10 フェンリルの所以

 走る。

 血反吐を吐くくらい、必死に走る。

 怒り狂った森の主から、とにかく全力で逃げる。

 死の感触と緊張に飲まれまいと、必死に冷静さを保とうと、客観的に物事を捉えるように努める。


 目の端の地面に、木が丸々一本後ろから飛んできたのが見えたが、その木の絶叫のような軋み音なんかより、自分の心臓の音の方が大きかった。

 自分の駆ける足よりも速く鼓動し、肋骨の内を殴り続ける。


 なんでこんなにドキドキしてるんだ。

 恐怖からか。

 それとも興奮からか。

 その境界線が曖昧になっていた。


 こんなに必死に走ったのは、人生で初めてだ。

 緊張からか足の力が妙に抜ける。強張っているんだ、きっと。

 息が浅い。ちゃんと吸え、吸え、吸え。


「アンちゃん」


「なんだ!」


 息も絶え絶えで答える。


「お前右の鼻の穴、鼻毛出てる」


 空気を読まない、場違いなことを言うダイン。


「こんな時に身なりをどうこうできるかっ!」


「いや、すまん。つい気になってだな」


「そっちは余裕かもしれないけれど、ボクは体力がないんだっ! 辛そうなのが見て分からないかい⁉」


「そうさな。生きることというのは苦難の連続だ。確かに辛い。だがそれにどう向き合うのかが俺ぁ大事だと思うぜ」


「いや、確かに『辛い』という悩みは抱えているけれど、そんな人生単位のベクトルの話での辛さではなく、コンマの単位で可及的速やかに解決したい命のやり取りの辛さだ」


「しかしよ、見てみろ、あのタイタンタートルを。こうして走っていて、特に距離を離すことはできないが追い付かれる様子はない。この速度を保ち、飛んでくる木々をひょいひょいっと避けるだけで、なんら危険のない役回りじゃねえか?」


「そこに不安があるから危機なんだって言ってるんだろう! ボクの足を見ろ。アンタの巨木に比べてボクのは小枝並だろう」


「まあ、確かに俺の足は巨木並だし、筋肉には自信があるから比べちまったら駄目なものだと思うが、それにしたってちと貧弱過ぎやしないか? ズボンで足自体は見えないが、この程度で息を上げてる奴は子供にだっていねえぞ」


 よく生きてこれたな、と謎の感心と珍獣でも発見したかのような目でこちらを見てくる。

 必死に走らなくてはいけない状況と、ダインの気が抜けるような会話で気がおかしくなりそうだ。


 なんだか腹も立ってくる。

 嫌味ではなく、本心で言ってそうなのが怒りを助長する。

 

