第3話 告白
例の彼女候補とは、お互い予定が合わないまま数日が過ぎた。
だが、その数日間メッセージアプリを通じて話をしているうちに、もっとこの子のことが知りたくなった。
恋愛などしたこともなかったが、これが好きということなのではないかと思うようになったころ。
下駄箱に手紙が入っていた。
『放課後、屋上で会いましょう』
送り手は書いていなかったが、誰が書いたのかなんてすぐに分かった。
(夕日が見える時刻の屋上って、この高校の告白スポットだったはず)
丸っこくて可愛い字。あの子はこんな字を書くのかという一つの発見と共に、嬉しい気持ちが心を埋め尽くしていく。
そうだ、どうせ告白されるならミツトから伝えたい。
どんな言葉で想いを伝えようか。
その日は、ずっと緊張と期待が入り混じった気持ちで一日中過ごし――。
ついにその時がやってきた。
帰りのHRが終わると、友人が話しかけにくるより先に教室を出た。
春とは言え、外はまだ寒い。待たせてはいけない。早足で階段をのぼっていく。
階段をのぼりきって、屋上へと続くドアの前に着いた。呼吸を整え、ドアノブに手をかける。
がちゃり。
ドアを開けた瞬間、ミツトの目に少女が映り込んだ。
腰まで伸びた赤髪に、ミツトより小さい背。
少女が振り返ると、その髪と同じ赤い瞳がミツトを映した。
ミツトは、少女の髪や瞳の色に驚き、少しの間固まっていたが、
「・・・みつと」
少女が話し始めると同時に我に返った。
(そうだ、先に僕から言うんだ)
「待って!そこから先は僕に言わせて」
予想外の言葉に、今度は少女が驚いた顔をする。
少女に、一歩、歩み寄る。
ミツトは、自分の出せる最大限の格好いい表情を浮かべた。
毎夜こっそり鏡の前で練習していたものだ。我ながら気持ち悪い。
大きく息を吸うと、精一杯の気持ちを込めてその言葉を言った。
「好きです!ぼ、僕と、付き合ってください!」
今日はずっと告白の言葉を考えていたのだが、結局これ以上にいい案は出なかった。
少女は、きょとんとした表情で可愛らしく首を傾げた。
「私のこと知ってるのか?」
「・・・・・・・・・?」
(人違い?)
ミツトの頭に、嫌な想像がよぎった。
(いや、女子と話らしい話をしたことなんて、他に覚えがない。この子で合ってる、はず)
だがその口調は、メッセージアプリ内で話したものとは明らかに違った。
「えっと、携帯でやりとりしてた子だよね?たしか、ヤマサキさん」
恐る恐る聞いてみると、少女は首を横に振った。
その瞬間、ミツトはあることを思い出した。
(そういえば、手紙に送り手の名前、書かれてなかったな・・・)
最初に名前を確認しておくべきだった。
幸い、屋上にはミツト達以外に誰もいない。
だが、目の前にいる少女には告白相手を間違えた恥ずかしい男として記憶に残ることだろう。いますぐ叫びだしたい衝動に駆られたが、そんなことをしたら更に濃く少女の記憶に残るだけだ。
どうしようかと暫く頭を抱えていたが、がちゃりと屋上のドアから聞きなれた音が聞こえ、顔をあげた。
ドアの方を振り返ると、そこには最近やたらと見かけるクズの姿があった。
「亜芽、こんなところにいたのかよ。それに、髪と瞳も戻って・・・、ミツト?」
「雷先輩?なんでこんなところに・・・。この子は先輩の知り合いなんですか?」
章は、不思議そうな顔のまま頷いた。
「ああ。この前言った、まともな友人だ。性格はまともじゃないけどな」
いまさらっと酷いことを言った気がするが、亜芽は特に気にしていないようだからスルーでいいのだろう。
「そっちこそ、なんで亜芽と一緒に?」
少女は亜芽という名前らしい。
それはそうと、これはもしかしなくても、さっきまでの恥を章に説明しなければならないということだろうか。
(あなたに紹介された子と間違えて告白しました、とか絶対に言いたくない)
とりあえず浮かべた微笑みに汗が滲んでいく。
どうにか誤魔化せる方法がないかと考えていると、亜芽が口を開いた。
「朝、あとで屋上に来てくれって手紙書いて靴箱に入れておいたんだ。そしたら、なんか付き合ってって言われたぞ!」
それはそれは無邪気な笑顔で僕の心を抉ってきた。
ミツトは、しっかり傷つきながら章の反応を確認する。
しばらくは困惑したような顔をしていたが、ミツトの身に起こったことを察したらしく、
「っく、はは」
爆笑するのをこらえていた。何なら少し笑い声が漏れているくらいだ。
(ああ・・・。今すぐここから飛び降りたい)
ミツトがため息をつく。
そんなことお構いなしに亜芽がさらに詳しい内容を言い、章が笑いを堪えきれなくなるまで、時間はかからなかった。
屋上に章の笑い声が響く。
―――二人とも、辛いことなど一つもないような明るい笑顔を僕に見せてくれていたから。二人して、心の底から楽しそうにしていてくれていたから。彼女らの、そして彼らの苦悩なんて知らなかった。
このときの僕は、まだなにも知らない。
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