02 僕が見ていた世界のレンズ(下)

「お頭、どうやら先客がいるようでっせ」


 先頭にいるスキンヘッドの盗賊と目が合い、視線をボク等から外さないまま、後ろの盗賊に伝える。


「なんだと? 他の奴らに荒らされねえように、街からわざわざクソ離れた山の奥にこうして来たってのになんで他の奴らがいるんだよ、こらぁ!」


 頭領らしき若い男が怒鳴りながら前に出て来て、スキンヘッドの首を掴む。


「いや、あっしに言われましても。で、どうするんです?」


 力が籠ってないからか、首を絞められた状態で平然と答える。


「俺に聞かなきゃ分かんねえのか? 男は殺せ。女は売り飛ばせ。獣人はモフって皮剥いじまえ!」


 その言葉に男達の威圧感が増す。士気が上がったのだ。


「へっへっへっ、狩りの時間だ」「暴力じゃ!」「モフるって乙女ぶっててキモイっすお頭」


「おい、今俺の悪口こっそり混ぜた奴いるな、誰だ⁉」


 森から現れた男達の数は正確な数字までは分からないが、大体一五人ほど。斧や金槌を持ってこちらにじりじりと迫ってくる。

 どうやら荒事は避けられなさそうだ。

 頼りない木の棒を構えながら、戦闘経験が豊富そうなフェリーにアドバイスを聞く。


「フェリー、なんかプランとかそういうはあったりするのか?」


「え、作戦? じゃあ……正面からドーンだ!!」


 そういうとフェリーは突然走り出してしまう。

 それを合図に、盗賊達も一斉に襲い掛かってきた。

 宣言通り、彼は正面の男にドーンとドロップキックを食らわせて、近づいて来た人間をバッタバッタと拳でなぎ倒していく。

 その様子をボクはあっけに取られたように、シルワアは呆れるように見る。


「シスイ。フェリー、ノープラン。だから、手伝って。敵、気を引く」


「気を引くってボクがか? 喧嘩すらまともにしてこなかったんだぞ? できたとしても精々一人が限界だ」


「問題ない。来た人、殴る」


「へいへい。嫌だなあ、暴力はさ!」


 シルワアは弓を使って遠くにいる盗賊をスパスパと撃った。

 放たれた矢は盗賊達の腕や足と、急所ではないが戦闘不能になりそうな箇所ばかりに当たる。

 命を取らぬよう、考えて狙っているのだろう。

 近づいて来た盗賊には鉈で手足を斬り付け、軽いステップで距離を取る。

 そして、また矢を撃つ。

 

 凄いな、二人共。

 大人数相手の戦いが上手い。

 見事な戦いぶりに見入ってしまいそうになる。

 できることなら詳細に実況解説してあげたいのだが、自分にそんな余裕はない。

 なぜなら今、盗賊の頭領と一対一のチャンバラを繰り広げているのだから。


 武器に金槌を持った頭領。盗賊というよりは詐欺師のような顔の整い方をしており、細身の体型をしている。

 他の盗賊と比べ、筋肉でものを言わせるような相手ではないため、木の棒でなんとか渡り合えていた。


「いいのか、頭領さんよ。ボクみたいな奴相手にして。多分戦うならあっちの犬っころの方がやり甲斐あるぜ?」


「俺は弱い奴をいたぶるのが好きなんだ。この中じゃ、お前が一番弱そうだ」


「悪役の模範解答、どうも」


 喋っている間に、振り下ろされる金槌。それを何とか木の棒で受け止める。

 反応が遅かったらもう少しで顔面がぺしゃんこだ。

 ギリギリとつばぜり合うボクと頭領。自然と顔が近くなり、唾が飛んでくるほどの距離まで迫る。

 

「金槌ってのは釘を打つもんだろ。人の頭を打つもんじゃないだろうに!」


「馬鹿が。この場にそんな考えをしてる奴はいねえよ。だからお前の頭を殴るのは正しいのさ!」


「なんでさ」


「出る杭は打たれるからだ。この場において、お前の思考は浮いている!」


 洒落た返しをするな。盗賊も詩とか読んだりするのもんなのか?

