11 達成と実感には時差がある

 パチリと目を覚ます。

 視界に広がるのは青い空がゆっくりと動いている光景。

 耳元ではガラガラと何やら車輪が転がる音と、木が軋む音が響いていた。

 パカラッパカラッと蹄の音が聞こえる。

 多分自分は馬車の上にいるのだろう。そう考察する。

 荷台に比べたらグレードアップしていると言える。


「シスイ、起きた」


 視界いっぱいにシルワアの顔が映る。

 そういえば、やけに後頭部が柔らかい。

 これはいわゆる膝枕という奴なのだろうか。


 慎重に頭の下にある柔らかい感触を確認する。

 大きくて、柔らかくて、それでいてモシャモシャ。

 ああ……この太腿は、多分……。


「残念、オレでした」


「いや……別に。何も期待していないよ。ただ毛がゴワゴワだなって思っただけ」


「膝を借りていた奴の言葉か、それが」


 ズキズキする頭をさすりながら、体を起こす。


「シスイ、期待、何?」


 先程の会話の意味がよく分かっていないシルワアが、首を傾げてこちらに尋ねる。


「気にしなくて良いよ。これはただ、自分の浅ましさを嘆いていただけだ」


「お、起きたかアンちゃん」


 ダインの声がして、そちらを向くとボクの向かい側に座っていた。

 盾も服もボロボロだが、大した怪我はなくピンピンしている。


「ダイン、タイタンタートルはどうなったんだ?」


「気絶してたから覚えてねえか。それも仕方ねえ。軽く説明する、と遠い彼方まで吹っ飛んでいって行方知れずって所だ。丁度今ギルドの連中が周辺の調査なり、行先を知らべ始めた。そのうち分かるだろうよ。ま、危機は去ったってことだろうぜ」


 そうか、それはよかった。

 安堵する。

 もうあんな危険は冒したくないものだ。

 あんなの命がいくつあっても足りない。


 ほっとしていると、何やら視線を感じる。

 視線はダインが座っている向かい側の席。

 ダインの隣には見知らぬ少年少女が座っていた。

 

「ダイン、そこにいる人達っていうのは、さっき言ってたギルドの方かい?」


「お、そうだったそうだった。アンちゃん、紹介するぜ。こいつ等は俺のパーティメンバーだ。街から救援を呼んで来てくれたのさ」


 少女はぺこりとお辞儀をし、少年の方は片手を上げて手を振る。


「初めまして、シスイさん。この度は私達の団長を救っていただき、ありがとうございます。私はセシアというものです。気候や地形などの調査をメインとした魔術師です。……なんて仰々しい物言いをしましたが、最近修行課程を終えたばかりの新米なので、まだまだ未熟なのですけれど、どうぞよろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしく。セシアちゃん」


 見た目からして一七歳くらいだろうか。

 長髪の黒髪に知性が宿る緑の瞳をしている。

 礼儀正しい性格が言葉と背筋を伸ばした座り方から見て取れる。


「僕はリアック。剣士をやってる。主に調査員の護衛みたいなことをするのが仕事だ。よろしくな、シスイの旦那!」


 リアック少年もセシアちゃんと同じくらいの年齢だろうが、印象としては真反対だ。

 栗色の短髪に真っ直ぐな青い瞳。元気で体力が有り余っているといった印象か。

 抜けているというか、悪い言い方をすればバカっぽいのだが、見ていて元気を貰えそうな気持になる。愛されるバカ、という奴なのだろう。


「リアック、あなたまだ見習いでしょう?」


「うるせーな。すぐに取れる肩書なんだから、言う必要ないだろ」


「二人は仲が良いんだね」


「仲が良い訳ではないです。ただ単に村が同じだけ」


「そうっすよ。まあ、確かに家はお隣さんでしたけど、毎日は遊んでなかったもんな?」


 多少は遊んでたのか。

 やっぱり仲がよさそうだ。


「そんで、今馬車の前で手綱を握ってるのが俺の相棒、バウアーだ。口下手だが武器のことになると饒舌になる。静かだが愉快な奴だ」


「……よろしく」


 肩まである長い髪と鋭い瞳は狼のようだ。

 見た目と口調から怖いというか、近寄りがたいオーラが出ている。

 そんなバウアーは、耳を澄ませば聞こえるくらいの声量でボクに尋ねる。


「……頭の怪我は、大丈夫か」


「ああ、はい。たんこぶができたくらいですかね」


「……場所が場所だ。何かあったらすぐに言うと良い」


 凄い気を遣ってくれている。

 近寄りがたい雰囲気と違って、優しい心を持っているのかもしれない。


「名前は多分ダインから聞かされてると思うけど、一応形だけ。ボクはシスイ。ただのしがないおじさんだ、よろしくね。隣にいる二人は……」


「シルワア。エルフ、弓使える。よろ」


「フェリー、です。よろしくお願いします」


 あれ、なんか一人普段と様子おかしくなかったか?