 ムカつく心を抑えようと躍起になっていると、ふと気付く。

 なんか、軽くなった。

 体ではない。多分気持ちの方。

 胸の内に寄り掛かっていた重さが軽くなっている。


 きっと、感情を吐き出したからだ。

 その分、気負いが少なくなった。

 力が入らなかったのは、緊張から来るものなのは分かっていた。

 それがダインとの会話で緩んだのだ。


「少しは落ち着いたか? そんな切羽詰まった顔すんな。気楽に行こう。こんな体験滅多にない」


「そんなポジティブな考え、自分は思いつかないよ」


 空気を読めないのかと思ったが、意図的だったようだ。

 その方法が少し腹が立つが、緊張をほぐすという点で効果的だ。

 きっと緊張で動けなくなった経験というのがあるのだろう。あるいは。身近に緊張しやすい人間がいるのかもしれない。


 緊張が抜けた足で、地面を精一杯蹴る。

 だが体力が増えた訳じゃない。辛いのは変わりない。

 乱れる呼吸。加速する心臓。疲労により感覚が研ぎ澄まされているのか、呼吸と鼓動がやけに大きく聞こえる。


 次第に耳は外側へと向かう。

 岩がゴロゴロと、木々がバキバキと音を立てて飛んでくるのが聞こえてくる。

 辺りに舞う砂塵、木片。

 時折背中に当たるつぶて。

 何が後ろで起きているか、見はしない。

 怖いからだ。


 けれどその分、意識は耳に集中してしまう。

 途中何度も岩や木そのものが大砲の玉のように飛んでくるが、後ろを振り返って避ける余裕なんてものはない。技もない。

 全て運任せだ。


 けれど一瞬、ちらりと後ろを振り向いてしまう。

 そこにはダインが少し後ろを走り、岩や木を大盾で弾いてる姿が映った。

 そうか、彼が飛んで来る岩や木から守ってくれていたのか。

 どうやら、運ではなかったらしい。

 ボク一人だったら、一体何度死んでいただろう。


 ダインのその行動がいかに負担になっているのか、無茶なことなのかは、彼を見ていれば分かる。

 滝のような汗。頬にできたかすり傷。荒い息。


 彼の無茶は、ボクが囮となるという無茶から来るものだ。

 だから走れ、走れ、走れ。

 ボクの為ではなく、ダインの為に走れ。

 喉が千切れてでも、心臓が胸から突き抜けても走れ。


 

 やがて森が開けてくる。

 森がくり抜かれたかのようにぽっかりと開けており、その真ん中でフェリーが拳を引いて構えているのが見える。

 

 すると背中から強い風が吹いた。背中を押されるくらい強く。

 いや、正確に言えば吸い込まれた、というのが正しいだろう。


 フェリーの腕には三つの光輪が付いており、そこから「キイィィィーーーン」という、まるでジェットエンジンのような轟音が響いている。

 フェリーの腕に風が集結しているのだ。


 本来風というのは目視することができない。肌や耳で感じるものだ。

 だがこの風は、強大が故にその姿を隠せない。

 周囲の砂埃や葉が巻き込まれ、その透明な巨体をあらわにする。


 巨大な螺旋。

 龍が二匹巻き付いているようにも見える巨大な風の螺旋。威圧感、尋常さが伝わってくる。

 周囲の木々が風に煽られ、フェリーの方へとなびく様は、フェンリルとい存在に、自然そのものが力を献上しているようだ。


 それを飼いならすフェリーの眼光は鋭い。

 いつものチャランポランでどこか抜けている高校生から一変し、獲物を殺すことのみを目的とした冷血な獣を顔に宿していた。

 ボクはフェリーに駆け寄る。


「フェリー!」


「収束率、九五パーセント……。お! おっさん、無事だったか! 良かったあ、下手したら死んでるんじゃないかってヒヤヒヤしたぞ」


 声を掛けたら怖い獣の顔から一転し、にこっと人懐っこい元のフェリーに戻った。


「それでおっさん、森の主はどこだ?」


「どこだって、丁度真後ろに……あれ?」


 ふと地鳴りのような足音、もとい破壊音が消えていることに今更気付く。

 振り返ってみると、森の主は広場の手前で足を止め、こちらを静かに睨みつけていた。


「動きは鈍いが、頭は別みたいだな。オレの技を警戒しやがった。どうする、おっさん」


「どうするって言われてもな、このままどっか行ってくれないかな」


 そんな願望をフェリーは首を振って否定する。


「それはないな。見ろ、あの顔。絶対殺すって奴の目だぜ。何か来る。身構えろ、おっさん」


 身構えろって言ったって、どうしろっていうんだ。

 とりあえず、足を広げて直ぐに動けるようにする。


 しかし、あんな場所で止まって何ができると言うのだろうか。

 助走を付ける為か、いや付けたところで後ろのフェリーがやっつけてくれるだろうし、そもそもフェリーの攻撃を警戒しているのだ。

 考え無しで走ってくる訳がない。


 突然、背中をグラグラと揺らし始める森の主。

 すると背中に乗った粘土の山から鋭利な岩の突起が現れた。

 一体あれは……?


 ボン!