 ブンブンと金槌を振り回す頭領に一方的に攻撃され続け、寸でのところで躱したり、棒で防ぐボク。

 攻防戦というよりは攻と防。

 棍と棒である。


 攻撃的な思考にどうしてもなり切れないボクは、攻撃を必死に防ぐばかり。

 こんなとき、魔法とかがあればもっと楽に立ち回れるんだろうが、フェリーと違い、自分には魔法も特別な力というのも特に……いや、そういえば一つ持っていた。


 後ろに下がって少し距離を取ると、右手を突き出す。頭領は「何をしているんだ」と変人を見るような目つきになるが、気にしない。

 意識するべきは持っている金槌だ。

 目でしっかり金槌を捉え、意識を集中させると、こう言い放つ。


「マジックハンド!」


 言い放つと同時に右手を引く。

 まるで釣りをするとき、魚に針を合わせるように。

 すると金槌は、見えない力で「ズズズッ」と引き寄せられ始める。


 頭領は武器が突然引き寄せられて、困惑している様子。彼は手から離れようとする金槌を引き留めるが、強い力で引っ張られ、やがてスポッと手からこぼれた。

 金槌は、ロケットのようにこちらへ飛んでくる。


 マジックハンド。

 命名は自分でした。もっとカッコいいのがあるだろうと、フェリーに文句を言われたが、センスよりも覚えやすさを優先したらこうなった。


 物をなんでも一つ、重さも、形も、大きさも関係なく引き寄せることができるという能力だ。

 発動条件はしっかりと目視すること、意識を集中させること、それと引き寄せるジェスチャーの三つだ。


 引き寄せられ、飛んでくる金槌。

 それをボクは掴んで……。


 ……スカッ!


 掴んで……アレ?


「あ……ぐほぉ!」


 飛んできた金槌は、ボクの手の中ではなく、見事ボクの額にクリティカルヒットした。

 表情は冷静さを装っているが、内心尋常じゃないくらい痛くて悶えている。


 クソ痛い。

 普段「クソ」なんて汚い言葉は使わないが、それが荒くなるくらい痛い。

 掴む予定だったが、失敗した。


 この能力は欠点がある。

 というのも、この能力は途中で解除することができないのだ。解除方法はボクの体に触れることであり、飛んでくる対象を避けたりすると、勢いが増す。距離によって加速するのだろう。


 しかも避けると軌道が奇天烈になり、ボクに襲い掛かってくる。キャッチできれば勿論いいのだが、それが無理だったら顔面キャッチが一番安全である。

 使い易いようで使い難い能力だ。

 けれど、今回の場合は良しとしよう。こうして相手の武器を奪うことができたのだから。


「ケッ、どんな力かは知らねえが、武器がなくたってお前みたいな奴ぁ倒せるんだよ」


 殴り掛かってくる頭領の拳。それをぎりぎり避けた。

 武器を持っていたときは、その威圧感に怖気て木の棒で防いでばかりいたが、武器がなくなった分、迫力がない。

 冷静に相手の動きが見える。

 しっかり見れば、ボクでも避けやすい。


 頭領の攻撃を避けると、先ほど奪った金槌をT字の向きにして頭領の頭蓋に振り下ろした。

 「ゴン」と鈍い音と感覚が走る。

 殴られた盗賊は一瞬フラフラとたじろいで、やがてバタンと倒れる。

 動き出す気配は……、なさそうだ。


「はあ……はあ……すまんな、殴って……」


 戦いがからきしなボクの攻撃に一発KOとは。よほど貧弱なのだろう、彼は。

 一応生死確認のため、盗賊の口元に手を当てる。

 ……呼吸はある。大丈夫、死んでいない。


 例え悪い奴だとしても、殺していい道理はない。

 事前に謝罪も言った。正当防衛でありながら謝罪したのだから、遺恨は残らないだろう。

 盗賊の手下達も気付いたようで、先ほどまであった士気が落ちたのが分かる。

 これで決着になるだろうか。


「よくもお頭をっ!」


 一人の盗賊がボクに向かって弓矢を射る姿がちらりと見えた。一瞬の動作だったから認識はできても、体は反応できない。

 けれどシルワアほど精密ではなく、咄嗟に狙いを変えた様子もあって、ボクの頭を僅かに掠める程度だった。

 ポタリ、ポタリと額から血が滴る。矢が掠った頭皮の部分が切れたのだろう。


 滴る血の量が多く感じる。

 不安に思って傷に触れるが、大した傷じゃない。

 頭の傷が派手に見えるというのは、どうやら本当らしい。


 けれどそれを見て、フェリーの血相が変わったように見えた。何か押してはいけないスイッチを押してしまったような、恐ろしい形相になる。

 相手にしていた盗賊を拳で吹き飛ばすと、彼はボクを射った盗賊の元へ一瞬にして近づいた。


 ぎょっとする盗賊。

 驚きのあまり体が固まってしまったのか、動けずにいると弓をフェリーに払い落とされ、弓を握っていた左腕を花を手折るようにポッキリと折られてしまう。


「ぎぎゃあ……!!」


「よくも撃ったなっ!!」


 歯をガチリと鳴らして、低い唸りを上げる。

 殺気立った瞳。

 その姿から、誰が見ても死刑宣告であることが分かる。


「アレは駄目だろ……!」


 咄嗟にボクは駆け出した。

 アレは尋常じゃない。きっと何かタガが外れてしまっているのが分かる。

 止めないとホントに殺してしまうぞ、人を! 


 口を開くフェリー。

 その口にはズラリと並んだ牙と大きなアゴ。

 牙はまるで死刑執行人のように、強靭なアゴは断頭台のように、首を待つ。


 バチン!!


