第53話 ジラール王国
「さぁ、中に入って。詳しい話を聞かせてくれ」
父様が母様を連れて中に入っていく。
初めての屋敷に入るのは少し緊張する。
いつものくせでルシアン様の手にすがりたくなって、
振り向いて見えた景色に驚いた。
「わぁ」
「あぁ、すごいだろう。これがジラール領だよ」
屋敷は丘の上に建てられていた。
その丘からジラール領が一望できる。
どこまでも続くような麦畑と小さな家がいくつも見える。
澄んだ空気の中、たくさんの精霊が楽しそうに飛んでいた。
「すごく素敵な領地ですね」
「ああ。あの国は嫌いだったけれど、この領地だけは守りたかった。
お祖父様とお祖母様が愛した領地だ」
「ええ、守りたかったと思うのもわかります」
この領地だけが清らかで、精霊の力が満たされている。
本宅のように区切られた場所ではなく、どこまでも自由に行ける。
ここにいる精霊たちは契約とは関係なしにここにいたいのだと思う。
「落ち着いたら領地を案内しよう」
「はい」
ルシアン様の手を取って、屋敷の中へと入る。
案内された部屋では、まずは父様がこれまでの説明をする。
それを聞いたルシアン様のお父様は深いため息をついた。
「ノエルに当主を譲った時に覚悟はしていた。
これ以上、あの愚王に仕えるのは無理だな」
「精霊たちも限界だった。
俺が契約を破棄しなくても、そのうち精霊術は使えなくなっていたよ。
その時に、ジラール領が巻き込まれるよりはましだ」
「それもそうか。ジラール領を守ることだけを考えよう」
父様がしたことに納得できたらしいルシアン様のお父様は、
気持ちを切り替えるように私を見て微笑んだ。
「そうだ。ニナ、あらためて挨拶しようか。お前の伯父だ。
まぁ、どちらにしても義娘になるのは変わらないな。
だが、父様と義父様ではどちらを呼んでいるのかわからなくなるだろう。
これからは伯父様と呼んでくれ」
「はい、伯父様」
義娘として家族になると思っていたけれど、伯父様だった。
血のつながりがあることがなんだかうれしくてくすぐったい。
伯父様もそう思ってくれているのか、前に会った時よりも親しみを感じる。
「ノエル、二人の結婚はいつにするんだ?」
「結婚は早い方がいいが、ジラール王国として落ち着いてからだな。
まずはブラウエル国から独立したことを他国へ知らせよう」
「それは俺の宰相としての初仕事だな。
書類仕事は任せてくれ」
「ああ。俺はそういうのは無理だから、兄上に任せるよ。
独立したことと一緒にエマの存在も知らせてほしい」
「それは大事なことだな。
王妃がもうすでにいると知らせないと大変なことになりかねない。
やまほど政略結婚の話が持ち込まれるだろう」
伯父様の言葉に、どういう状況になるか想像したのか、
父様は身震いしてそんなものはいらないと慌てる。
「冗談じゃない、俺の妻はエマだけだ。
あぁ、側妃も絶対にいらないと書いておいてくれ。
エマも森の民に手紙を送った方がいいな。
両親にニナのことも知らせたいだろう?」
「ノエルのことも言っていないのに、怒られないかしら」
私を身ごもったことで家出してきた母様は、困った顔をしている。
あまり知らせたくはなさそう。
「大丈夫だよ。俺と結婚することは認めてもらっている」
「本当に?」
「ああ。毎年エマを探す旅の合間に報告に行っていたんだ。
最初は怒って精霊の森にも入れてくれなかったんだが、
四年目からは黙って聞いてくれるようになった。
十二年目でようやくエマを見つけたら結婚してもいいと言ってくれた」
「……父様が認めてくれるなんて」
「ニナのことも報告したら喜ぶと思うぞ」
「……そうね。手紙を書くことにするわ」
本当は親に知らせたかったのか、母様は涙ぐんでいる。
それを見た伯父様はうれしそうに笑う。
「ルシアンとニナの結婚式の前に、お前たちの結婚式をしないとな。
国王と王妃の結婚式だ。お披露目と同時にすればいいだろう」
「ああ、その通りだ。エマとの結婚式をしないと。
じゃあ、早くめんどくさいことは終わらせよう。
俺は明日から領地に結界を張ってくる」
「結界?本宅みたいなやつか?」
本宅には精霊の祝福を受けた者しか入れなかった。
それをジラール領で?
「本宅のようなものはさすがに広すぎて無理だ。
精霊術を使ったことのあるものは弾くようにしてくる」
「それって、王族と貴族、元貴族はジラール領に入ってこれないってこと?」
「そう。多分、ブラウエル国はジラール領の独立を認めない。
認めたら、国が終わると思っているだろうから」
「もう精霊術は使えないのに?」
「精霊の愛し子が消えたからじゃない。
ジラール領から送られる食料がないと、王都の人間は生きられないんだ」
「食料……」
さっき見た広い畑。精霊に守られている豊かな土地。
きっとたくさんの作物が実るに違いない。
今まで届いていた食料がこなくなれば、王都の人間はどうするだろう。
他の領地から届けさせて、それで間に合えばいいけれど。
これは簡単にはあきらめてくれそうにない。
「だから、あいつらがどんな手を使ってきても、
この領地を守れるように防御する。
しばらくは忙しいが、エマはこの屋敷で待っていて。
あぁ、エマは王妃になるんだから、屋敷のことは任せるよ」
「わかったわ。気をつけてね」
母様が王妃になるんだ。よく考えたら大変なことだ。
大丈夫なのか心配だけど、母様はいつもと変わらない表情。
伯父様も特に何を言うこともなく、父様の決定に従うみたい。
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