09 突貫

 森の中を息も絶え絶えで走り抜けると、鬱蒼とした茂みの中に、ぽつんと大きい岩が立つように鎮座していた。

 その前でシルワアが屈んで待っていた。


 少し安心して、走りを緩める。

 息をひそめ、シルワアは身振り手振りで屈むようこちらに伝え、ボク等は腰を下ろす。


「助かったよ、シルワア」


「シスイ、フェリー、頭悪い」


「おっさんはともかくオレもかよ!? まさか、あんなに硬いなんて思わないだろう?」


「よく見る。狩り、基本」


 シルワアの言葉に言い返す言葉がないボクは「ははは……」と笑って濁し、フェリーは「うげぇ……」と声を吐き、舌を出して目を逸らす。


 しかし、これで目的は達成したと言って良いだろう。

 モンスターから大盾の人、ダインという男を助けた。

 万事解決、そう言いたかったが何故かダインという男の顔は優れない。

 

「これでもう安全ってことで良いんだよね?」


 不安になって、自分の認識が合っているのかを確かめるように尋ねる。


「いや」


 ダインの聞きたくない第一声が耳に直撃する。

 いつもなら親身に話を聞くのだが、今回ばかりは右から左に流したい。

 けれど状況確認というのは重要だ。特に命に関わることならば尚更である。

 聞きたくはないが、ダインに理由を尋ねる。


「『いや』というのはどういうことだい?」


「あのモンスター、タイタンタートルっつうんだが、アイツは嗅覚が凄い。今はあの煙幕の臭いのおかげで鈍っているが、そのうち元に戻って俺達を探しに来るだろう。執念深いからな」


「つまり、逃げ切ったとは言えないってことか」


「ああ。俺の当初の予定としては、この先の川に入ってどうにか逃げるっていうのを考えていたが、サプライズのおかげで方針を変更せざるを得なくなっちまったな。ま、こうなっちまったらしょうがねえなわな」


 ガッハッハッと笑っているが、ボク等のせいと言っていないか、これは。

 それを察してか、ダインは言葉を付け加える。


「まあけれど、正直川まで行けるかは結構賭けだった。その前に潰される可能性の方が全然高かったからな。こうして頭を冷やす時間ができたっていうのはお前達のおかげだ。感謝するぜ」


「気を使わせてしまったね」


「いいや、そんなことはねえよ。そういや、名前聞いてなかったな。改めて俺はダイン。近くの街のギルドに所属している『ガランダムの尾』っつうパーティーの団長を務めてる」


「ボクはシスイ。ただの一般人だ。で、隣の犬が……」


「フェリーだ。……犬って紹介はどうなの、おっさん」


「結果はどうあれ、助太刀してくれたこと、俺ぁ嬉しく思うぜ。ありがとな、シスイ、フェリー。にしても獣人なのに属性魔術を使うってのは珍しいな。獣人の使える魔術ってのは身体強化のみと聞くが」


「それはオレがフェンリルだからだろうな」


 自慢気に胸を張るフェリー。

 確かにフェンリルというのは事実なのかもしれないが、先程の活躍ぶりを見ていると、どうしても背伸びをする子供のように見えてならないのは、きっとボクだけではないだろう。


「フェンリル……確か地方の民族が祀る理性の化身、神の御使いという記述をどこかで見た気がする。それが本当で、俺の目の前にいるってんなら、そいつは面白い状況だ」


「それ、信じてるのか?」


 フェリーは眉をひそめる。


「まあ、半信半疑ってところだな。否定するにも、肯定するにも、なんも知らねぇからな。それで、そっちの嬢ちゃんは?」


「シルワア。エルフ。弓使える」


「シルワアの嬢ちゃん、さっきの煙幕は助かった。アレが無かったらかなりピンチだった。若いのにあの精密な弓の技術はすげえよ。感心するぜ」


 「ふふん」と嬉しそうに笑るシルワア。

 このダインって人は褒めて伸ばすのが上手い人間なのだろう。

 やっぱりこういう年の子というのは褒めて伸ばすのが一番良いのだろうか。


 子供なんて相手にしたことがないから、比較する事例がないのだけれど、強いて上げるなら後輩ちゃんだろうか。

 彼女の場合、素直だけれど卑屈だったから褒め過ぎると、変に気張ってしまうところがあったりしたけれど、シルワアにそんな様子はない。

 ダインを見習ってボクもいっちょ褒めてみるか

 