 やがてそれは落ちる。

 けれど、そこに首はなかった。

 あったのはただの木の棒。首を噛みちぎろうとする寸前で、ボクが持っていた木の棒をつっかえ棒にしたのだ。


「うぁにふんだ、おっはん!(何すんだ、おっさん!)」


「人を、殺しちゃ駄目だ。フェリー!」


「さひにひかけてひたのはこひつば。ほもほもこひつはわくばべ?(先に仕掛けて来たのはこいつだ。そもそもこいつは悪だぜ?)」


 言いながら、棒を外さんと腕を振り回して暴れるフェリー。


「それでもだよ、フェリー。人は人を殺してはいけない。人間とはルールを指す言葉だ。フェリー、君は自身を人間と言ったね。だったら人を殺しちゃいけない。人間が敷いたルールを守らなくちゃ。君に限らず、ボクも他の人達から人間として見られなくなってしまう」


 フェリーは暴れるのを止めると「何を言っているんだ」とでも言いたげな懐疑的な瞳で、こちらを覗き込む。

 ボクは目を逸らさず、彼の目を覗き返す。

 自分がいかに真剣であるのかを伝えるために。


 少しの沈黙。

 不思議と周囲の音も静まり返っていた。だからか、数秒の沈黙も長く感じる。

 体感数分の沈黙の末、フェリーは脱力し、腕を下ろした。


「……はあ。わはった(分かった)」


 顎の力を緩めたフェリーは掴んでいた盗賊と、近くに転がっていた頭領を掴むと、盗賊集団に投げつける。

 そして駄目押しするように盗賊達を睨みつけると、彼等は怪我人を担いで森の中へと逃げて行った。


 完全に見えなくなる。

 周囲に危険がないかを確認し、ないことが分かると緊張で溜めていた息を「はあああああっ!」と吐いて、ボクはその場にへたり込んだ。


「全く、勘弁してくれよ。あんなのは懲り懲りだ。フェリーもすぐかっかしない」


「いや、別に殺そうだなんて流石に考えてないぜ。ちょっと脅かそうとしただけだ。おっさんこそ、何ボケっとしてるんだ。戦いのときは気を張らないと死ぬぜ?」


「一般人に矢が避けれるかよ」


「喧嘩、駄目。ごはん、食べる」


 口論を仲裁する為、間に割って入るシルワアに、ボク等は「はーい」と子供のような返事で返す。

 色々と危うい所があったが、とりあえず一件落着である。

 そう思いながら、クヌギの棒を折って焚き火の燃料にするのであった。



 ◆ ◆ ◆



 日が暮れました。

 シスイとフェリーは焚火で焼いた肉を、美味しそうに頬張っています。

 私も焼けた肉を食べるのですが、普段より進みません。

 シスイの言葉が、私の頭の中でぐるぐると回っているからだと思います。

 

 人間とはルールである。

 理解ができない、という訳ではありません。

 むしろ彼の言葉は正しいと、私も思います。


 人間は群れを重んじる生物。

 その群れを、輪を、乱さないために法やルールを敷きます。人を殺した場合、真っ先にその輪から追い出され、輪から追い出された人というのは、同じ人間として見られなくなるのだから。


 けれど、この胸に感じる引っ掛かりは一体何でしょうか?

 違和感……。

 そう、違和感です。


 普通の人間はあの場面で、あの状況で、そんな言葉を言えるでしょうか?

 人間のルールとは、いわば命を守る為の手段です。それが通じない相手には効果がない。守る義理も道理もないはず。

 目的と手段があべこべです。


 それに、どんな人物であっても自身の頭に矢を射抜かれたら、確実に動揺するはず。

 戦士だとしたら動揺を闘争心に昇華し、動じることも恐れることもないでしょうが、シスイは戦士ではありません。

 あの無防備さと、非力さが物語っています。


 でも、シスイは動揺を見せることなく、瞬く間に起き上がり、フェリーと盗賊の間に割って入った。

 そうして語った「人はルールである」という言葉。

 自分の命が危ぶまれたときに、相手の命を気に掛けることなんて、普通できないでしょう。


 もちろんできる人間はいると思います。

 しかし人を律と語り、行動する人間の多くは、苦難や覚悟を越えて来た者達であり、その有様は自然と仕草、瞳に現れます。


 けれど彼の仕草や瞳には苦難を越えた傷も、覚悟で歪んだ輝きも、揺らめきもない。

 フェリーの間に割って入ったシスイ。

 そのときの彼の目は、虫のように無機質。

 動きも、あらかじめ設定されたオートマタのよう。


 その様子が不自然で少し……、気味が悪い。

 人の在り方として正しく見えるようで、逸脱している。

 どんな生活をしたら、あんな歪な姿になるのでしょうか?

 どんな生き方をしたら、あんな瞳になるのでしょうか?

 私は、彼が……、分からない。

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虚構のシスイ ~異世界に不法投棄されたおじさんは最果てに名を刻む~ yagi @yagi38

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