07 それはきっと、衝動のようなもの

 なぎ倒される木々。

 それを背中で感じながら、俺達はモンスターから逃げている。

 揺れる地面。いや、こりゃ森自体が揺れてるのかもしれねえ。


 地形をひっくり返すような力と巨体を持つトカゲが、背後から迫ってくる。

 こいつは多分、森の主。タイタンタートルと呼ばれるモンスターだ。


 デカさは七メートル以上。

 顔はトカゲとカエルを足して二で割ったような容姿だが、背中には甲羅のように泥の山を背負っている。亀の甲羅みたいだ。


 泥を被るという生態を考察するなら、ぱっと思いつくのは乾燥と他のモンスターから皮膚を守る為ってところだろうか。


 そんなことを思いながら走る、走る、走る。

 普通のモンスターであれば、こんなふうに逃げたりはしない。


 けれど今回の場合は相手が悪い。

 相手は森の主。こんな見かけだが、生態系の頂点だ。巨大で凶暴だと、正面からやるのは得策じゃないだろう。

 加えて装備は最低限だ。


 団員は俺ことダイン。相棒のバウアー。新入りのセシアとリアック。

 ただこのメンバーで一名、リアックが負傷。

 嫌な展開だ。


「セシア、リアックの調子は?」


「リアックは飛んできた岩に頭を強打して気を失っています。目立った外傷はありませんが……」


「うにゃ~……」


「……大丈夫そうです」


「頑丈で結構! ……うおっ!?」


 目の前に大木が飛んできて、寸でで避ける。

 そのほかにも泥、岩なんかもボールのように飛んでいて、もはや土砂崩れだ。


 こんな被害を一匹のモンスターが引き起こしているってんだから、自然っていうのはとんでもないなと、常々思う。


 ギルドの生態系調査で、この森について調べに来たのだが、まさかこんな奴に襲われるなんて思いもしなかった。

 

