですね……ちゃんと表示されていない」


「水晶玉が壊れたとかか?」


 ダインがリズさんに尋ねるが、首を振って否定する。


「水晶玉は壊れるような代物ではないよ。水晶は『グラニットの石碑』という人間の情報を汲み取るオーパーツみたいなものの力を引っ張ってきてるだけだから。大元に不具合が生じたのかしら?」


「それほど名前がないといけないことなのかい? さっき言っていたみたいに代筆でどうにかするっていうのは難しいの?」


「それが規定で駄目なことになってるんですよ。私もこの辺の理由は分からないんですけれど。けれど名前がないと、このギルドカードを作った意味がなくなってしまいますね。依頼もカードがないと受けられない」


 つまりボクのカードは使えないってことか。

 コイツは困ったな。今後の方針として、ダインが言っていたギルドの依頼を受けようとしていたんだが、難しくなってしまったのかもしれない。


 こうなったら、向いてなさそうだがシルワアに狩りのやり方でも教えてもらおうか……。

 悶々としているとダインが背中をバシバシと叩く。


「そう落ち込むな、アンちゃん。この件、上の奴らに掛け合って俺が何とかしてやんよ」


「良いのか?」


「おうよ。どう見ても今回の件はギルド側の問題だろうし、何よりダチが困ってんならそれを助けるのが俺の性分なのさ」


「そうか……ありがとう。じゃあ、その言葉に甘えさせもらおうかな」


「なあに、一緒に共に戦った仲だろう?」


 たまたま助けただけの関係が、こうも発展するとは。

 これほど人情的な人物は久しく見ない。

 それは元居た世界で命を懸けるような場面がなかったからかもしれないけれど、それを差し引いても、この男ほど愉快な男は周りにいなかった。


 ダインが案内のダアクック巡りは、ギルドを終点として終わり、現地解散になった。 ボクとフェリー、シルワアは宿を探す為、ギルドを後にした。

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