 爆発のような音が響く。

 一瞬、何の音か理解できなかった。

 けれどボク等に差す日光が僅かに陰り、ふと上を見上げると、鋭利な岩がまるでミサイルのようにこちらに飛んで来るのが見えた。


「嘘だろ嘘だろ嘘だろ……⁉」


「どけ、アンちゃんッ!!」


 ダインが後ろから押しのけたかと思うと、目の前で数メートル跳び上がり、大盾で弾き飛した。

 弾かれた岩は軌道がズレて、ボクの隣に落ちてくる。

 岩は地面にめり込み、伝説の剣よろしく深々と刺さっている。

 あんなのまともに当たったらぺしゃんこだぞ。


「すまん。助かった」


「ああ、良いってことよ……っつう……」


「どうした、ダイン……お前、その腕……!」


 ダインの左腕を見ると血がダラダラと出ている。

 よく見ると、先程まで握っていた盾の右半分に巨大な穴が空いてる。

 先程の岩が貫通したのだ。


「いやぁ、マズった。まさか盾がイカれるとは誤算だったぜ」


「傷は深いのか?」


「いや、大したことはねえよ。かすり傷の範疇さ。しかし、余裕がねぇな俺達。このままずっと岩飛ばされたら、手も足も出ずやられちまう」


 ダインは腕を抱えながらヨロヨロと立ち上がると、フェリーに言う。


「おい、フェンリルのフェリーさんよ。そこから走って腕に貯めた必殺技をぶち込んでやれねえのか?」


「できたらとっくにやってるぜ。……本来はフェンリルの姿でやる技なんだ。この姿で安定させるとなると動けなくなっちまう」


「くっそ。万事休すか?」


 フェリーは動けない。

 ダインもボロボロ。

 このままだと岩のミサイルで潰される。

 かと言ってあのモンスターに立ち向かっても挽肉にされる。

 

 どうにかあの怪獣をこっちに引き寄せることができれば。

 ……引き寄せる?

 そうだ、あるじゃないか。

 ボクにしかできない役割が。


「ダイン。まだあの岩防げるか?」


「上手くいなしゃいけるぜ。何でだ?」


「アイツを引っ張る策、と言うと緻密に立てられた計画みたいに聞こえるけれど、ほとんど思い付きに等しいものだから、上手くいく保証はないけれど……」


「ああと、つまり何か打てる手が残ってるってことか?」


「そうか! マジックハンドだな、おっさんっ!」


 フェリーの言葉にこくりと頷く。

 マジックハンド。

 大きさ、重さの関係無しに物を引き寄せる能力。

 これしかない。


 けれどこれには懸念点が二つある。

 一つは個人的なこと。触らないと解除できない点だ。

 ここはボクの頑張り所である。触れたらぐちゃぐちゃになりそうなダンプカーみたいなモンスターに、タッチするだけの簡単なお仕事だ。

 生憎、ダンプカーではないけれどトラックに轢き潰された経験がある。

 腕が鳴るぜ。クラクションみたいに。まあ、鳴らしたくない経験だけれど。


 二つ目、というか多分こっちの方が重要な問題だ。

 というのも生き物に対してこの力を使ったことがないのだ。

 この力は引き付けるものをしっかりとイメージしなくちゃいけない。


 石や果実なんかは、それ自体を一つのものとして見れる。

 けれど生き物とういのは、ボクのイメージでは腕、足、頭や骨、肉、皮といったように部位の統合のように思えてしまう。何を引き寄せれば良いか、定まらないのだ。

 けれど四の五の言っている暇も、余裕も、ボク等にはない。


「やるだけやってみるさっ!」


 自分に言い聞かせるように吐き捨てると、腕を突き出して引き寄せるものを探る。

 頭、腕、胴体……どれもピンと来ない。

 人間の頭蓋骨を取っても八つある。他の生物、異世界のモンスターだったら何個あるかなんて分かったもんじゃない。


 そういう無駄な知識が、足を引っ張ってるのは自分でも分かってる。

 そんな足さえ引き寄せられないけれど。


 だが探る中で引っ掛かったものがあった。

 甲羅だ。

 あの甲羅は土や鉱物でできている。

 だったら石と同じような感覚で引き寄せられるんじゃないか?