 追いかけて来る速度と逃げる速度は拮抗している。このままでは埒が明かない。

 それに、スタミナに関して俺と相棒は平気だろうが、新入りがきつそうだ。

 この調査団の頭目として、ここはちと体を張るか。


「お前ら、今から方針を言う。一回しか言わんぞ!」


 気絶しているリアックを除いて二人が頷く。


「今から俺が単独でこいつを引き付ける。バウアー、セシアはリアックを連れて森を出ろ。そしてギルドに人員を招集し、討伐隊兼調査隊を編成。バウアー、頼むぞ」


「……ああ。しかし、お前はどうする」


「これくらいどうってことねえ。うまく逃げて見せるさ。最悪この大盾でどうにかする」


 木と鉄板でできた大盾を叩いて言う。

 バウアーは呆れてため息をついた

 コイツとは幼少から一緒だ。

 俺の無茶な行動に見飽きて出たものだろう。


「でもそれではダイン団長命の保証は……!」


「……セシア、行くぞ。団長命令だ」


「でも……分かり、ました」


「サンキューな」


「……死ぬ気はないのだろう?」


「ふっ、当然だろ。俺を誰だと思ってやがる」


「なら、よし」


 バウアーは静かに笑う。

 腐れ縁の信頼から来るものだろう。 

 俺は胸元から硝煙銃を取り出すと、それをタイタンタートルの顔面目掛けて撃った。


 この硝煙銃には特殊な弾薬が仕込まれている。

 モンスターの糞と薬品を混ぜた代物で、こいつを撃てば縄張り意識の強いモンスターは激昂してこちらに追ってくる。

 変なもん食ったときのくっせえうんこ飛ばしてるのと同じだからな、これ。


 茶色い煙幕が尾を引いて飛んでいくのを合図に二手に分かれる。

 顔面に硝煙弾を食らったタイタンタートルは、当然俺の方を追いかけてくる。

 さあ、鬼ごっこのスタートだ。



 ◆ ◆ ◆



 ボク達は巨大な化け物を遠巻きに、息を殺して観察する。

 なんだ、あれ。

 もう動物とか、モンスターとかじゃないよ。ただの怪獣だよ。


 木々をドミノみたいに倒して、背中には一軒家並の山を背負って暴れるトカゲとか、出てくる作品間違えているよ。

 あんなの光の巨人がやっつける奴だよ。


「二人に聞くけど、あのトカゲは一体なんだい?」


「森の主、思う。近づかない、正しい考え」


「あんなでっかいの、フェンリルのオレでも倒すのが面倒臭そうな……おい、二人共っ! 誰か襲われてないか⁉」


 フェリーが指差した方向に目をやると、誰かが走っているのが微かに見える。

 大盾を持った、ガタイの良い男が必死に逃げている。

 このままでは、きっと追い付かれて踏み潰されてしまう。


 助けなくては。

 立ち上がった瞬間、理性が働いて再び屈む。

 無理だ。ボクが行ったところで、犠牲者が増えるだけだ。

 この行動は最善ではない。


「おっさん、どうする?」


 フェリーもボクと同じことを思ったのか、体が前のめりだ。


「あ、ああ。そうだな……今移動できれば安全だろう」


「シスイ……」

 

 ボクの意見に対して、こちらをじっと見つめてくるシルワア。

 言いたいことは分かってるよ、シルワア。

 助けたいと思っているのだろう?


 けれどボクは、安易に答えが出せなかった。

 答えが出せず、思考だけが加速した。

 いや、本当は遅くなっているのかもしれない。


 頭の中でグルグルと渦巻いているのは、理想とその現実だ。

 助ける。それはとても正しくて、素晴らしい行動だ。きっと、価値のある行いだ。

 感謝もされて、それでいて恰好もつくだろう。


 だが、この場において正しいかと問われると、その答えは変わってくる。

 二人に対して「助けよう」と無責任に言うことは可能だ。けれどフェリーとシルワアとボクで、あの怪獣をどうこうできるのだろうか?

 無理だ。多分、絶対。

 

 事態というのは、冷静に判断しなくては。色んな方面から物事を考えなくてはならない。

 利益と不利益の天秤はどう傾いてるか。

 この行いは、ボク等にとってよりよい方向に向かうかどうか。

 そもそも大前提として、ボクは立ち向かうことができるだろうか。


 助けるとなると命懸けだ。ボクからすれば、死地に行くのと同義。

 耳元でクラクションの幻聴が聞こえる。

 あのときの衝撃が、汗と共に伝う。

 死んだときの喪失感が、指先から体温を奪う。


 駄目だ。悪い考えばかりが浮かんでくる。

 冷静に判断なんてよく言えたものだ。

 ここは一人で考えず、三人で状況を整理しよう。


「森の主はジャイアンみたいな奴なのか?」


「いや、普段は大人しいよ。あんなに激おこなことは早々ない……あ」


「何その『あ』。心当たりあるみたいじゃないか」


 物凄い勢いで目を逸らすフェリー。

 汗が大量に滴って、シャワー浴びた後の犬みたいに毛が萎んで情けない姿になっている。

 絶対何かやっただろ、こいつ。

 そういう予感をさせるのには、十分なリアクションである。


「いや……その、フェンリルって普段は周囲を威圧して縄張りを誇示してるんです」


「うん」


「普段はこの森じゃなくて、もっと奥にある原生林で過ごしてるんですけど……まあ、だからいつもはこの辺の森には降りてこない訳なんです。で、その感覚で徘徊してた訳で……」


「あー、うん」


 何となく、言わんとしてることは察し付いた。

 というか、言わないで欲しい。

 直で聞きたくない。


「もしかしたら、おおよそ多分、可能性の一つとして挙げられるもので……刺激しちゃって森の主を怒らせた、かも、しれない、です」


「お前が原因ってことか」


「多分……はい」


「助けに行こう」


 それを聞いて即答する。

 こちらに非があるのなら、それは正さなくちゃならない。

 ああ、最悪だ。結局こうなるのか。

 しかし「助ける」という大義名分を得てしまったのなら、それは仕方がないことだ。


 だっては、利益や自身の命よりも、後輩を助けるという善行を選んでしまう、そんな男だったのだから。

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