 フェリーの方を見ると、恥ずかしがっているのか、もじもじしている。


「フェリー、どうしたんだよ。そんな畏まった紹介なんかして。お前、人見知りなんてする質だったのか?」


「いや、だってほら。あんま人と話したことなかったし、一〇〇年のブランクがあると、こう距離感っていうのが分からなくなるじゃん。知ってるでしょ?」


「一〇〇年のブランクなんて言われても想像できないよ。それに、ボクとかシルワアには普通に話してたじゃないか」


「おっさんは同郷だろう? シルワアに関しては子供だからだ。誰だってちっちゃい子には物怖じしないだろう? ……あ、ちょっと、踏まないでシルワアさん。踵でぐりぐり足の親指踏み潰さないでください。いででででで!! 体重掛かってて結構普通に痛いので、謝るから踏まないでください、お願いしますっ!!」


 フェリーの悲鳴が響く。

 シルワアに子供というワードを言うとああなる。地雷なのだ。それをここ一週間と少しの期間で学んだ。


 若い頃というのは、年齢を高く見せようとする傾向がある。大人に憧れているのだ。

 もし彼女と話す機会がある人がいるのなら、注意した方が良い。


「ところで話を変えるんだが、アンちゃん達はどこから来たんだ?」


「随分と唐突だな」


「いやな、あの森に入る人間っていうのは大抵盗賊や密猟者の類、それか俺達みたいなギルドの生態調査を主にした人間だ。ギルドの人間っていうのは大抵が顔見知りだから、アンちゃんが所属していないことは分かる。だからといって、アンちゃん達が盗賊や密航者の類にはどうしても見えん。だから、手っ取り早く尋ねてみたって話よ」


 盗賊や密猟者ではないという信用は、きっと森の主の撃退が影響しているのだろう。

 ダインとボク達の間には友情が芽生えていた。

 だからこそ、ボク等の所在を知りたいのだ。


「で、アンちゃん達はどうしてあんな場所にいたんだ?」


「話すと突飛な話になってしまうんだけれど実はボク、異世か———んぐっ⁉」


 突然フェリーが口を塞ぎ、耳打ちをする。


(何とんでもないこと言い出してるんだよ、おっさんっ!!)


(いや、何って、異世界転移ならぬ異世界不法投棄してきたって言おうとしたんだが……)


(馬鹿か! 前も変に人に話すなって言っただろう? そんなことを言ったら確実に変な目で見られる)


(……そんなおかしなことか? 前回はシルワアだったからああなったが、ちゃんと説明する為に、色々と考えをまとめて来たんだ。それだったら理解してくれそうなもんだが……)


(隣にいた男が突然「オレ、宇宙人なんだ」って言ったらどう思う?)


(……関わりたくは、ないかもな。理論立てて言われても)


 なるほど、異世界人というのは宇宙人だったのか。

 確かにそう言われたら納得だ。

 説明できれば、証拠を見せればという話ではなかったのだ。

 話した時点で怪しく、浮いてしまう。

 彼はそれを忌避していたのだ。

 自分の解釈が間違っていたのだと、今更ながら気づく。


(じゃあ、どう説明すれば良いんだ?)


(……ああもう、しょうがない。ここはオレが説明するから合わせてくれ)


 そう言って顔を離すと、フェリーは咳払いをする。


「実はおっさん、山奥で暮らしていたんだ。そんで近くの街に用があってこうして下りて来たって訳だ」


「山の、奥か。集落かなんかがあったりしたのか?」


「え? うーん、そうそう。(おっさん、なんか良い場所の名前ないか?)」


 「任せておけ」と言った割には、随分と早く頼るじゃないか。

 仕方ない。

 ここは年長者が話を合わせ、帳尻を合わせ、尻拭いをしてやろうではないか。


 日本、というのは安直な気がする。どうせなら、少し遊び心が欲しく感じる。

 日本……ジャパン……英語は微妙だ。じゃあ他に何かあるだろうか? 富士山……山……そうだ。


「邪馬台国って場所で暮らしてたんだ、ボクとフェリーは」


「ヤマタイコク……聞いたことねえな」


「だろうね。かなり山奥にあるから」


「そもそもこの森っつうのは、あまり調査が進んでねえ未開の森だ。そんな場所に人が住んでいたとしても、まあおかしくはないのかもしれねえな」


 どうにか納得してくれたようだ。

 相方は「何故、邪馬台国?」と無言で尋ねてくる。これは単純に邪馬台国と思いついただけのこと。これといって深い意味はない。

 しかし隣で座るシルワアは、何故か目をキラキラさせていた。


「山、大きい?」


「……あー、大きい山もある、かな。てっぺんだけ雪が降ってる奴」


「おお!」


 絶対この子、「邪馬台国」のことを「山大国」って変換しただろ。

 けれどそれを指摘するのはやめておいた。

 きっと好奇心で耳がピコピコ動かす、この面白可愛い生態を観察したいと思ったからだろう。




 馬車から見える風景は木々が覆うような森林。

 この世界に来てからずっと見ていた光景。

 木々が風で揺れる。まるで別れの挨拶でもしているかのように。

 そう感じるの、は前方で森の切れ目が見えたからだろう。


 森の切れ目を抜けた先には、一面緑の平原がボク等を出迎えた。

 切り開かれたような一面の緑。

 まるで海みたいだ。そう思ってしまった。

 人は時に緑を青と呼ぶのだから、この景色は海と言ったとしても、きっと誰も文句は言わないだろう。


 気持ちよく吹く風で揺れる芝生は波のよう。

 点々とある森はまるで孤島のよう。

 この大海に細々と遠く続く道は、野生動物の生物圏から、人間の文化が及ぶ生存圏へと続く海路なのだろう。


 しかし、本当に綺麗な景色だ。

 これほど心揺さぶられるのは、ボクの日本という国の景色が森ばかりだったからだろう。

 木々の生い茂る鬱蒼とした森。更地に建てたれたコンクリートの森。道路を埋め尽くす人の森。

 色んな森を知っている。


 だから、ボクはこんな景色があることを知らなかった。

 森とは対の景色。

 日本ではきっと見れない。

 絵や写真じゃ比較にもならないくらいに壮大で、美しい。


 ボクはこの景色を見て、ようやく自分が異世界に来たと実感したのだ。

 本当に今更だけれどね。

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