第43話 父様へのお願い

次の日の昼過ぎ、ルシアン様からお願いされた父様は、

あきらかに不機嫌そうな顔になった。


「……仲がいいとは思ったが、婚約していたとは。

 まぁ、そばにいられなかった俺は何も言う権利はないけど」


「俺がニナの相手ではダメだと?」


「お前がダメというわけじゃない。

 やっとエマに会えたと思ったら、こんなに可愛い娘まで会えて。

 その娘に婚約者がもうすでにいるというのが納得できないだけだ。

 お前以上にいい相手がいるわけないのはわかってる」


「じゃあ、認めてもいいと?」


しぶしぶといった感じではあるが、父様はうなずいた。

それにほっとしていたが、父様は他にも納得していないことがあるようだ。


「なぁ、ルシアン。

 どうしてもニナを貴族にしなきゃ結婚できないのか?」


「そうしないと陛下に認めさせられない」


「国王の許可なんかなくても結婚すればいいだろう。

 ここで暮らせば誰も手出しできないんだから」


私が貴族にならなくても、国王から結婚の許可をもらわなくても、

このまま本宅で生活していけばいい、父様はそう思ったようだ。

……私も、それは考えなかったわけじゃない。


私が貴族の生活が嫌になって逃げだしたことにして、

ここに隠れていればいいんじゃないかって。


だけど……無理だと思った。

そのことはルシアン様には話していない。


「ニナがいなくなったように見せかけて、ここで匿うことはできる。

 だけど、その場合は俺は別の令嬢と結婚しなければならなくなる。

 王命で結婚しろと言われたら、逆らうことはできない。

 本宅にニナを住まわせて、表屋敷に妻を。

 ニナを愛人にするようなことはできない」


「……それでもニナが貴族になるよりかはいいかもしれないぞ?」


「結婚するだけじゃない。

 俺は公爵家の次期当主として、その令嬢と子をつくらなければいけない。

 ニナはすぐ近くて、俺のもう一つの家族を見続けることになる。

 ……ニナはそんなことは選ばないと思う。違うか?」


「違いません。私は愛人になるのは嫌です。

 ルシアン様の妻に、子に、嫌な気持ちをぶつけてしまいそうで、

 そんな醜い自分に耐えられなくなると思います」


「……そうか。そうだよな」


しょんぼりしたような父様に、

やっぱりどうしても貴族になりたくないんだと感じた。


「ニナの願いは叶えてやりたい。

 だけど、この国の王がニナとエマにしたことを思うと、

 俺は従いたくない」


「父様……」


「少し考えさせてくれ」


説得できなかったか。

一人で考えたいと部屋に戻ってしまった父様に、

落ち込んでいると母様が励ましてくれる。


「きっと大丈夫よ」


「そうかなぁ……」


父様はその日、部屋から出てこなかった。

その次の日の夕方になって、ようやく部屋から出てきた父様は、

ルシアン様に向かってこう言った。


「ニナの願いを叶えるために公爵家に入ってもいい。だが、一つだけ条件がある」


「条件?」


「俺が公爵家の当主になる」


「「え?」」


「兄上には俺が事情を説明する。

 兄上は怪我をしたことにして、当主を引退してもらう。

 ルシアンはまだ当主になることはできない。

 当主になるには、結婚しているか、子がいるかが必要だからだ。

 だから、一時的に俺が継ぐことになったと国王に言う」


「それは父上が良いと言うのなら、俺は問題ないよ。

 叔父上はそれでいいのか?」


「いい。ニナもいいな?」


「父様は貴族になって本当にいいの?」


「貴族にはなりたくない。

 だけど、こうしなきゃお前たちは結婚できないのだろう。

 多少のことは我慢してやる」


「ありがとう!父様!」


私のために父様まで巻き込んでしまった。

申しわけないと思いつつ、ルシアン様のそばにいるにはこうするしかない。


「ただし、ルシアンもニナも、覚悟はいいな?」


「覚悟?」


「ニナ以外のものは失うかもしれない覚悟だ。

 俺は何かあればニナを選ぶ。

 ルシアンにも、この国や公爵家よりもニナを選んでもらう。

 俺が公爵家当主になるというのはそういうことだ」


「叔父上、俺はこの国も公爵家も大事だとは思っていない。

 領民は守りたいと思うけど、ニナの方が大事だ。

 ニナを失うくらいなら、全部捨てても惜しくはない」


「それならいい。ニナ、お前は悩むな。

 俺もエマもルシアンも。

 何かあれば、お前を優先にする。

 そのことで起きるすべてを受け入れると約束しろ」


私を優先に……。父様もルシアン様も迷いなく私を見つめる。

ルシアン様が私以外のものをすべて失ったとしても……。

悩みそうだとは思う。私のせいで、と思うだろう。


それでも、父様を貴族にしてでもルシアン様のそばにいることを選んだ。


「……わかったわ。私もルシアン様といることを選ぶ。

 ほかのすべてを失ったとしても、それでかまわない」


「よし。二人とも、今の約束を忘れるなよ?」



父様はそれからジラール公爵領に行き、すぐに戻ってきた。

手にはジラール公爵からの手紙を持って。


「さぁ、王宮に向かおうか」



謁見の許可はすぐに下りた。

ジラール公爵家の当主を交代したいと申し出たせいだ。

国王はルシアン様が継ぐのだと思って焦ったらしい。


なぜなら、父様が言ったように、

当主になるためには結婚するか子がいるという条件がある。


「ルシアン、どういうことだ。

 当主になるための条件を知らないわけじゃないだろう?

 まさかニネットを孕ませたとか言うんじゃないだろうな!」


やっぱり、すぐに謁見を許されたのは誤解していたから。

多分、誤解させるようなこと書いて送ったのだろうけど。


「陛下、まずは紹介させてください。

 隣にいるのは私の叔父です」


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