第40話 久しぶりの学園

カミーユ様とオデットが退学したので学園に通っても大丈夫とは言われたが、

結局は試験だけ受けることにした。

最終学年になってから授業は一度も受けていない。


久しぶりに来た学園で馬車から降りると視線が集まる。

その冷たさに歓迎されていないのはわかる。


カミーユ様とオデットと言い合いした時は、

私よりも二人を責める視線が多かった気がするのに、

あいかわらず学生たちは私の存在を認めたくないらしい。


「あの愛人の子、カミーユ王子とオデット様を追い出したんでしょう?」

「そうらしいね。公爵家の婚約者になったからって、やりすぎなんじゃないのか?」

「どうしてあんなのが公爵家の婚約者なのかしら」

「半分は平民のくせに、権力をいいように使うだなんて」

「あんな奴、いなくなればいいのに」


こそこそと言うわけではなく、あきらかに聞こえている。

後ろをついて歩くミリーが怒りで震えているのがわかる。


あの時はカミーユ様とオデットも孤立していたのに、

二人がいなくなった後は私が悪人のように思われているらしい。



教室がある階に上がって、足が止まる。

なに?この人の多さ。

教室に向かおうとしても、廊下に人が多すぎて通れない。


誰もが私が来たことに気がつかず、おしゃべりに夢中になっている。

……いや、違う。

私を教室に入れないためにこんなことをしているんだ。


集団の外側にいるのは下級貴族の令息令嬢たち。

その奥で高位貴族の令息令嬢がにやにやと笑って見ている。

これは高位貴族が命令して、下位貴族にこんなことをさせている?


「ニネット様、人を避けさせましょうか」


「……無理に避けるのはよくないわ」


「ですが、このままでは教室に入れません」


「もうすぐ試験の時間になるわ。教師が来たら入れるでしょう」


そう思っていたけれど、教師が来ても廊下にいる者たちは教室には入らなかった。

教師の方があきらめて私を別教室へ案内するという。

今にも怒り出しそうなミリーを抑え、おとなしくついていく。


その時、下位貴族の令息令嬢たちの中から小さな笑い声が聞こえた。

命令されて嫌々しているのかと思ったのに違うらしい。

平民に近い下位貴族にすら、私は嫌われているのか。




試験を受け終え、後はもう帰るだけ。

私だけ別部屋で受けるのなら、公爵家に来てもらえばよかった。


教師たちも、私を教室で受けさせるのは危険だと判断したようだし、

次からは公爵家で受けさせてもらおう。


ため息をつきながら馬車に向かうと、頭上で精霊の力を感じる。


「え?」


足を止めたら、前方に大量の水が落ちてきた。


「ニネット様、大丈夫ですか!」


「うん……大丈夫。私にかかってはないわ」


「どうしてこんなところに水が?」


周りには何もない。頭上にも。

何もないところから水が降ってきたのは、おそらく精霊術。


少し離れたところから、声が聞こえる。


「なんで失敗したのよ」

「おかしいな。うまくいくはずなのに」

「もう一度やってみれば?」

「精霊が言うことを聞かない……」


少し離れた校舎で隠れている人かげが見える。

あそこから精霊術で私に水をかけようとしたらしい。

こちらの様子を伺うために顔を出した時に目が合う。


さすがにまずいと思ったのか、バタバタと逃げていく音がした。


ふと、こちらを見ている視線を感じる。

水をかけようとしていた者たちじゃない。

校舎のあちこちから、私を見ている人たちがいる。


「なんだ。失敗か」

「もう終わり?もう一回すればいいのに」

「残念。面白いものが見れると思ったのに」

「誰か挑戦してみろよ」


水をかけようとした者たちだけじゃない。

それを知って、見物しようとしていた者たちがこんなにも大勢。


もしかしたら、カミーユ様とオデットがいた頃は、

あの二人が私を虐げていたから手を出さなかっただけなのかもしれない。

いなくなれば、平民の血を持つ私を誰もが排除しようとしてくる。


私を見ているたくさんの学生たちが、悪意のかたまりに見えた。


貴族ではない。

たったそれだけのことで、人だと思ってもらえない。


「ニネット様、早く帰りましょう」


「ええ。そうね」


ミレーに急かされて馬車に乗る。


自分が平民出身だということを嫌だと思ったことはないし、

貴族になりたいと思ったこともなかった。


私の父が、貴族の出身だとわかった時、

それがルシアン様の叔父だったから受けいれられた。


そうじゃなかったら、私の身体に流れる血を汚いと思ってしまったかもしれない。


ずっとこの国の貴族なんて嫌いだと思っていた。

ルシアン様に会わなかったら、まともな貴族がいることを知らなかったと思う。


ジラール公爵家だったから、許せたんだ。



馬車がジラール公爵家の敷地内について、

本宅へ向かう廊下を歩く。


本宅についた時、精霊たちがざわついているのを感じた。

昼間なのに光ってまぶしい。

目を開けられなくて閉じたら、空の上から何かが降りてくる。

見えないけれど、精霊たちの流れを感じる。


光が少しおさまったら、本宅の前に馬車が止まっているのが見えた。

こんなところに馬車?

さっき空から降りてきたのは馬車ってこと?


馬車が影になって見えないけれど、声が聞こえる。


「ただいま、パト。ルシアンは執務室かい?」


ルシアン様より、少し高めの男性の声。

この声って、もしかして……





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る