「シルワア、ナイスショット」


「シスイ、頭悪い。もっと頭使って」


「はい……すいません」


 ボクへの当たり、強くないだろうか。

 一体何の差なのだろう。


「それでオレ達はこれからどうすんだ。このままアイツにバレないように森を抜けるか?」


「俺達の臭いを覚えられてるから駄目だろうな。仮に抜けられたとしても人里に招いたら最悪な展開だ」


「……つまり、倒すしかないってことか」


 倒す、なんて軽々しく言ったが正直あの怪獣を倒す想像ができない。

 二階建ての家に足生やして走ってくるような怪獣だ。

 ウルトラマンであれば何とかなるだろうが、生憎ボクの死因はM78星雲から飛来した赤い星との衝突ではなく、トラックの衝突だ。

 ボクの体に宇宙人は憑依していない。


 四人とも、腕を組んで考える。

 しかし、良い意見は出てこない。

 時間が止まったかと思えるほどの静止した空間で、ピクリとシルワアの耳が動く。


「どうした?」


「バレた。主、来る」


 その言葉の後に、遠くで木が折れる音がした。

 シルワアの耳でなくとも、あのモンスターが近づいてきることが音で分かる。


 逃げるか。

 いや、しかし逃げるとしてもどこに逃げる。

 話によればどこまでも臭いを辿って追ってくるのだろう。

 悠長に考えてる暇がない。

 まともな作戦どころか、妥協案一つ出ていない。


「ああクソ、もうヤケだっ! フェリー!!」


「なんだ⁉」


「逃げてるときに『時間が掛かる強い魔術がある』みたいなこと言ってたよな。時間を稼げればできるか?」


「風をめいいっぱい集める奴だから時間は掛かるけど、できる! けど森の中じゃ、木が邪魔して風を集める効率が心配だ」


「シルワア、この辺で開けた場所は?」


「シスイ達、走ってた先、木ない広場ある」


「じゃあ、フェリーとシルワアは先にその広場に走って行ってくれ。ボクは何とかして時間を稼ぎつつ、森の主を誘導する」


「シスイ、無茶」


 シルワアはハッキリと言う。

 彼女の心配した顔ではなく、無表情。

 まるで、分かり切った事実を、ただ並べただけとでも言うように。

 かなりの無茶だ。そんなことは、当の本人が一番分かっている。自分の足と体力に自信はないからな。


 けれど役割を割り振るなら、自分はきっとこの位置だ。

 特別な力を所持していないボクができることというのは、限られている。

 そんな中で活躍できる部分というのは、ここくらいしかないだろう。

 生まれてきてこの方、三五年の中で最大の窮地であり、見せ場になるのが予想される。


 ……なんて、内心で大口を叩いているが、やっぱり自信は無い。

 そんなボクの表情とは裏腹に、ダインは感心したような顔で頷いている。

 ボクの話した作戦を吟味しているようだ。


「……咄嗟に考えた作戦にしちゃあ、しっかりしてるな。アンちゃん、気に入ったぜ。その誘導、一緒にお供しよう」


「良いのか?」


「元々あの主は俺を追いかけて来てるんだ。俺がいないというのはおかしな話だ。それと、俺を助ける為に無茶してくれたんだ。自分だけ楽な場所にいるってのはおかしな話だろ? もし、アンちゃんがヘタったら俺が担いでやんよ」


「助かるよ、ホントに。まあ、そんなかっこ悪い姿は嫌だから、頑張って走るけどね」


 ダインはバンッとボクの背中を強く叩く。まるで喝を入れるみたいに。

 実際、覚悟決まったとも。

 突貫で穴だらけに見えるが、作戦は決まった。

 後はなるようになるだけだ。


「作戦、開始!」


 ボクの掛け声と共に、各々が動き出す。

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