08 無茶は通す為にある
山の傾斜を滑走するフェリー。その後ろを転びそうになりながら疾走する。
向かう場所は、追われている男より少し先の道。
先回りして、フェリーが迎撃するという算段だ。
やがて地鳴りが大きくなり、木々で埋まる視界が晴れてくる。
飛び出した先は逃げている男の一〇メートルほど前方。
正直降りてくるまでの過程で顔面擦り傷だらけだの、足つまづいて痛いだので満身創痍だ。
「ちょ、なんでおっさんも来てるんだ!? シルワアと一緒にいればよかったのに」
フェリーは今更気づいたらしい。
「いや、助けるって言ったのボクだし、言い出しっぺがいないっていのは変な話だろう?」
「真面目だねえ。無茶してくれない方がこっちとしては楽なんだけどな」
「フェンリルって凄いんだろ? 信用してるよ。……そろそろ道に出るぞっ!」
木々が埋め尽くす視界が、一気に開ける。
飛び出した場所は、丁度男が走ってくる先だった。目の前から唐突に人が二人出て来たことに、盾を持った大男は驚いて声を上げる。
「なんだ、お前等っ!」
「アンタを助けに来た」
「助けにだと?」
男の疑問を無視して、フェリーは前に出て迫りくる巨大な森の主と対面した。
向こうから走ってくる森の主との距離を調整するように、数歩前に歩き出す。
その歩みは先程までの獣のような動作から一転し、荒野を歩くガンマンのように優雅さと気高さがあり、決闘直前のような緊張感も、またあった。
「ようやくフェンリルの威厳って奴を見せる機会が来たな」
フェリーは森の主に向けて拳を突き出すと、人差し指と中指を伸ばし、開いてジャンケンのチョキのようにする。構え方は指鉄砲のようだ。
すると人差し指と中指の間に風が集まって来て、やがて手裏剣のような形状になる。
「ウィンドショットッ!」
その言葉と共に放たれた風の手裏剣。トカゲがなぎ倒し、飛ばして来た木をバターのように切り裂き、岩を砕き、真っ直ぐ標的目掛けて飛んでいく。
……と思いきや、大きく逸れて隣の木を真っ二つにした。
「……」
「……あの、フェリーさん?」
ボクの言葉を無視してもう一発、二発と発射する。
右へ。左へ。どれもが大きく逸れて掠めもしない。啞然とするボクと大盾を持つ男。森の主でさえ、足を止めた。
ボクとフェリーと男、そして森の主の間に、気まずい空気が漂う。
「おい、お前、フェリー、ちょっと?」
「よし、逃げるぞ」
「マジか!」
「何しに来たんだよ、お前等っ!!」
悲鳴にも聞こえる男の怒号と共に、踵を返して走り出す。森の主も、先程よりも勢いを増して追いかけてくる。
ミイラ取りが何とやら。助けるはずが、被害者が追加で二名増えた。なんて恰好が付かない有様なのだろうか。
ボクとフェリー、大盾の人で計三人。横に並んで逃げる。
どうしてこうなったのだ。当初の予定では、フェリーがかっこよくモンスターを倒して終わりではなかったのか。
ボクは、フェリーに八つ当たりに似た感情で魔法のことを問い詰める。
「さっきの攻撃は何なんだフェリー! 外した理由を教えてくれっ!」
「意図もクソもねえよっ! 単純に当たんなかっただけだ! 風の魔術ってのは繊細だからちょっと気流の読みを外すだけで変な所に飛んでいく」
「なら、当たるまで撃てよ!」
「言われなくともやろうと思ってたさっ!」
顔と腕だけを後ろに向けて、先程のウィングショットなるものを連続で撃ち出す。
右へ左へ四方八方。
けれど、肝心なモンスターには当たらない。
単純に下手なのか、それとも当てることが難しいのか。
「ウィンドショット! ウィンドショット! ウィンドショット……ああ、やべ酸欠なってきた」
息苦しそうにしながらも、フェリーは風の魔術を撃ち続ける。
先程手裏剣と表現したが、用途としてはまきびしだ。それで足止めができていたらよかったのだが、生憎掠るどころか当たりもしない。
まきびし以下の活躍である。
ボォンッ!