 イメージを掴むように突き出した手を握りしめ、引っ張る。

 ビンッと魚が釣れたような当たりを感じると共に、森の主であるタイタンタートルはゆっくりとこちらに引き寄せられる。

 

「すげえな、アンちゃん! 一体どうなってるんだ?」


「ボクの能力って言えば良いのかな。今のボクにあまり話しかけないでくれよ。集中してるから。それよりも、ダインは岩を頼む」


「オッケィ、任せろ。片手と盾の半分でも残ってんなら、いくらでもやり様はある」


 ダインは左腕の傷を布で縛ると大盾を右手で握る。

 しかし、いつもより上手く引き寄せられない。

 普段なら岩でも丸太でも剛速球で飛んで来るっていうのに。

 

 原因は多分、あの森の主がこの力に抵抗しているからだ。その証拠に足が地面にめり込んでいる。

 そのせいで早歩き程度の速度でこっちに引き寄せられている。

 ということは……。


 ガコンッ!


 タイタンタートルの背中に岩のミサイルが生えてくる。

 反撃される猶予があるってことだ。どの道、ボク達はこの岩を何回か相手にしなくちゃならないということだ。

 さて、どう凌ぐ?


 すると、山の方から空を切り裂くように矢が飛んで来る。

 飛んできた矢は森の主の甲羅に刺さり、刺さった矢には小さな筒が付いていた。

 その筒から僅かに煙が出て来たかと思うと……。



 ドオオオオンーーーー!!



 ……爆発した。


「一体なんだ⁉」


「多分シルワアの嬢ちゃんだろうぜ。嬢ちゃんにはタイタンタートルにバレてないっつうアドバンテージがある。だから別れる前にヤバくなった時の奇襲を頼んでおいたのさ」


 姿を見ないと思っていたが、そういうことだったのか。

 次に放たれた矢は先程よりも正確に森の主の甲羅のミサイルに刺さり、爆発する。

 しかし、そんなことは構わないという様子で岩を射出する森の主。

 

 二つ目に撃ち出された岩は一回り小さい。

 シルワアの攻撃が効いているのだ。

 その一発をダインは軽々と弾き返した。


 けれどシルワアの手持ちの火薬が底を尽きたのか、五発目を最後に矢が飛んでこなくなった。

 矢というのは、猪や鹿といった生物であれば効果を発揮するが、これほど大きい生き物になると、期待できない。

 彼女の支援はこれまでだ。


 ここからは正真正銘、真っ向勝負になる。

 相手との距離は五〇メートルほど。

 ミサイルの発射時間を考えて、後一発は絶対に来る。


「ダイン、どれくらいできる?」


「せいぜい一発ってところだな。かなり運だけど」


「フェリー、どれくらい近ければ良い?」


「あの巨体を完全に倒し切るには五メートルは欲しいっ!」


 五メートル……かなりギリギリの距離だ。

 本当に目と鼻の先レベルの至近距離じゃないか。

 けれど、これしか活路がないのなら、諦めてやるしかない。


「ダイン、運じゃなくて絶対に止めてくれ」


「はっ! 手厳しいねえ。良いぜ、やんなきゃ後がねえもんな。アンちゃんも巻きで引っ張ってくれよ!!」


 ダインの最後の言葉は聞こえなかった。

 もっと早くコイツを引き寄せなくては、という思考でいっぱいになっていたからだ。


 集中する。

 全神経をこの怪獣を引き寄せることに、集中する。

 集中する。集中する。集中する。

 呪文のように頭の中で唱えるが、迫りくる巨大な化け物を前に、本能と理性がそれこそ邪念のように悲鳴を上げる。


 果たしてこれが最善だったのだろうか?

 戦いというのは最終手段だ。逃げるという選択肢が残る中で、何故これを選んだ?

 これが失敗した時、自分はともかくフェリーやシルワアを巻き込んでしまったことを、どのように償うというのだろうか? 

 自分の安易な欲求で人助けをするなんて、偽善も良いところだ。

 人間一人と、仲間二人。君は、こんな簡単な天秤さえ分からないのかい?


