第52話 なんとしてでも取り戻す(アンドレ王太子)

「……認めるものか。ジラール公爵領が我が国から消えたら、

 この国の食料は足らなくなる」


他国に向けて独立宣言を出されてしまったとしても、

認めるわけにはいかない理由があった。


ジラール公爵領はこの国で一番大きな領地。

しかも、一番収穫量が多い領地だ。


領地が広い割に住んでいる人の数は少ないため、あまり領内では消費しない。

税の代わりに現物で納めることを認めていたから、

採れた穀物はそのほとんどを王都に運んでいる。


王都の者はジラール公爵領で採れる作物で生活しているようなものだ。

それが届かなくなれば、どれだけ被害が出るかわからない。


「宰相、ジラール公爵領なしで食料はどのくらいもつ?」


「収穫直後ですから、一年は……あ!」


「どうした?」


「そういえば、今年はジラール公爵領から穀物が届いていません!」


「なんだと!?」


「前公爵が倒れた影響で手配が遅れていると報告されていたのですが……。

 このままでは三か月もつかどうか……」


「……」


いつもならもうとっくに届いている時期だ。

前公爵が落馬したせいで動けないとは報告があったが、

こうなってくるとそれもあやしい。


完全にやられた。最初から独立するつもりでいたんだ。

だいたいにして、死んだと思っていた公爵の弟ってなんだ。

公爵が知らなかったとか嘘に決まっているだろう!


あの時、父上は精霊の愛し子に目がくらんで処罰しなかった。

いや、処罰されないとわかっていたから出てきたんだ。

夜会の時にニネットの髪を銀色に戻したのもそうか。

外見だけでも精霊の愛し子だとわかれば、父上と俺が利用すると思って。


あれなら見た目も悪くないと思って、

正妃にしてやろうと思ったのが間違いだった。


「宰相、どうにかしてジラール公爵領を取り戻すぞ。

 あそこがなくなったらこの国は終わる。

 わかっているんだろう?」


「それは……もう、わかっております。

 ですが、話し合いで戻ってきてくれるでしょうか」


「それを今から考えなくてはいけない。

 ……確実に取り戻す方法を」


食料がなくなる前にジラール公爵領を取り戻さなければいけない。

あと、たった三か月しかない。

下手につつけば痛手を負うのはこちらだ。

戦略を考えている間も時間は過ぎていく。


ニ週間後、精霊教会の者が謁見してきたと思えば、異変の報告だった。


「陛下、アンドレ様!大変です!

 各地で異変が起きています!」


「異変だと?」


「はい。各地の精霊教会の者たちが報告してきたのです。

 見てください。こちらでは雨が止まず、領民が避難しました。

 一方、こちらでは田畑が干からびたと」


「そんな異変は今まで聞いたことがないぞ」


「……精霊のせいだ」


「父上?」


ここ二週間、ぼんやりと座って聞いているだけだった父上が、

うなるように声をあげる。


「今まで精霊の力で雨を止めていたところは、

 止めていた分降り続くことになる。

 肥料もやらずに精霊の力で豊作にしていたところは、

 その年数待たなければ土地は回復しない」


「そんな!」


「精霊術は自然の力の前借のようなものだ。

 借り続けている時はなんとかなっても、

 いなくなれば一気につけを払わなくてはいけなくなる。

 だからこそ、精霊を逃がしてはいけないと言われていたんだ」


「どうすればいいのですか?」


「知らん……今までずっとこの国は精霊に頼って生きてきた。

 どれほどの負の財産を背負っているかわからない。

 ずっと精霊の力で誤魔化していたんだ……。

 精霊の愛し子がいれば、なんとかなるからと」


精霊の愛し子がいれば、なんとかなるのなら、

この状況もなんとかできるのではないのか?


「精霊の愛し子を取り戻せば、この国は元に戻りますか?」


「……もしかしたら。精霊の愛し子ならば、可能かもしれない」


精霊の愛し子。

あの公爵か、ニネットを手に入れれば、なんとかなるかもしれない。


「……父上、ジラール公爵領を攻めますよ。

 指揮は俺に任せてください」


「……わかった」


もう父上は国王として上に立つ気力がない。

精霊の愛し子を取り戻せたとしても、精霊術は使えないまま。

どこまでこの国が元のように暮らせるかはわからない。


「各領地に通達を出せ。

 ジラール公爵領に攻め込む。

 各領地にいる平民の嫡子以外の成人男性はすべて兵として出すように。

 準備は二十日で終わらせろ!」


 「「「「はっ!」」」」


宰相が領主たちに送る手紙を書き、騎士がそれを馬で届ける。

時間がない。精霊術が使えない中、急がなくてはいけない。


時間がかかれば、それだけ食料が足りなくなる。

王都の者が異常に気がついて暴動が起きる前に、なんとかしなければいけない。


焦っても準備は進まず、兵がそろったのは二十四日後だった。


「よし!ジラール公爵領に向かう!」


兵たちを先に進ませ、俺は騎士に囲まれた馬車の中。

騎士隊長と作戦を練りながらジラール公爵領へと向かった。


「相手は精霊の愛し子ですよ。どうしますか」


「……油断させよう。

 話し合いを持ちかけて、向こうが出てきたところを、

 兵たちに一気に襲わせよう。

 精霊の愛し子二人以外は殺してかまわない」


「……わかりました」





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