第56話 話にならない

「話し合いをする気がないのなら、私たちは帰るが」


「待ってくれ。わかった。このままでいい。

 話し合いをしよう」


父様が本気で帰るつもりなのがわかったのか、

アンドレ様はこのまま話し合いをすることを決めた。


「まずは、無理にニネットを正妃にしようとしたことは謝ろう。

 嫌がられるとは思っていなかったんだ」


「まさか喜ぶとでも?」


「ああ。公爵はニネットを正妃にしたくて当主になったのだと誤解していた。

 だから、他の貴族たちに文句を言われることがないように、

 王命を出せば喜んで差し出してくると思っていた」


「誤解ねぇ。少しもそんな風には感じなかったが」


なんとか誤魔化したいアンドレ様の言葉に、

父様は少しも騙される気はないらしい。

アンドレ様もそれに気がついたのか、

早々に謝罪するのは止め、本題へと入った。


「このままではブラウエル国が終わってしまう。

 公爵は精霊の愛し子ならわかるだろう。

 精霊がブラウエル国から出て行ってしまった!」


「それはそうだろう。自由にしていいと言ったからな」


「公爵は責任を感じないのか?

 公爵がそう言ったからブラウエル国の精霊はいなくなったんだ」


「いや、それは違う。

 今まで搾取され続けたせいで、精霊はこの国を嫌いになっていた。

 俺は出て行けと言ったわけじゃない。自由にしろと言った。

 だからジラール王国内の精霊は逃げていない」


「公爵領には精霊が残っているのか!」


期待するような顔のアンドレ様に、父様は眉を寄せた。


「いつまで公爵、公爵領と言っているんだ。

 独立宣言をしたんだから、ここはジラール王国だ」


「そんなことは認めていない!」


「ブラウエル国が認めなくても、他国はもう認めている。

 俺はジラール王国の国王としてここに来ている。

 国と国との話し合いだと思っていたが、そうではないようだな」


「前公爵はそれでもいいのか!?」


父様では話にならないと思ったのか、アンドレ様は伯父様に訴えかける。

が、伯父様は素っ気なく返した。


「私に言われましても。大怪我をしたら気力がなくなりましてね。

 当主を交代した後のことは私には関係ありません。

 話はジラール王国の国王であるノエルにしてください」


「……っ。怪我なんて嘘なんだろう。普通に歩いているじゃないか!

 頼む。戻ってきてくれ。

 精霊がいないせいで災害が起き始めているんだ。

 たくさんの国民が死ぬんだ!それでいいのか!?」


「それも、ブラウエル国の代々の国王のせいだ。

 精霊を酷使続けた結果だ。

 ジラール公爵家の当主はずっと忠告していた。

 精霊の力だけに頼るなと。

 それを無視したのだから、責任はブラウエル国にある」


アンドレ様は父様のせいにしたいのだけど、それは違う。

あのままでも精霊は消えていた。


ルシアン様が本宅に精霊を逃がしていたこともあるけど、

大半の精霊が傷ついて弱っていた。

王都内の精霊は遠くない未来、力を失って消えていただろう。


その後は、今と変わらない。精霊術が使えなくなる。

どっちにしてもブラウエル国は人が住めない場所になっていた。


「……どうしても、戻ってきてはくれないのか?」


「ああ。国同士の話で、食料を売ってくれというのなら、

 まだ聞いてやろうと思っていたんだがな。

 ブラウエル国に戻って来いというのなら、それはお断りだ。

 話がそれだけなら帰ってくれ」


「そうか……もういい。

 お前たち、こいつらを捕まえろ!」


アンドレ様が表情をがらりと変えて指示をだすと、

後ろに控えていた兵たちがこちらに向かってくる。


やっぱりこうなった……。

兵たちが武器を持って突撃してくる。


ルシアン様の背に隠され、目を閉じる。

……あれ。近づいてこない?


目を開けてみると、兵たちが国境の向こう側で倒れている。

貴族じゃないのに、結界を通れなかった?


「ここに来た時に、結界を強化しておいた。

 武器を持っている者も国境は通れない」


「なんだと!」


「話し合いが決別した場合、武力でなんとかしようとすると思っていた。

 あきらめて王都に戻るんだな」


「っく!武器がなくても、素手で捕らえればいい!」


「無理だよ。俺は精霊の力を自由に使えるんだ。

 なぁ、ここに連れてこられた平民の兵たち。

 こんなことはしたくないんじゃないか?

 ジラール王国の民にならないか?」


え?父様は何を思ったのか、兵たちに笑いかける。

ジラール王国の民に??


「おい!何を言っているんだ!やめろ!」


「さっき王太子が話したの聞いただろう?

 ブラウエル国はもうすぐ終わる。

 作物は取れず、災害ばかりの国になる。

 平和に暮らしたいのなら、そこから逃げてこい」


「やめろ!黙れ!こいつの言うことなんて聞くな!」


「武器を捨てて、こちら側にこい。

 住むところも食料も仕事も豊富にあるぞ」


それを聞いて、兵たちが武器を捨て始めた。

一人、また一人、逃げるようにこちら側に入ってくる。


「この道を少し行った先に休憩する場所を用意してある。

 炊き出しもある。そこまで行って休むがいい」


炊き出し、の言葉にたくさんの兵が反応した。

ここまで来る間、まともな食事は出なかったのかもしれない。


統制が取れなくなった兵たちがこちら側に逃げ出してくる。

それを騎士たちが慌てて止めようとするけれど、

あまりにも逃げ出す数が多くて対応できていない。


兵たちが逃げてくるのに邪魔になると思い、後ろに下がる。

伯父様が道の脇に避けたのを見て、私もそちらに行こうとした。

その時、誰かに腕を掴まれる。


「王太子様!精霊の愛し子を捕まえました!」


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