 冷たい自分が脳内に現れる。

 果たしてこれが最善だったのかと、後悔する。

 非難するように指を指す。

 

「少し、黙っててくれないか……!!」


 理性と本能を一蹴する。

 そういう思考は後で良い。

 今はただ、自分の役割を果たすことに専念すれば良い。

 理性も本能もいらない機械のように、やるべきことを果たすのだ。


 大きく息を吐くと、額を殴る。

 頭の中のスイッチをオフにする。

 音はいらない。焦りもいらない。不安もいらない。心もいらない。

 ただ迫りくるモンスターの距離さえ測っていれば良い。

 森の主の進行が早くなる。



 残り四〇メートル。



「収束率、一一三パーセント」


 フェリーの詠唱だけが、やけに頭に響く。

 森の主が背中を大きく揺らす。



 残り三〇メートル。



 森の主が背中から同時に二発、岩を射出してきた。想定してなかった事態に、思わず目を見開く。

 しかし、ダインは動じない。

 場慣れがが伺える。



 残り二〇メートル。



 ダインは跳躍し、一つ目の岩を盾で弾く。

 木製の盾は粉々に壊れた。

 二つ目の岩を拳で突き飛ばす。

 岩二つとも、軌道がズレて前方に刺さる。


 ダインは、墜落するように地面へ落下し、怪我した腕で着地した。激痛で顔が歪んでるのが見える。

 彼は空中で無理な姿勢を取ったからか、受け身を取れなかったのだ。



 残り一五メートル。


「圧縮率……臨界」


 貯め込んだ膨大な風を圧縮するように、三つの光輪は一つに集約される。

 あの量の風を圧縮するとなれば、当然高熱が発生する。

 それを証拠に巻き上げた葉や小枝がちりちりと燃えていた。


 しかし、フェリーはものともしない。

 彼の体毛がわずかに金色に輝くのが見える。

 推測するに、何かしらの魔術で熱を防いでいるのだろう。



 残り一〇メートル。



 森の主は巨体を起こし、ボク等を踏み潰さんとする。

 しかし立ち上がった瞬間、森からシルワアが飛び出してきた。そして弓の弦を限界まで引き、森の主に向かって矢を射る。


 矢はフェリーの風の影響か、カーブを描くような軌道を取って、吸い込まれるように森の主の目玉に向かい、見事命中する。

 森の主は大きく態勢を崩した。


 九メートル。

    

    八メートル。


       七メートル……。



「入った」


 フェリーは静かに告げる。

 その言葉と共にフェリーを中心に突風が吹き、その風に当てられた森の主の体は僅かに浮く。

 ボク自身もその強い風に当たり、後方へ吹き飛ばされる。

 次に顔を上げるとき、ボクは見た。

 フェンリルと呼ばれる者の、その所以を。


「ターゲット・セット、風力解放。穿て、必殺『空気砲』!!」


 溜めた風を解放するように、森の主に向かって正拳突きをする。

 

 ヴォンッ!!


 あまりの衝撃音に耳を塞ぐ。

 低く重い破裂音が空気を揺らし、響き、波動を生む。

 ブウゥンと耳鳴りがする。

 彼の生み出した波動は周囲の木々、岩、地面までも巻き込み、壊し、吹き飛ばす。

 頑強であろう森の主、タイタンタートルも例外ではない。


 波動に当てられた甲羅は無数の亀裂が入ったかと思うと、粉々に粉砕され、大部分が砕け散った後、この生物本来の姿を晒す。


 巨大なトカゲのような姿をした森の主。

 しかし正体を晒されただけでは収まらず、何トンという体重が宙に浮いたかと思えば、その巨体は流れ星のように彼方へと吹き飛ばされる。

 

 やがて見えなくなった巨体。

 ほどなくして、静寂が降りてくる。

 臨戦態勢は解けない。

 けれどシルワアから「グー」という音が聞こえて、緊張が解けた。


「ようやく終わったようだな」


 ダインは「ふう」と溜めた息を吐き出す。


「フェンリルっていうのは、本当だったんだね……」


 ボクは思わず、感嘆の息を漏らす。

 それくらいに、衝撃的な瞬間だった。

 そんな魔術の威力に度肝を抜かしているのも束の間、引っ張っていた亀の甲羅の一部がボクの顔面に亀の甲羅の破片が飛んでくる。


「ぐぼほッ!!」


「おっさん⁉」


 唐突に襲う鈍痛に、意識はのらりくらりと揺れて、崩れるようにその場に気絶した。

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