第54話 ルシアン様との誓い
次の日から、伯父様は各国に送る独立宣言の書簡を書き始め、
父様は早朝から出かけているようだった。
母様も忙しそうに屋敷内の采配をしている。
パトの話では、ルシアン様のお祖母様が亡くなってから、
この屋敷には女主人がいなかった。
ルシアン様のお母様は一度もこちらには来ていないそうで、
伯父様だけでは手が回っていないところもあったらしい。
そのため、屋敷の者たちは女主人が来て、
ようやく采配してもらえるとほっとしているという。
ついこの間まで精霊教会に閉じ込められていたとは思えないほど、
母様は積極的に使用人に声をかけて要望を聞いている。
本当に王妃になるんだと思うとなんだか不思議に感じた。
私だけ何もすることがなくて、ルシアン様の執務室に向かう。
ルシアン様は書簡を各国に送る手配をしていた。
「何か困ったことでも起きた?」
「いえ、そうではないです。
私だけ何もすることがなくて……。
何かお手伝いすることはありませんか?」
「ああ、じゃあ、俺の仕事を手伝ってくれる?」
「はい」
手伝う必要なんて本当はないのだろうけど、
ルシアン様の作業を手伝う。
作業が半分ほど終わったところで、ルシアン様に声をかけられる。
「今日中に終わらせる必要はないんだ。休憩しようか」
「はい」
「屋敷内を案内するよ。散歩しよう」
ルシアン様に手を引かれて屋敷内を見て歩く。
王都の屋敷の倍は広いかもしれない。
最後に連れて行かれたのは最上階のバルコニーだった。
昨日見たよりも、もっと遠くまで見える。
「ニナ、もしかして疲れている?
ぼんやりしているように見えるけど、悩み事でも?」
「悩んでいるというか、少し不安なのかもしれません。
父様が国王で、母様が王妃で、私が王女で。
本当にそれで大丈夫なのかなって……」
「叔父上はジラール王国を守ろうとしているし、
叔母上は王族だったんだし、それほど困ってなさそうだけど」
「あ、そうでした。王族出身だったんですよね」
「ニナも知らなかった?」
「はい。まったく知らなかったです。
物心がついた時には母様は薬師でしたし、平民として暮らしていました。
王族だったなんて言われても信じられなくて」
「素性は明かせなかったんだろう。
森の民は他の国とは交流しないと言われている。
そんな国の王族の娘や孫だとわかったら」
「狙われていたでしょうね……」
母様は私が精霊の愛し子だとは気づいていなかった。
それでも目立たないように旅をしていたのは、きっと王族だと知られないように。
私たちの素性が知られていたら、利用されていただろう。
精霊教会で閉じ込められていた間、聞かれなかったわけがない。
十何年も母様は何も言わずに耐えていた。
たった一人、つらくなかったわけはないのに。
母様にとってみれば、大変だった今まで比べたら、
王妃になることはそれほど問題じゃないのかもしれない。
……私もそう思えばいいのかもしれないけれど。
「ニナは王女になるのは嫌か?」
「嫌というわけではないです。
王女にふさわしくなれるのかと心配で」
「それなら問題ないよ」
「え?」
「この国は今から作っていくんだ。
ニナが思うような王女になればいい」
「私が思うような王女に……なれるでしょうか?」
それでも不安がぬぐえないと思っていると、
真剣な顔をしたルシアン様が私の前で片膝をついた。
まるで騎士の誓いのようなしぐさで、恭しく礼をする。
「え?」
「ニナ姫のことは私が生涯かけてお守りします。
どうか、このジラール王国の王女になって、
私がそばにいることをお許しください」
「ルシアン様?あの?どうしてそんな」
まるで家臣のような態度のルシアン様に慌ててしまう。
急にどうしてしまったの?
「これからの身分は、ニナ姫のほうが上になります」
「え。あの、そうかもしれないですけど、でも!
お願いします!今まで通りにしてください!」
「じゃあ、ニナも普通に話して」
「普通にって……どんな風にですか?」
「簡単だよ。叔父上に話す時みたいに俺とも話してほしいんだ。
俺だってもっとニナと近い関係になりたい。
さっきみたいに俺が話したら、遠く感じただろう?」
「それは、はい。……わかったわ」
たしかに急にルシアン様との関係が遠くなった気がした。
そばにいると言われたのに、なんだか壁を作られたみたいで。
ルシアン様がふざけて言っているんじゃないとわかって、
うなずいてしまった。
「まだ悩んでいる?」
「うん……そうかも」
普通に話そうとすると、まだ少しぎこちない。
どうしてなのか、距離が近くなったみたいですごく恥ずかしい。
「悩まなくていい。何かあったら全部、俺のせいにしていいんだ。
俺が望んだんだ。どうしてもニナと結婚したいって。
だから、こうなったんだ」
「……ううん、違うわ。
私が望んだの。どうしてもルシアン様がいいって」
誰かのせいにすれば楽になるのかもしれない。
でも、違う。
私がルシアン様を選んだ。だから、この先も自分の責任だと思う。
だけど、私が悩むたびにルシアン様は自分を責めてしまう。
自分が巻き込んだからだと。
ブラウエル国がどんなことになったとしても、
平民が傷ついたとしても、これしか選べなかった。
「……俺は何度でも誓うよ。
ニナが王女でもそうでなくてもかまわない。
一生をかけて守り抜くって」
私が迷っていたら、ルシアン様を悲しませてしまう。
向き合おう。これからの自分と。
ルシアン様に自分のせいだなんて、もう言わせないように。
「ルシアン様、私、王女として頑張ってみるわ。
そして、ルシアン様とこのジラール王国を守っていくの。
ずっと、一緒にいてくれる?」
「ああ、ずっとずっと一緒だ」
抱きしめられると思ったら、ルシアン様の両手は私の頬を包んだ。
そのまま近づいてくるルシアン様に目を閉じた。
ふれる唇からルシアン様の気持ちが流れ込んでくる。
好きだ、愛しい、そばにいてほしい。
私も……気持ちを伝えたい。
ルシアン様に私から抱き着いたら、もう一度唇が重なる。
お互いの気持ちが通じたと笑いあえた時、
やっと本当の意味で婚約者になれた気がした。
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