「あ、当たった」
無数に飛んでいく弾の一発が、運よく当たる。
数打ちゃ当たるを字の通りに行った結果だろう。
けれど……。
「全然、効いてる様子ないんだが……」
当たった場所は眉間の辺り。
けれど、擦り傷程度の痕しか残っていなかった。致命打どころか有効打にも程遠い。散々フェンリルだと誇張しておいた割にこの結果というのは、期待外れも良い所だ。
「おかしいな。一応木とかスパスパ切っちゃうくらいの威力はあるんだけれど」
走りながら腕を組んで唸るフェリー。
「そいつは多分、アイツの食性が関係してるんだろうぜ」
大盾を持った男は説明する。
「ああいうデカいモンスターってのは体重を支える為に骨格を頑強にする必要がある。頑丈にする為にはそれ相応の材料が必要な訳で、大型の生物は鉱石なんかを食べて骨に取り込む。要は天然の合金だ。並みの攻撃じゃ歯が立たないってことだろうよ」
なるほど。あの巨体をどうやって支えているのか疑問だったが、そういう食性が関係していたのか。そんなものを食べているとなると、フェリーの攻撃が効かないのも、仕方ないのだろう。
「しかしそうなった場合、もっと威力のある魔術なり攻撃が必要なのか……。フェリー、もっと強いのはないのか?」
「あるにはあるが、魔術を出すのに時間が掛かり過ぎて現実的じゃないぜ」
「フェンリルと名乗る割に情けない話だな!!」
「馬鹿野郎、オレがフェンリルの姿に戻ればあんなのイチコロよ!」
「じゃあ、戻ってくれよ!」
そう返すと、自信満々に立っていた耳が項垂れる。
「……悲しいことに元の姿に戻るのには時間が必要で、今すぐって訳にはいかないんですよ」
つまり、逃げ切らなくちゃ何も始まらないってことか。
どうする。どう逃げる。
フェンリルがどうこうと文句を言っていたが、情けない話、自分は何もできない。責任云々と言って一緒に出て来たが、正直足手まといであることは明白だ。
何かボクなりにできることはないか。
酸欠寸前でほとんど回転していない脳みそを使い、考える。
何かないかと頭を上げると左目の端、崖のようになっている高台で、シルワアがナイフを反射させているのが見えた。
「フェリー、見えるか」
ボクの何倍も良い目を持つフェリーに言う。
「ああ、ナイフが見える。……弓に持ち替えたな。矢先に何かついてる」
そこまで見えるのかと、フェンリルのマサイ族ばりの視力に驚きつつ、シルワアが助けてくれようとしていることが分かった。そのことを盾の人にも伝える。
「大盾の人」
「ダインだ。何だ?」
「ダイン、ボクの仲間がここから逃げる隙をこれから作ると思うから、構えておいてくれ」
「一応聞くが、どんな風に」
「分からん」
釈然としない返しに怒るのではないかと思ったが、予想と違い、ダインはニヤリと笑う。
「なるほど、臨機応変にか。嫌いじゃねえっ!」
伝えると、ボクも身構える。
臨機応変かぁ。自分は自信ないな。けれど、弱音を吐いている余裕もない。
これから起こるであろう何かに向けて、神経を鋭敏にさせて構える。
すると再び視界の端がキラリと光る。
それが目に反射し、一瞬目をつぶる。
瞼を開けると、数メートル先に矢が刺さっていた。
刺さった矢には筒が付いていた。その筒から強烈な薬品のような臭いと共に、白い煙が爆発するように広がる。
警戒した森の主は足を止める。
それを期にボクとフェリー、ダインは森の中を潜る様に駆け込んだ。
煙はしばらく滞留し、ゆっくりと森の緑に溶け合いながらはけていく。
やがて明瞭になる視界。
その視界にボク達の姿はなく、森の主の怒りに任せた地団駄と絶叫が山に響いた。
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