第41話 父様と母様

光が少しおさまったら、本宅の前に馬車が止まっているのが見えた。

こんなところに馬車?

さっき空から降りてきたのは馬車ってこと?


馬車が影になって見えないけれど、声が聞こえる。


「ただいま、パト。ルシアンは執務室かい?」


ルシアン様より、少し高めの男性の声。

この声って、もしかして……




すぐそこに父様がいるかもしれないと思うと、足が動かない。

私が動かないことに気がついたミリーが顔をのぞきこんでくる。


「大丈夫ですか?」


「ミリー、今の人って」


「ノエル様でございます」


やっぱり、父様だった。

私の顔色が悪かったのか、ミリーが気遣ってくれる。


「どういたしますか?

 すぐに会うのが難しければ、お部屋に行きましょう?」


「……母様の部屋に行くわ」


「わかりました」


玄関に入ると、もう父様とパトの姿は見えない。

ルシアン様のところに行ったんだろう。

母様の部屋へ行き、ドアをノックするとすぐに返事がある。


「どうぞ」


入ってきたのが私だと気がつくと、笑顔で迎えてくれた。


「おかえりなさい。試験はどうだった?」


「母様……父様が戻ってきてる」


「え?」


「さっき、玄関先にいたの。

 声しか聞いてないけど、ミリーに聞いたら父様だって。

 母様はどうしたい?すぐに会いに行く?」


「……」


母様が父様に会うのは十八年ぶり。

しかも、母様は父様に捨てられたのかもしれないと思っている。


会うのが怖いのか、母様はうつむいたまま何かを考えている。


その時、ドアがノックされた。

母様が返事をすると、入ってきたのはルシアン様だった。


「ミリーからニナもここにいると聞いて。叔父上が戻ってきた。

 二人とも、どうする?すぐに会えるか?」


「……まずは私が会います。

 ニナが会うかどうかはそれを見て判断して欲しいの」


「わかった。じゃあ、執務室へ行こう。

 ニナはどこかに隠れているか?」


「執務室の外から覗きます」


「ああ」


ルシアン様と母様は執務室へと向かう。

私は外に出て、執務室の窓から中を覗き込む。


ちょうど私が覗き込んだ時、ルシアン様と母様が執務室に入ってきた。

執務室の窓が開いていたから、声も聞こえる。


父様らしき人がソファに座っている後ろ姿が見える。

本を読んでいるようで、下を向いている。

私と同じ銀色の長い髪を一つに結んでいる。

ルシアン様よりも少し身体が小さい。

ちらりと見えた横顔は女性にも見える中性的な顔立ちだった。


「叔父上、会ってほしい人がいるんだ」


「ん?新しい使用人か?」


「いや、そうじゃない」


父様はそこでようやく顔をあげた。

驚いたようにすぐに立ち上がって、動きが止まる。


そして、ゆっくりと歩き出した。

ぎこちない感じで、一歩ずつ母様のほうへ。


「……俺は都合のいい夢を見ているのか?

 どうして、エマがここにいる……」


「……夢じゃないわ」


「幻聴まで?……ついに俺はおかしくなってしまったのか?

 もしかして、精霊が俺を哀れんで見せてくれている?

 エマに会えないうちに、死ぬのか?」


精霊が哀れんで?母様に会えないうちに?

父様の言葉を聞いて、母様は苦しそうな顔をした。


「どうして戻ってきてくれなかったの?」


「……母上が危篤だった。

 いつ亡くなるかわからない状況で、出ていくとは言えなかった」


「……私のところに戻ってくるつもりだったの?」


「もちろんだ。

 母上が危篤状態だから遅くなる、待っていてくれって手紙も出したけれど、

 エマに届くかどうかはわからなかった。

 あの国は他国の人間を嫌う。

 母上が亡くなって急いで向かった時には、もうエマはいなかった。

 それからずっと探していたんだ。

 それなのに、俺はもうエマに会えないまま死んでしまうのか……」


最後のほうは泣いているようだった。

ずっと探していた母様が目の前に現れて、それが現実だとは思えない。

死ぬ前に精霊が見せてくれた夢だと思っている。


そんな父様に、母様は呆れたように笑った。


「ノエル、私は夢じゃないわ。

 生きている本物よ」


「…………は?」


ついに父様が母様の目の前に立つ。

父様はおそるおそる母様にふれる。


最初は右手で頬に。そして左手で髪の毛に。

何度もふれて、母様がちゃんといることを認識した父様は震えている。


「……本当に?精霊が見せてくれているわけじゃないのか?」


「ええ、ちゃんとここにいるの」


「エマ!あぁ、エマがいる!やっとだ……やっと会えた。

 ずっと会いたかったんだ」


「ノエル……」


父様が母様を抱きしめると、母様からも涙がこぼれ落ちる。

よかった。父様は母様を捨ててなんかいなかった。


ルシアン様が言っていたように、

父様が探していた大事な人って母様だったんだ。


二人は抱き合ったまましばらく泣き続けていた。

母様が泣くのを見たのは初めてだ。

小さな村に隠れるように住んでいた時も、旅をしていた時も、

強い母様しか見ていなかった。


本当はずっと心細かったのかもしれない。

父様に会えて、ようやく泣けたのだと思った。


ルシアン様がこっそり執務室から外に出てくる。

二人きりにしてあげるようだ。


私も中を覗くのをやめ、ルシアン様と一緒に芝生の上に座る。


「叔父上が戻らなかったのはお祖母様が危篤だったからか。

 そういえば、亡くなったのは十八年前くらいだ」


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