第55話 話し合い
父様がジラール王国とブラウエル国との境に結界を張り終えたのは、
独立宣言をした二週間後だった。
その頃から、王都の表屋敷にいた使用人や私兵たちが、
数名ずつジラール王国に戻ってきていた。
一度に戻ってこないのは、ジラール家の者だとわかられないためと、
王都の様子を報告させるためらしい。
その報告によると、王都の生活はまだそれほど影響は出ていないが、
王太子の命令で王都に人を集めているという。
各領地から集められた平民の男性を兵にして、
ジラール王国へ攻めようとしているらしい。
それを聞いた父様は予想していたようで笑っていた。
「兵を集めれば、それだけ食料が必要になる。
蓄えはあまりない。焦って攻めてくるだろう。
ジラール王国に入れないとわかったら、どうするかな」
「貴族は入れなくても、平民は入れるんでしょう?」
父様の結界は精霊術を使ったことがある者は通さない、だったはず。
集められている兵は平民男性だ。
関係なく入ってきてしまうんじゃないだろうか?
「指揮官が入れなかった場合、兵だけを進ませることはしないだろう」
「どうして?」
「集めた兵に信用がないからだ。
与えた武器を持って逃げられたら大損害だし、
食料を持っていかれたら、指揮官たちが飢えることになる」
「そうなんだ」
たしかに食料は兵が運んでいるはず。
兵だけが先に行ってしまったら……困るよね。
毎日のように戻ってくる使用人と私兵から情報が入るため、
兵が今どのあたりにいるのかまでわかる。
今日の昼には先頭がジラール王国に入ってくると言われた日。
バルコニーでブラウエル国の方向を見つめる。
ここから見ても見えるわけではない。
だけど、何かしなければ落ち着かなかった。
じっと見ていたら、ルシアン様もバルコニーに出てきた。
私を探しに来たらしい。
「どこにいるのかと思ったら。ずっとここにいたのか?」
「うん。なんだか落ち着かなくて」
「そろそろ動きがあるはずだ。叔父上のところに行こう。
何かあれば叔父上のところに知らせが来る」
「うん」
手をつないで父様の執務室へと向かう。
執務室には伯父様と母様もいた。
三人とも落ち着いていて、優雅にお茶を飲んでいる。
それを見たら、私だけ焦っていても仕方ないかと力が抜ける。
「心配しなくてもいいぞ。
戦いにはならないし、話し合いもすぐに終わるだろうから」
「父様、私も話し合いの場に行ってもいい?」
「見届けたいのか。いいぞ」
私が行っても何かできるわけではないけれど、
ブラウエル国との決別はきちんとしたい。
少しして、ドアがノックされる。
入ってきたのはパトと知らない男性だった。
「ブラウエル国からの使者が来ました」
「あ、あの、私は使者なんて大層なものではなく、
騎士たちはこの国に入れなかったものですから、
手紙を届けるように言われただけです!」
「そうか。では、その手紙を」
「は、はい!」
貴族がジラール王国に入れないから、平民に手紙を届けるように命じたのか。
普段、貴族と関りがない男性は震える手で手紙を差し出した。
それをパトが受け取り、父様へと渡す。
手紙を開いて読んだ父様は、近くにあった紙に何かを書いて、男性に渡す。
「これをそちらの代表者に渡してくれ」
「わかりました!」
折りたたんだ紙を受け取ると、男性は急いで出て行った。
「あの人、あんなに焦っていたけど、大丈夫なのかな」
「殺されるかもしれないと思ってたんだろう」
「殺される?」
「ここは攻め込む予定の場所だ。
いわば戦地になるところに手紙を届けろと言われたんだ。
手紙の内容が気に入らないと切り捨てられる可能性も考えただろう」
「気に入らないようなことが書いてあったの?」
手紙を読んだのは父様だけ。
何が書かれていたのかと思ったら、手紙を渡される。
読んでみると、話し合いがしたいと書かれていた。
王命を出して娘を差し出させようとしたのは悪かった。
ルシアンと結婚させてかまわないから、独立するのはやめてほしい、
今後もブラウエル国の公爵領として国を支えてほしい。
そんな訴えが長々と書かれていた。
「父様は何を書いて渡したの?」
「ん?話し合いがしたいというなら、しようと思って。
王太子が来ているようだし、国境のところで話し合おうって。
三日後の昼にね」
「三日後?今日じゃなくて?」
「すぐに話し合いをしたら、面白くないだろう。
三日間、あの場所で寝泊まりさせてからでも遅くはない」
「三日間、野宿させると……」
ジラール王国とブラウエル国の国境は街道で、その近くには何もない。
ジラール王国の隣の領地はエンラ伯爵領だが、伯爵家の屋敷は少し離れた場所にある。
アンドレ様だけなら屋敷に滞在することもできるだろうけど、
寄せ集めの兵たちを管理するのは大変に違いない。
おそらくアンドレ様をいらつかせて、本音を引き出したいんだと思う。
きっと悪いなんて思っていないし、精霊の愛し子をあきらめたとも思えない。
それから三日。
父様は本当にのんびりと過ごしていた。
精霊たちに様子を見に行かせていたようだけど、
変わりはないと言って普段通りに生活していた。
話し合いの日、馬車に乗って国境へと向かう。
馬車には父様と伯父様、私とルシアン様。
母様は屋敷にいるといって残った。
国境が近くなると、ブラウエル国側から騒がしい声が聞こえる。
窓から見ると、兵の集団がいるのがわかる。
父様は国境を越えることなく、馬車を止めさせた。
馬車から降りると、国境の向こう側にアンドレ様とバシュロ侯爵がいた。
父様が国境に向かってゆっくり歩きだすと、アンドレ様が父様を見つけて叫んだ。
「ジラール公爵、来たか!この壁の中に入れてくれ。
これは公爵がしたんだろう」
「いや、こっちには入れないよ」
「なんだと?どういうことだ!」
「話し合いだろう?このままでもできるじゃないか」
父様は国境を挟んで話し合いをするつもりらしい。
国境の近くまで行くと足を止めた。
アンドレ様は話し合いという名目でこちらに入るつもりだったのか、
悔しそうな顔をしている。
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