第42話 初めて会う父様

私も中を覗くのをやめ、ルシアン様と一緒に芝生の上に座る。


「叔父上が戻らなかったのはお祖母様が危篤だったからか。

 そういえば、亡くなったのは十八年前くらいだ」


「危篤だったのなら、仕方なかったのでしょう。

 その後、ちゃんと母様のところに戻ってきたみたいですね」


その時にはもうすでに母様はいなかったけれど、

父様は母様のところに戻っていた。

残念な結果だけど、戻るつもりだったことに気持ちが救われる。


「やっぱり叔父は恋人を捨てるような人じゃなかったな」


「はい。ほっとしました」


私の父様が母様を捨てるような人じゃなくてよかった。

それにずっと母様を探していたのなら、二人が会えてよかった。

きっと母様も本当はずっと父様に会いたかったんだと思う。


母様は父様に会ったら、一人でも旅に出るつもりだったようだけど、

父様は母様を一人にしない気がした。


ルシアン様と芝生の上に座って、時間が過ぎるのを待つ。

父様と母様の誤解は解けて仲直りできたとしても、

私のことは別問題だ。


もう父様に会うのは怖くないけれど、

落ち着いてからにしたほうがいいだろう。


カタンと音がして、執務室の外のドアが開く。

そこから紫色の目を真っ赤にした父様が出てくる。


まっすぐに私を見て、またボロボロと泣き出す。

父様って、もしかして泣き虫なのかな。


「エマから聞いた……お、俺の娘なんだよな?」


「はい」


「名前は?」


「ニナ」


「……ああ、娘ができたらつけようと俺が言っていた名前だ。

 そうか、ニナにしてくれたのか」


父様が言ってた名前?じゃあ、名付けたのは父様なんだ。


目の前に父様が立つと、ルシアン様よりかは小さいけれど、

私よりはずっと大きい。

見上げていたら、小さな声でお願いされる。


「ニナを抱きしめてもいいか?」


「はい」


いいと言ったのに、父様はためらいながら私を抱きしめる。

そっと、壊れそうなものを抱きしめるようだったけれど、

初めて父様にふれて、泣きそうになるのをこらえた。


「ニナ、ずっと会えなくてごめん。ニナのことを知らなくてごめん。

 ずっと、ずっと、つらい思いをさせていてごめん。

 これからは父様がニナとエマを守るから。

 父様と呼んでくれるか?」


「……うん、父様」


「ありがとう……ニナ」


うれしさのあまり泣き続けている父様の肩を母様がぽんと叩く。

父様はもう一度母様に抱き着くと、何度もごめんと謝っていた。


落ち着いてから話を聞くと、運が悪かっただけの話。

父様は母様と結婚するため、この国を捨てるつもりでいたらしい。


それを家族に許してもらうために戻ってきたら、

母親が危篤状態ですぐに国を離れることができなくなった。

そのまま五か月、母親が亡くなって弔うまでいて、

それから急いで母様のところに戻った。


母様はお腹の中に私がいたから父様を待つことができず、

旅に出て行った後だった。

あと一か月待っていられたら、問題なく結婚できていた。


母様が旅に出た後、父様は母様を探すためにいろんな国へ行っていた。

それでも一年に一度この国に戻ってきていたのは、

精霊に力を与えられるのは精霊の愛し子の自分しかいないから。


公爵家の屋敷に逃げ込んでいる精霊たちに、

力を与えて回復させた後、また母様を探す旅に出ていたらしい。


母様は捨てられたかもしれないとずっと思っていたせいか、

最初はぎこちなかったけれど、誰のせいでもないとわかったからか、

父様とちゃんと仲直りできたようだ。


長い間離れていた分、話したいことがいっぱいあるのか、

父様と母様はずっと話をしていた。つないだ手は離さずに。

ルシアン様と私はその場から離れて、二人だけにすることにした。



「しばらくは二人きりにしておこう」


「それが良いと思います」


「……少し散歩に行かないか?」


「え?あ、はい」


ルシアン様と散歩に行くのはめずらしい。

父様が帰ってきているからか、池の周りでは精霊たちがまだ騒いでいる。


「叔父上が戻ってきたから、返事を聞かせてほしい。

 ニナは、これからどうしたい?」


「……」


どうしたいのかは決まっている。

だけど、そんなわがままを言っていいのかと思う。


その時、母様に言われたことを思い出した。

願いを叶えたいのなら、まずは言わなければいけないと。

私の気持ちを言わなければ、ルシアン様にはわからない。

叶わないかもしれないけれど、ちゃんと言わなきゃ。


「父様と母様は困るかもしれません……嫌だって断られるかもしれません。

 でも、私はルシアン様と一緒にいたいです」


「……本当に?」


「はい。この国もこの国の王族も貴族も嫌いです。

 でも、ルシアン様を置いて逃げるのはもっと嫌だと思ったんです。

 きっとどこの国に逃げても、ルシアン様を思って泣くと」


言葉の途中で抱きしめられた。

さっき父様に抱きしめられたのとはまったく違う感じがした。

温かい腕に抱きしめられると安心するけれど、

それよりも心臓がうるさくて痛い。


「ごめん。もう逃がしてあげられない。

 ニナとずっと一緒にいたいんだ」


「はい……私もずっと一緒にいたいです。

 逃げません。逃げるとしたら、ルシアン様と一緒です」


ルシアン様はこの国から出られないけれど、それでも。

逃げるときがもし来たとしても、一人で置いていくようなことはしない。

そう決めたから。


「叔父上にお願いするのは俺から話すよ」


「……怒るでしょうか」


「わからない。でも、何度でも頭をさげて頼むつもりだ」


「……はい」


精霊の愛し子として生まれたから、死んだことにされた父様。

この国の貴族になってもいいと言ってくれるだろうか。



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